いわかん
「さ、て。行くか」
元気を取り戻した茅ヶ崎がきりっとした顔でいう。
まあ先ほどの惨状はたぶん他の組にも聞こえているだろうし学校に戻ったら噂話として広める。
酔いを覚ましてやっただけなのにぃ。
後ろからだったがきっちり詠唱までしてやったのに気付かないで驚いて叫ぶとか面白い。
「余計な時間も食いましたしね」
「てめぇのせいでもあるだろ?!」
「今回のノロマは魔狼でしたか?初めから飛ばしますよねぇ。学生相手に」
「学生っつっても成人の方が多いし、ここ卒業したら実戦投入っていう流れも少なくないからなぁ。多少きつくしないと使えんよ」
無視された茅ヶ崎は不服そうな顔で先頭を行く。それでもおれに前を行かせない男前度。
感情に左右されないそういうところはなかなか好感がもてると思うよ透くん。などと適当なことを思いながら索敵の手を緩めない。
あんまりやりすぎると相手にいることがばれるので危険もあるが街中でもない限りはだいぶ薄く張っているのでそういう心配はほとんどない。というかすげぇ叫んだので普通に気付かれているはず。……いやまあそれ以降の場所が分からなければ……まあ、まあ。
因みに、そういう魔法では魔狼レベルの居場所を直接知れるわけではない。相手が気付いてアクションを起こす必要があるのだが比較的街に近い魔物などは警戒心も高いから正直望み薄。
どうしよっかなーと悩んでいると急に茅ヶ崎の歩みが止まる。魔力が特別濃いわけでもない場所。
どうしたのかと首を傾げる。
「……なあ、菅瀬。この森魔物いる……よな」
「……ええ。そりゃあ。街じゃあありませんし」
教師といえども今回のためだけにこんな森魔法で作り上げることもないだろう。わざわざ試験官つけたうえにとかいくらなんでも金かけ過ぎである。
おれの怪訝げな顔に気付いたのか何度か口を開いてはやめというなんともうざったい行為を繰り返してからつぶやくようにあとで話す、ともらした。……大事になってからだと困るけれど。
多分他の試験官より近い位置にいるであろう武内試験官は鼻歌でも歌いそうなノリでおれの後ろをついてくる。先頭は足取りの重い茅ヶ崎のまま。
索敵にはいくつか、雑魚の魔物は引っ掛かっている。
彼の口ぶりは非常に興味深いので一度くらいこの雑魚に喧嘩を吹っかけてもいいだろうが茅ヶ崎はそういう、襲ってきてもいない魔物をやるのを好かない。おれもわざわざやるほど好きではないが。
とはいえ別に彼も確証があるわけではないだろうし。
んんん……悩みが増えて面倒臭い。
相手方の魔力は場所だって移動している。襲いかかるようなものもある。そこそこ正常。確かに……あの叫び声を聞いて何もないのはおかしい。そりゃあ逃げるものもあるだろう。だが、わざわざ街のそばにくるということは相応に好奇心の強い魔物。
それに、森が不気味に静かだ。風もないのに木々がざわめいている。そういえば魔物達の鳴き声も戦闘音も聞こえてこないのは不自然。
適当に練り歩く。
決して方向感覚を見失わないように注意しつつ魔物のいそうな場所を探っていく。前述通り、ランクの高い魔物は弱い索敵では引っかかることはない。ドラゴンとかは使えないのか使わないのか無駄な存在感放つこともあると聞いたが。
魔狼は基本的に隠蔽がうまい。悟られずに襲撃してくる。だが大抵魔狼の近くは同種以外いない。魔物のいない場所を探せばそう難しいことではない、……はずだったのだが。
魔物の気配がいくらなんでも少ない。
街のそばだから?まさか。それしたって少なすぎる。
街のそばなんて言っても街の壁を伝えるぐらい近いわけじゃない。ある程度離さないと今のこの状況のように狩るべきものがいなくてタイムアップ、なんて可能性がある。
流石に学生にそれは酷だ。そもそも討伐する授業。魔物に会うことは大前提というものだ。少なくなっているのなら試験範囲に結界を張って適当にその辺で捕獲した魔物でもなんでも放つだろう。
……なんだか、気味が悪い。息苦しくなってきた気がするのは、この異様さに気付いたからだろうか?
「1時間経過」
武内試験官は、時計を見ながらそう言った。