転生
三人はしばしの間、放心状態であった。
それは、強敵を相手に綱渡りな戦いを何時間も繰り広げたからこそ、至れる境地であるのかもしれない。
何も考えなくても、少しの幸せな気分と、もう終わってしまったのだという寂寥感が心の中に影を落とす。
ユーカ:勝ったね……
眠気が襲ってきて、疲れも限界に近いと感じられた。
起きたらギルドメンバーに、今日のことを自慢したりして、過ごすのもいいかもしれないと思った。
このギルドのメンバーは、頭がおかしいくらいみんなが廃人で、何かしらゲーム内で偉業を成そうとしている。
リアルでは、平日の深夜にも関わらず、今もギルドメンバーの半数近い人数がグインしているのは、ほぼ全員が廃人だからである。
それでも、ゲームをしている間は、リアルの事情なんて関係ない。
レベル上げて強くなって、そして無双して喜んでいる程度には、今の私達はゲームを楽しんでいる。
ユーカは、そんな些細な事を頭に思い浮かべてニヤけていた。
燃え尽きたような今の心境では、どんな言葉も無粋であり、また楽しく感じられた。
そこで、いきなり「システムログ」が流れ始めた。
文字化けしたような不可解なログが流れ、それらが不気味さを感じさせた。
それと同期するように、リアルでも不可解な現象が起こり始める。
「汝らに、異世界への招待状を送ろう」
耳元に声が聞こえ、荘厳なNPCの幻影が、リアルの世界に見えた気がした。
「!」
飛び起きた。
そして、ユーカのギルドのメンバーで、同時刻にログインしている全てのメンバーに同じ幻影が見えた。
全員が狩りの手を止めたり、生産職人の手が止まる。
全員の目の前には、手紙が落ちてきていた。
ユーカの目の前にも、落ちてきた。
『神埼 優火 様』
女みたいな自分の名前。
同時にゲームのキャラクターに付けた己の名前。
不可解な現象と、なぜ俺の名前を知っていると見当違いなツッコミと、これはいったい何なんだろうという冷静な感情。
それとともに、なぜかワクワクとした感情を感じてしまう自分が居る。
『拝啓 優火様
このたびは、ボスxxxの3名での討伐、おめでとうございます。
つきましては「特定の条件」を満たした事を確認し、皆様へゲーム世界への転生という権利を与えます。
自らの作ったゲームのキャラクターは、自らの半身と同じでございます。
ゆえに、もし望むのであれば、ゲームのキャラクターへ転生する権利を皆様へ進呈させて頂きます。
この権利は、優火様と、そのお仲間の方で同条件を満たしている方へも送付しております。
選ぶか選ばないかは自由でありますが、もし選んだとしたら、元の世界へお帰り頂くことはできません。
ゲームの世界で、特に何か「強制」する義務もありません。
私は異世界で神をやっておりますが、退屈であり、異世界で自分の世界と同じような世界を作りました。
もし・・・~略~
』
「長い」
手紙を床に置き、遂に自分の頭がおかしくなったのではないかという思いが浮かんだ。
手紙を投げ出し、眠くなった頭で天井を眺めながら、優火は今の現象について考える。
よくは分からないが、もしこれが夢でなくて本当に現実であるとするならば、とても魅力的な提案であるように思える。
徹夜明けで上手く働かない頭が、眠気の限界を感じて、シャットダウンしようとしている。
手紙の最後には、こう書かれていた。
『
もし肯定の言葉を、二分以内に呟いていただけば、転生させて差し上げます。
しかしながら、それが無ければ、この手紙に関する記憶は奪わせて頂きます。
異世界の神より
』
「面白そうじゃん」
優火はそんな事を呟いていた。
こんなオカルトありえないと理性が訴えてくるが、もしこれが現実であるならば、小さい頃より夢見たファンタジーな世界へ転生となるのだろう。
FWOのサービスが始まってから、メンテナンスと睡眠時間以外は、このゲームに人生を費やしてきた。
最初は、かなりハードなゲームだと思っていたが、これがなかなかマニア向けで面白かった。
(爆発系の魔法に、仲間が巻き込まれるんだぜ?
剣を振り回すと、味方に当たっちゃうんだぜ?
喧嘩になって、そのままゲームを嫌いになって辞めちまう人も居たよ)
思えば、色々な人が居たなと思う。
昔は良くPTを組んでいたけど、ドロップアイテムで言い争いになって、そのまま喧嘩別れした人もいた。
(でも、なんだかんだでサービスは終わらないし、赤字なんじゃないの?って騒ぐネット住民も居た。
それが、異世界の神【笑】とか言うやつの道楽だってんなら、少し納得してしまう自分も居るのだ。
基本無料で、課金武器なんて無くて、せいぜいが装備の見た目を他の装備に変えられる機能が課金コンテンツであるくらいか。
なぜか基本的な【見た目パラメータ】まで引き継がれるけど、それは対人戦闘以外では役に立たないので、気にしてる人は少ない)
隅々まで遊びつくした。
それでも新たなステージが追加され、グランドクエストをクリアした後もなんだかんだで遊んでいた。
対人戦闘も活発で、フィールドで敵対プレイヤーに会えば、そこは地獄絵図の奪い合いとなる。
PKとPKKの戦闘に入って泥沼化させたりもしたし、ユーカの顔を見るだけで「げっ…余計なのが来た」みたいなチャットが行きかうのが面白かった。
閑話休題
どんどんと思考がずれて行くが、優火に限れば、選択肢など最初から決まっている。
もう今の人生に価値を見出せないし、それなら自分が生きる世界を、選択してみたいと思った。
「俺は転生を望む」
徹夜明けの眠気なのか、それとも別の力なのかは分からないが、優火は激しい睡魔に打ち勝てず、そのまま眠りに落ちた。
そしてその人生が終わり、新たな人生が始まる。
後には何も残らずに、神埼優火という人物が居た痕跡すらも世界から消え去った。
最後、消える間際に、優火は思っていた。
(あれ?このまま行くと、俺は女になるのか……?)
なんだか、それは酷く不味いような気がしてきたが、既に転生の準備は完了してしまった。
そして童貞のまま、人生に幕を下ろした。
最後の思考を見ていた神は、思わず「ぷっ」と噴出して笑ってしまった。