序
初めまして。虎鶫と申します。
妖怪が好きで、でもちょっとひねくれた物が書きたくて、こんな物を書いてしまいました。
俄か知識が満載、未熟な作品ではありますが、ほんの少しでも暇潰しになれれば幸いです。
「楓、早くしなさーい」
もうすっかりこなれた制服のジャケットを羽織った時、階下の母に声をかけられた。いつもと同じ、よく通って明るい声。
けれども、心なしか沈んでいるようにも思える。無理はないのかも知れない。もう十年以上経つとはいえ、最愛の人だったから。
今日、父の十三回忌を迎えた。父が事故に遭ったのは五歳の頃であったので、記憶にある限りの思い出といったら、ほんの少し。
夏に三人で山に行き、私がいなくなったのを必死で探していて、随分と困らせてしまったこと。結局私は目的地である中腹の神社へ先に着いていて、二人とも脱力していたっけ。
それから、夜中にトイレで起きたはいいけど、怖いから一人で行けなくて、泣きそうになった時期もあった。そんな時はいつの間にか起きていて、黙って私の手を引いて連れて行ってくれた。あのゴツゴツしてて大きな手は妙に印象深く残っている。あの頃は妙に大人ぶって一人で行けるだなんて言い張ってしまっていたから、私のちっぽけなプライドを汲み取ってくれたのだろう、翌朝になって「次は一人で行くからね」なんて言うと、何事も無かったかのように「何が?」ととぼけていた。
今思い出せるのはそのくらいだ。
それでも、いつも優しい人だったことは忘れない。母も父ほど良い人は居ないと言っていたし、再婚を勧められても断って、女手一つで私を育ててくれた程だから、きっと記憶違いじゃ無いのだと思う。
「今行くよ、お母さん」




