異世界での目覚め -前-
「ん…・・・」
ユーカが目覚めると、そこは知らない場所だった。
それでも、なぜか建物の形に見覚えがあって、変な既視感があった。
あたりを見回せば、所々に血と肉片が飛び散っており、鉄くさい生臭さを感じていた。
手には大剣を握っていて、煌びやかな衣服だけが、妙にこの場から浮いていた。
余談だが、ユーカは清潔のお守りというアイテムを装備していて、それには常に体や衣服を清潔に保つ為の恩恵が宿っている。
流した汗も、返り血さえもすぐに消えるし、手入れをしなくても「見た目パラメータ」の減衰を防いでくれるという一品である。
思考が逸れてしまったが、ユーカはただ呆然としていた。
ゲームをやりながら「寝落ち」したのか?とも思ったが、そもそも「神埼優火」は外出をしないので野外に居る理由が分からない。
頭の働きが鮮明になるにつれて、違和感が大きくなってくる。
それは体にあるべきものが無い事であったり、ないはずのものが、体に付いていることであった。
「どうなって……いるんだ?」
そう呟く声は高く、まるで自分の声ではないような、少女のような声が出てきた。
それを契機に、様々な記憶が蘇ってきた。
直前まで、ユーカはゲームをやっていた。
ボスを3人で倒していた。
そして変な幻聴が聞こえて、虚空から出現した手紙を読んだ事までを思い出した。
「ここは……ゲームの中の世界なのか?」
そう呟いた途端に、自分の中に発生した感情は形容できない喜びであり、ほんの些細な不安の混じった期待のようなものであった。
剣を持ったまま立ち上がり、体が動作を覚えているのか、血振りをして剣に付いた血糊を落とす。
血が落ち、鏡のように輝く刀身へ目を向けると、そこに写るのは「黒髪で小柄な少女」だった。
胸に手を当てると、控えめではあるものの弾力のある「何か」が存在を主張している。
下の方はあるべきものの感覚が無かったが、今この場で確かめる勇気は起きなかった。
空を見上げれば空気が澄んでいて、雲ひとつ無い晴天の空が眩しく感じられた。
吹き付ける風は冷たくて、少しだけ高揚した気分が、冷まされるようで気持ちがよかった。
ふと、近くで人の動く気配がした。
そちらを振り向くと、2人の少女が横たわっていた。
「むう……」
赤色で長い髪を地面に下ろし、横たわっているのはローブを着ている少女。
隣には、同じくローブを着ていて、似た容姿で白い髪をし、同じく横たわっている少女が居て、こちらはたった今、目を覚ますところだった。
起き上がり、目を擦りながら、しばし呆然としている様子だった。
ユーカはその様子を眺めていたのだが、視界の反対側に居る為か、気づいている様子はない。
状況から考えて、もしこれが「ゲームで最後にログインしていた場所」であるとするなら、この少女達は魔法使いのミレイと、ヒーラーのサクヤという事になる。
この場所は、3人でボス戦を戦っていた「祭壇」と呼ばれるボス戦闘エリアに作りが似ていた。
サクヤはあたりを見回して、しばしユーカがそうだったように、相変わらず呆然としている。
隣に居る赤髪の少女を、数回の瞬きをして見ていたが、ゆさゆさと揺すって起こし始める。
だがミレイらしき少女は、寝返りを打つだけで気持ちよさそうに眠っていた。
硬い地面で、自分さえも二度寝する気が起きなかったというのに、適応力が高いのか気にしている様子がない。
少し経って諦めたのか、サクヤは周囲を見回し始め、そしてユーカと目が合った。
「……リーダー?」
ユーカよりも状況の飲み込みが早いのか、サクヤはユーカの姿を認めると、そう問い掛けてきた。
「そっちは、サクヤか?」
少し煤けた感じの白いローブを着ていて、サクヤはおそらく清潔のお守りを装備していないのだろう。
衣服が少し汚れていて、髪には汗や血が固まっているような跡が見て取れた。
魔法使いに至っては、顔に煤が少しついていて、おそらく先の戦いでダメージを受けずとも、爆発の余波を受けたような姿をしている。
興味の無い人もいるかもしれないが「見た目」に関する説明をここでしておこうと思う。
そもそも、清潔のお守り自体が、対人戦を想定した戦いや、NPCに買い物をする事以外では役に立たないし、対人戦闘においても他に装備すべきものがあるので普通は装備されない。
対人戦闘において「見た目パラメータ」が高いと相手を怯ませられる効果があり、NPCでの買い物において一定値を超えていると、稀にランダムなレアアイテムを「おまけ」してくれるボーナスが設定されていた。
剣や鎧は手入れしないと「汚れ」が溜まり、見た目系のパラメータにマイナス補正がかかり、NPCからの買い物において「汚い為に売るの渋って、少し値上がりする」という妙にリアルな設定があった。
装備の手入れは、冒険者が最初に覚えることであるが、装備枠を一つ潰してまで「清潔」に保つ装備を付ける事自体が趣味の領域でり、見た目に関してもユーカのように「課金」してまで変更しようとする者も少なかった。
ユーカの場合「見た目」のパラメータをカンスト(上限まで上昇)させている。
ユーカは重装備の鎧を装備しているのだが、見た目に人気の高い「天人の羽衣」や「女神の髪飾り」と呼ばれている、いわゆるネタ装備(用途が限られた装備)を課金してまで「外見」に設定している。
外見を変えても、防御力や付与された効果などは変わらないのだが「かわいさ」などの見た目に関するパラメータが、素材になった装備と同じものに変わる。
さらに、何度も同じ装備に見た目を変更すると、数回に一回の割合で追加補正がかかり、ステータスがアップする。
基本的なものに加えて男性なら「かっこよさ」や、女性なら「かわいさ」などが上がっていく、隠れ仕様が存在していた。
偶然のミスからこの発見をしたユーカは、数十万円の単位でリアルマネーをつぎ込んで「かわいさ」や「清潔さ」のパラメータを上げ、さらに偶然見つけた上位の隠しパラメータ「神々しさ」という、ゲームに全く効果の無いパラメータを取得して、それも上げた。
そんなマイナーなパラメータを知る者は居ないし、課金が意味を成さないゲームにおいて、誰も挑戦する者が存在せず、攻略サイトにすらその存在が乗らないようなサブカルチャー情報である。
興味が乗って、それらのパラメータすらもカンストすると、今度は「傾国の美少女(or美男子)」という「称号」が自動的に取得され、常時「見た目のパラメータ最大」という恩恵が受けられるようになっていた。
ゲームにおいてお金を使っても強くなれないと言うのに、ユーカだけは超重課金のプレイをしていた。
これはひとえに楽しんでいた結果、エスカレートしていくうちに、とどまる所を知らなかっただけの話である。
ユーカがNPCの道具屋で買い物をすれば、ありえないようなレアアイテムを「おまけ」してくれるのだが、実際につぎ込んだお金に見合う効果があるかと言われれば、誰もが否を返すだろう。
閑話休題
サクヤの視点では、ユーカがものすごい美少女に映り、実際に補正が掛かることでユーカの造形は、世界でも屈指の「かわいさ」を保持していた。
そうでなくとも一部の例外を除けば、キャラクター作成で作られる容姿は、全員が美少女なり美男子になる。
艶のある髪と、少し眠そうに細められる目で見つめられると、男なら思わず頬を染めて見つめてしまうだろう程に。
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ミレイが目を覚ます頃になると、それぞれに自己紹介をした。
もちろんリアルの名前ではなく、確認の意味でゲームの名前をである。
ユーカにとって、リアルの名前になど興味はなく、それを二人とも理解しているからこそ、リアルの名前は出さなかった。
ユーカはサクヤと話し合い、サクヤもユーカと同じ手紙を受け取り、この世界に来たのだと分かった。
ミレイの方はサクヤに寄りかかり、眠そうにして過ごしているが、話だけは聞いていた。
ユーカは一瞬だけ、二人の仲の良さから「リアルでも交友があったのか?」と疑問に思ったが、基本的に個人の事情に踏み込まないのがギルドの方針であったので、ユーカは口をつぐんだ。
「リーダー……どうするの?」
ミレイは眠そうにしつつも、ユーカの事をいまだ「ギルドのリーダー」として扱ってくるし、こんな状況で「ギルド」が存続しているのか? と問われれば疑問が残るが、ゲームに関して言えば面倒見の良いユーカの性格ゆえに、頼られる事に嫌な気は起きなかった。
ネットゲームの中で、妙に初心者へ親切なネットゲーマーが居たりするが、ユーカのプレイスタイルは、そんな様子を多分に含んでいる。
それにユーカ自信、ミレイとサクヤとは、一番長くゲームを遊んでいると言ってもよかった。
最初に二人で同じ町に固まっているのをユーカが発見し、当時からそつなくこなすサクヤと、それにべったりとして一緒にPTを組んでいた「ヘイトを気にしない魔法使い」ことミレイを、ギルドへ誘ったのは他でもないユーカだ。
二人は、悪い意味で目立っていて、パーティーに誘われなくなっていた。
そんな二人はリアルでも気さくな知り合いのような雰囲気でチャットをしているのだが、平日の昼間も、深夜でさえも、ユーカに負けず劣らずログインするほどの廃人であることだけは確かであった。
「おr……私が二人の行動まで決めてしまっても、いいの?」
思わず「俺」という一人称を使いそうになったのだが、それは今の性別としては違和感があるようにユーカには思えた。
ユーカは『どうせ、ネットゲームで「女キャラ」を使う人物の中身は、ほとんど「男」と相場が決まっている』と思いつつも、この世界が「ゲーム」の世界であることを意識すると、チャットと同じ感覚で女の子のように話をしていた。
「私たちも望んでこの世界へ来たけれど、やっぱ私たちのリーダーは貴女だと思うの」
サクヤがミレイの言葉を代弁するように言う。
「もし貴女さえよければ、今までと変わらずに、ギルドのリーダーで在り続けて欲しいと思うし、私たちの行動も任せたいと思ってる」
それは仮想の世界とは言え、ずっと一緒に遊んで来て、ユーカの事を知っているからこその信頼であった。
そもそも異世界の、ゲームのキャラクターに転生するという事態に直面し、混乱しない方がおかしい。
それでも、ユーカは仮にも数十人も居たギルドを束ねるリーダーをしていた経験があるし、昼夜を問わず一緒に冒険した日々があるからこそ、二人の事をある程度は信頼していた。
「こんな私でいいのなら。喜んで」
そうして、三人は一緒に行動することが決まった。
一つだけ、補足を加えるとするのなら、ユーカ達が周囲に落ちている「モンスターの血肉」を見て吐き気をもよおさなかったり、ユーカが血振りする動作を簡単に実行していたように、現代を生きていた「記憶」とともに、全てではないが「異世界の基本的な知識」が、神により与えらえていた。
サクヤ達と話し合い、分かっている事の情報共有を行い、ユーカはそのことを皆に説明した。
「あ、本当だ」
未だ戦闘の傷痕が残る全員に「回復魔法」を使おうと意識すると、使い方を「思い出した」ように、サクヤは”癒しの魔法”を使うことができた。
少しあたりが暗くなり「ライト」の魔法をミレイが意識すると、詠唱の言葉が思い浮かんで口ずさみ、魔法が発動した。
こうして3人は、ゲームのキャラクターとして異世界の地に降り立ったのだった。