第一話 キヅクオモイ
偽物の彼氏。
彼女にとっての僕はそういう立場の人間だ。
男が寄ってきて煩わしいから、家の事情でやむにやまれずとか、そんな漫画などにありがちな理由でこの関係になったのではない。
彼女には、好きな男がいる。
無論、僕ではない。
彼女の幼なじみだという男は、これまた幼なじみだという女と付き合っていた。
そう、彼女たちは幼い頃から三角関係だったのだ。
そんな三角関係に僕が参加するようになってしまったのは、僕が彼女に告白したときからだった。
放課後の体育館裏。彼女をメールで呼び出し、僕は好きだと伝えた。
彼女は一瞬迷ったようだが、それでも良い返事をくれた。
嬉しかった。
想いが届いたような気がして。
正直、小躍りした。
次の日から僕たちの恋人関係は始まった。ちょうど時期を同じくして彼女の幼なじみたちも恋人になったというので、よくダブルデートをした。
彼女と付き合い始めて3ヶ月。
なかなか進展しない関係に僕は少し焦っていた。
まだ、手も繋いでいない。それどころか、ふたりきりで出掛けたこともない。
なにか違和感を感じながらも、僕は今日こそ手を繋ぐと意気込んでいた。
四人での帰り道。
先行くふたりは手を絡ませている。
僕も手をさりげなく彼女の手に触れさせ、コンタクトをとる。
彼女の手が離れる。
あれ、と思い彼女の顔を見る。その時、ようやく僕は気付いた。
彼女が全く僕を見ていないことを。
接触は無意識に拒否して、彼女は幼なじみの男しか見ていなかった。
気付いた瞬間、僕の中で憎悪と嫉妬、少しの寂しさが溢れた。
僕は思わず彼女に話がある、と言ってふたりきりになった。
真相を聞き出そうとした。いや、彼女の真意を。
でも、うまく言葉が出てこない。
彼女はあまり興味なさそうにしている。
そこでも僕に嫉妬の炎がついた。
僕はなぜか、彼女に強引にキスを迫ろうとしてしまった。
当然、拒絶された。
わかっていたことだったが、凹んだ。
普通なら、ここまで露骨に拒否されたら彼女との別れ話を考えるものだが、僕は違った。
彼女から別れ話を切り出されるまで、この仮初めを続けようと思った。
そう決めてからの僕の日常は割と辛かった。
今まで何気なくしていた彼女との会話に幼なじみの男が出る度、嫉妬した。彼女は無意識に男と僕を比べる傾向があり、なにか勝っているところはないか必死に探した。少しでも彼女の目を僕に向けさせたかった。
ふたりで買い物に行くようにもなった。僕は完全に荷物持ちとしてだったが、水着を買いに行ったときは嬉しかった。
でも、海には幼なじみたち三人で行ったらしい。だいぶ凹んだ。
夏の風物詩、花火大会にも見に行った。ふたりで。
この時は正直、遂に僕の方を向いてくれるようになったかと喜んだ。
しかし、人混みの中で彼女とはぐれてしまった。僕は花火なんか見る暇もなく必死に彼女を探した。携帯に電話を掛けても出ない。僕は焦った。彼女が悪い輩に絡まれてはいやしないか、本気で心配した。
結局、これは僕の杞憂に終わった。
彼女は幼なじみたちと、秘密の穴場スポットにて花火を鑑賞していた。花火が終わってからようやく繋がった携帯電話の向こうで彼女は嘆息した。
僕が場所をわかるわけなかった。だってそこは三人の場所なんだもの。
指定された合流場所で、僕に会うと彼女は呆れたようにこう言った。
全く、はぐれるんじゃないわよ。はぐれたら普通、携帯に連絡よこすでしょ。
僕は疲れが一気にきた。その時、幼なじみの男にも、彼女を独りにするなんて最低だな、と鼻で笑われた。
心の中で僕は弁解した。彼女がはぐれたのは故意で、携帯は電源切っていたんじゃないか、と。
このようなことがあって、僕の心は擦り切れていた。