出会いの先
死ぬ...否本当に死んじゃう。
だが一向にトラックに轢かれない、それどころか足が地面についていないし目の前が真っ暗だ。何かに覆われているようでふわりと体が妙に浮かんでいる。衝撃的な痛みもない、というより抱きかかえられている感じが強い。目を開けるとさっきの悪魔と名乗った男の顔が映った。
「.....え?私死んだの?」
そう言うと男は私を抱きかかえたまま冷たい表情を向けてきた。
「下を見てみろ。」
言われるがまま下を向くと体が宙に浮いている。でも男の影はないそして私の影も...。
トラックはガードレールに突っ込んでいて運転手は無事だったのだが、折角買った食材は無残にグチャグチャになっている。車道とガードレールを囲んで周りの人たちは轢かれそうになった私が消えたことにざわめきだしている。
男を見ると背中から黒いカラスのような羽根が生えていて羽ばたいていた、それと同時に頭の先からは角のようなものがあり十字架をかたどった首飾りやアクセサリーを角に絡みつけている。
「マジで悪魔....な、の?」
「あぁ。悪魔だ。」
悪魔は近くのビルの屋上まで私を運びおろしてくれた。
下を見ると救急車やパトカーがずらりと並び大変な騒ぎになっている。
「助けてくれて、ありがとう。悪魔ってことは...命を救ったから代わりに魂を寄越せっていうの?」
雪の声は声にならないくらいにか細く弱々しく聞こえてくる。
目の前に本物の悪魔がいて全ては自分の魂を食うための計算なのかもしれないと、頭の中にチラついた。
「あいにくだな、私は悪魔でも半分悪魔だから魂は採らん。それより今すぐに血の契約を交わしてほしい。本来悪魔は無条件で人を救わない。その人間が私に助けてほしいと頼めば助けるが、何の見返りもなく助けてしまった。その場合冥界の掟に反したとしてお前の魂は破壊される。」
「じゃあそのお礼みたいなモノなの?そもそも血の契約って何?まさか吸血鬼みたいに血を吸って行うとか!?」
悪魔の男は天を仰ぎながら呆れたようなため息をついた。
「そんなわけないだろ。そもそも悪魔と吸血鬼は別物だ。区別くらいはつくだろ?悪魔は契約を成すことでその人間をどうこう出来るが、吸血鬼は相手かまわず食うのが職なんだ。血の契約は契約者の血と、契約する悪魔の血を合わせるだけでいいんだ。」
「なんだそんな事。ていうかそれってどっか切らないといけないってことじゃん!」
「そうだな。」
「冗談じゃないよ!魂破壊される以前に自分の体を傷つけるなん-痛っ!」
悪魔は小さなナイフで私の指先を切りつけてきた。突然のことで痛みは一瞬だがそれでも少し指先がトクトクといっている。
悪魔も同じく指に切り傷を入れて血を流した。悪魔とはいえ血の色は生き物と同じ赤い色だ。腕をつかまれ手と手を合わせるようにしようとしたとき―
「ちょっと待って!これもし契約したら私どうなるわけ!?私も悪魔になっちゃうの!」
「いや、お前の身体や魂には影響は何もない。さぁ願え!轢かれて死にたくないと。」
「......。轢かれて死にたくない。助けて。」
「見返りはお前の命ある限りお前を守る。-ここに血の契約を結ぶ。」
切り口が合わさると指の血は治まり、傷口はふさがって何事もなかったようになった。
「悪魔にとり憑かれるってなんか縁起が悪いとしか言えない。そもそも、『命ある限り私を守る』って何?それと、アレッサって誰?」
「お前に前世の記憶というものはないのか?」
「は?」
「前世にお前はアレッサという名前ではなかったか?」
「......そんなこと言われても、前世なんて知らないよ。」
そう言うと悪魔は深いため息をついた。
そうか、あいつめ失敗したのか。まあいいこの契約は突然の事だったしな、2年もすれば私はこの女から離れられる。それまでの辛抱か...。全く、指先だけで助かったな、両手で契約をしたら永遠になるところだった......。
「まぁ、お前が死なないようにするということだ。深くは考えるな。さて...。」
「え?うわぁ!」
そう言うと悪魔は雪を抱きかかえた。
「改めて、私の名はデイル・ランディロッド。お前の名は?」
「雪、荒佐木雪」
「ゆき、雪か。いい名だ。」
そう言うと悪魔は私を抱いたまま家に向かって飛び去った。
そして現在。
デイルはベッドに腰を掛けてファッション誌を読んでいる。その間私は一人で夕飯の支度。悪魔と同棲していても、男子が家にいると何だか落ち着きがない。
「それにしても今どきの女子はこんな派手な服を着るのか?」
包丁を止めて近くで見ると本当に今どきの女の子が着るような服だった。ミニスカートや花柄のワンピース、ノースリーブのTシャツ。私は基本おしゃれをしようなんて思っていなかったので、その服がかわいいとかいいなぁとかは正直感じられない。
「デイルさんの時の時代とは明らかに違うもんね。昔はドレスとかだったんでしょ?そういえば、前に言ってたアレッサって奥さんだったの?」
そう雪が言うとデイルの目が曇りだした。
「すまぬが。今はその話しはしたくない...。」
「ふーん、まぁいいけど。」
詮索はしない。親の仕事を見ればわかる。弁護士でも深く追求しすぎるとかえって悪影響になる。そう、教えられた。なぜ?とか、どうしてを繰り返しても堂々巡りのようになる。ここは聞かないのが懸命だ。
「......明後日は少しばかりこの国を離れる、用事があるのでな。」
「え?どこに行くの?」
雪の問いにデイルは何も言わない、何も言わず座っている。
食事中もデイルは何も言わない、私は何かまずいことを言ったのかな。
兎に角話題を切り替えないと。
「ねぇ。食後にお菓子食べない?昨日残りのチョコレートケーキがあったでしょ、いらない?」
「............。」
何も言わない。何だか心に穴が開いたみたいに苦しい。
こんな時なんて言うべきかな「ごめんなさい」かな、よく分からない。
デイルの寝床は私のベッドの隣。デイルはいつも黒い羽根を蝙蝠のように体を包んで丸まって眠ってる。
時たま寒くないのかと聞いてはいるが、本人は寒さを感じないらしい。でも今日はベッドから離れた壁に背中をくっつけて眠ってる。
何がいけないのだろう、ただ何となくアレッサの話を聞きたかっただけなのに。
私はデイルに背を向けたまま眠った。
時を同じく、イギリスの街ロンドンから数キロ離れたところ、峠を超えた所に古い屋敷がある。
その屋敷の庭園にて一人の白いローブ風のマントを身に着けている人物は、庭園の薔薇に霧吹きをしていた。薔薇はその霧吹きの水を受けて喜んでいるようだった。他にもマーガレットの花、チューリップ、雛菊、ユリ、コスモス。色とりどりの花たちは風に揺られ甘い香りをあちこちにまき散らした。マントの人物は庭園の噴水近くのテーブルに、紅茶とスコーンを並べ午後のお茶を楽しんでいる。近くではチュンチュンと小鳥が鳴き、噴水から溢れる水の音が聞こえ、穏やかなティータイムにはもってこいのセッティングだ。
その時お茶をすすっていると、何かを感じたその人物はカップを置いた。
「......あの方がお帰りになる。」
うっすらと笑みを浮かべながらその人物は庭園を後にし、屋敷のドアを開けて中に入っていった。