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Duel ~血闘録~ 【完結】  作者: 小話
9/21

第一幕の八 松平信之助


ある城下町で素浪人がのんびりと周りを眺めながら歩いていた。

その浪人は二十を幾らか過ぎた頃で髪は総髪、仕立ての良い着流しを着て腰に大小の太刀を佩いており、飄々として捉え所が無くまるで風のような雰囲気の男である。

のんびりと町を歩く浪人が通りに面した飯屋の前に差し掛かかると腹の虫がグウと鳴いた。

余りに盛大に鳴いた腹の虫の声に思わず足を止めた浪人に、前から歩いてきていた柄の悪い此方も浪人と知れる男達の一人と肩がぶつかった。


「済まんな」

「ちょっと待て」


詫びの言葉を残して飯でも食おうと飯屋の方に足を向けた所で、ぶつかった当人からドスの聞いた声で呼び止められたので仕方が無いと顔を向ければ、肩を押さえた男が治療代を寄越せと言い出した。

ぶつかったのはお互い様だと反論するとその態度が癇に障ったのか、浪人に向かって殊更に凄んでくる者や既に刀の鯉口を切った者もいる。


「拙者は道理を言っただけだ、お主らの言い分は余りでは無いかな」

「抜かせ、こうまで馬鹿にされては腹の虫が収まらん。抜け!」

「断る、拙者腕には自信が無い」


自信が無いと言い切るものの泰然とした態度に変化は無い、周囲に散らばった連中が浪人に斬りかかろうとしたその時、横手から声が掛けられた。


「止せ」


往来での斬り合いが始まろうかという一触即発の空気を氷雪のような声が押し止めた。

その声の主は長刀を肩に背負った痩せ細った男であった、男たちの間を割って進み出てくるその男が頭目らしく、今まで威勢の良かった連中が軒並み大人しくなっている。


「お前らでは相手にならん」

「でも頭!」

「俺は止せと言ったぞ」


痩せた男がそう言って冷たい眼を向けると手下たちは途端に黙り込む、彼らにとって自分達の頭目であるこの男の言葉は絶対だ、逆らえば死よりほかに待っている末は無い。

ピリピリとした緊張感が辺りに満ちる中で痩せた男は浪人に話しかけてきた。


「俺の名は吉良弦弥、貴様の名は?」

「松平信之助」

「おぬしの名は覚えておく」


その言葉だけを残して男達を引き連れて悠然と去ってゆく吉良弦弥たちの姿が通りの角を曲がって見えなくなるまで見送った信之助が大きく息を吐いて緊張を解くと、そこに大声で名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「信之助、信之助ではないか!」

「ん? おお兵庫では無いか」

「やはり信之助か、お主とこんな所で会えるとはな」

「それはこっちの台詞だ、宮仕えのお前こそ何故此処に居るのだ?」


横合いから自分の名を呼ばれた信之助がそちらを向くと声を掛けてきたのは旧知の友である室田兵庫であった、久方ぶりに出会った二人は通りを歩きながらお互いの近況を報告しあう。

信之助は元々素浪人であり、特に何処かに仕官しようという気もなく気の向くままに彼方此方を放浪している、兵庫ともそんな旅の途中で出会った仲だ。

信之助と初めて会った時には兵庫はさる家に仕えていた侍であったが、今はその主家が戦に破れて断絶したので浪人に身をやつしており、次の奉公先を求めているとの事であった。

今夜の宿を決めていないという信之助に自分と同じ宿を取れと肩を組んで案内を始める兵庫の相変わらずの強引さに笑みが零れ、引きずられるままに宿へと向かった。


「今戻った」

「お帰りなさいませ、あら此方の方は?」

「俺の旧友で松平信之助だ、一緒に飲もうと思ってな」

「まあそうですか、兵庫の妻で千と申します」


呼びかけに出てきたのは見目麗しい奥方であった、信之助と別れた後に旧主の家老の三女を娶ったとの話をのろけまじりで話してくる兵庫に辟易しながらも、友人の幸福は素直に嬉しく感じる信之助。

部屋に上がった二人は千を交えた三人で四方山話を肴にして酒を酌み交わす、懐かしい話から始まり時間が経つにつれ現状の話へと話題が移っていく。


「そう言えば仕官先を探していると言っていたな、当てはあるのか?」

「何でもここ内藤家が腕の立つ人間を探しているそうでな、上手くいけば仕官の道も開かれると思っている」


酔いの回ってきた兵庫が信之助に一緒に仕官しないかと提案したが信之助は浪人のほうが気楽だと素気無く断った、兵庫は口惜しげにするが気を取り直して次の話題に移ってゆく、何時しか杯を重ねた二人はそのまま眠りに落ちていった。




信之助は顔に当たる日の光で眼を覚ました、周りを見るが昨日飲み明かした友人とその奥方の姿が無い。

寝こけていた肩には何時の間にか長襦袢が掛けられていたので、それを畳むと頭を掻き掻き歩き出して宿の三和土から外へ出ると、ちょうど千が戻ってきたので朝の挨拶を交わすついでに兵庫は何処へ行ったのかを尋ねると、件の件である御前試合に出場するべく話を聞きに行ったとの事であった。

それを聞いた信之助は千に対して自分も出かける旨を伝える、すると何処へ行くのか尋ねてくる千に対して日銭を稼ぎに口入れ屋へ行く事を話すと、兵庫からの言伝で夜はまた此方に来るようにと言っていたと笑いながら伝えてくれた。


「なら今夜は俺が酒と肴を出す番だな」


そう言って此方も笑いながら宿を後にした信之助は、仕事を貰う為に口入れ屋へと向かった。

到着した口入れ屋はざわざわと騒がしい雰囲気に包まれていた、仕事を請けようとする人間で随分と込み合っているのを見た信之助は出遅れたかと考えてうんざりとするが、昨日と同じく兵庫の世話になる訳にもいかないと人ごみを掻き分けて番頭の前まで進み出て仕事を紹介してもらう為に声をかけた。

声をかけられた番頭は信之助の姿をみるなり、顔を顰めて逆に尋ねてきた。


「お前さんもあれかい、ヤットウの腕で仕事よこせって口かい」

「いやあ悪いがそっちはからっきしだ、読み書き算盤で何かないか」


希望を告げると台帳をめくり始める番頭に対して、周りにいる人間を見ながら怪訝な顔をする信之助。どうも昨日の連中といい今この町に居るのは物騒な感じを受ける人間が多いように見える、そのことも併せて尋ねてみるとぶっきら棒な返答が返ってきた。


「ああ知らないのかい、何でも城主様がとにかく強い人間を探してるらしくてね、あっちこっちから腕自慢が集まってるのさ」


口入れ屋としてはそんな腕自慢ばかりに集まられても仕事が無いので困っているとの話であったが、その話に対しては特に興味を惹かれずに軽く相槌を打つだけに留める、詰まる所は昨夜兵庫から聞いた話の仕官の口を求めている浪人が集っているのだ。


「っと、是なんかどうだい」

「おう、ありがたく頂戴いたす」


紹介された仕事をこなしてその日の給金を貰うと酒を買ってから朝の約束通りに兵庫の泊まっている宿へと足を向ける、その途中で昨日の浪人集団と出くわした。

道の真ん中で互いに足を止めて睨みあう信之助と吉良、しばしの睨み合いが続いた後に吉良が口を開いた。


「お前も出るのか」

「いや拙者は仕官する気が無いのでな、それに腕には自信が無いと言った筈だが」

「そうか、なら構わん」


声を立てずにくつくつと笑い仲間を引き連れて歩き去る吉良弦弥を見送ると、信之助も踵を返した。

宿へ戻ると兵庫たちの部屋とは別のもっと安い部屋を一つ取り、帰り道に買ってきた酒と肴をもって二人の部屋へと向かう。

今夜もまた酒を酌み交わしながら話を聞けば、仕官とは関係なく何らかの目的のために腕の立つ人間を探している、ただしその目的を達成した暁にはどんな願いも叶えようという何とも胡散臭い話であった。

信之助は自分には何の係わりもない話であるからそんなものかと思うぐらいだが、兵庫は嘗て木葉一刀流目録の腕前を見込まれて剣術指南として働いており妻も居る身である、ならばこんな訳の分からない話でもそこに一縷の望みがあるなら賭けて見るとのことであった。

そこで信之助は吉良の事を兵庫に話す事にした、今日のあの口振りでは吉良もこの話に乗っているようであったのでその事も併せて伝えると、腕まくりをしながら正々堂々と必ず勝ち残ってみせると意気を吐く兵庫。

その兵庫を頼もしそうに見つめる千の仲睦まじい様子を眺めながら、これなら心配要らないだろうと笑って杯を掲げた。




その後は何事も無い日が続いた、告知どおりに御前試合が開かれ兵庫と吉良は順当に勝ちあがる。

そんな中で吉良弦弥は物思いに耽っていた、現在は手下を率いて愚連隊のような生活をしているが、吉良もまた兵庫と同じように元々剣術指南役を仰せつかった家の出であり、此方も同じく主家が滅んでしまったが為に浪人に身を落としている。

剣の腕を頼りにして生きてきた吉良からすれば今回の話は渡りに船であった、何時までもこんな浪人暮らしなどを続ける心算など無い。

この御前試合で自身の腕を認めさせれば今一度剣術指南の役に返り咲く事が出来るかもしれないのだ。

その為に邪魔になる人間はどんな手を使っても出し抜かねばならない、今までは自分に敵う人間などいなかったが、今日試合を見た室田兵庫という男は自分と同等の強さを持っているとは言わないが近い腕の持ち主ではあるだろう。

ならば万が一ということもあり得る、自分が勝利する為には何としてもあの男を除かねばならないのならば万全を期すべきだ。


「おい、室田兵庫とやらを探って来い」


吉良は手下にそう命じると、くつくつと底冷えのする笑みを浮かべた。




そして大方の予想通りに兵庫と吉良が勝ち残り遂に決勝の日を迎えるにあたる、今日の勝者が己の望みを叶える事ができるのだ。

陣幕が張られた場所には城主内藤影近とその側近、さらに広場を囲む物見高い町人たちの前に進み出る兵庫と吉良。

互いに構える獲物は木刀だが二人の力量を考えれば十二分に相手を殺す事も可能な武器である。

兵庫は正眼に吉良は下段に構えて開始の合図を待つ。


「初め!」


立会人の声に先ず反応したのは兵庫であった、裂帛の声と共に得意の面を繰り出す。

その面を咄嗟に見切ってかわした吉良が下段に構えていた剣を撥ね上げて兵庫の胴を薙ごうと振るう、しかしその時には兵庫は体を捻りつつ身をかわして駆け抜けていた。


「やはりやるか」


吉良の口からポツリと呟かれた言葉は誰の耳にも届かない、吉良は構えを大上段に変えて一気に打ちかかる、無論どれ程に鋭い一撃だろうと大上段からの見え見えの攻撃をまともにくらう様な兵庫では無い。

吉良の一撃をがっしりと受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ、吉良は兵庫に比べれば痩せて線が細く力も無いように見える、鍔迫り合いから弾き飛ばして優位を取ろうとした両腕に力を込めた瞬間、吉良の口から思いもよらぬ言葉が放たれた。


「美しい奥方だな、俺も肖りたいものだ」

「貴様!?」


驚愕する兵庫に対して視線を横へと向ける吉良、その視線を追うとそこに居るのは千である、しかしその千の後ろに何人かの浪人が下卑た笑い顔で立っているのが目に入る。


「おのれ! どういう積もりだ」

「くく特に何も無いが、どう取るかは貴様しだいよ」


直接負けろと言う訳でも千に危害を加えている訳でもないがこれは明らかな恫喝である怒りに顔を歪める兵庫、そちらがその心算なら素早く勝負を付けて千を助ければ済む話と一気呵成に攻め始める。

しかし実力伯仲の相手に対して怒りと焦りで雑になった攻撃など通用しない、果敢に打ちかかるものの簡単にかわし、いなされてしまう。


「そんなものか」

「言わせておけば!」


自らの妻を人質にされ、また更に挑発された事で更に冷静さを失った兵庫は自身の尤も得意な突きに全てを賭けて放つ、本来の兵庫の突きは後の先を取るような技ではなく、先の先を取る正に神速の一撃であった。

しかしこの一撃は焦った上での一撃である、当然の如く十全の力が発揮されない以上は必倒の一撃とはならない、吉良は兵庫の横をすり抜けるようにかわすと一刀を振り上げ目の前に無防備に曝け出された首筋に叩き込んだ。


「がっ!」


辺りに頚骨が砕ける嫌な音が響き兵庫が倒れふす、立会人の勝負ありの声に聴衆から喝采と悲鳴が同時に沸きあがった。

信之助が一仕事を終えて試合場に駆けつけたのは丁度兵庫が吉良に向かって最後の突きを放った瞬間であった、その一撃がかわされ吉良の一撃が兵庫の首筋に叩き込まれたのを見て試合場に飛び込み兵庫の下へ駆け寄る。

この最後の一撃は兵庫の首ではなく背中に落として体制を崩すだけで吉良の勝ちになったはずである、それを態々致命の急所である首に落としたのを見て不自然さを感じる。

くず折れたまま動かない兵庫を抱え起こして声をかける信之助に対して既に焦点の定まらない視線を彷徨わせると震える唇からただ一言愛する妻の名を呼んで事切れた。


「……千」


その呟きを聞いて辺りを見回すが兵庫の妻である千の姿は無い、普段ならいざ知らずこの大一番の夫の試合を見に来ないのは不自然に感じる。それに最後の突きは兵庫にしては鋭さが足りないものであった。

そこまで考えが回った所で吉良に目を向ける、信之助が飛び込んできた事に少なからず驚いた吉良であったが既にその表情を消して何時も浮かべる冷笑を顔に貼り付けていた。


「貴様、何をした」

「知らんな、それより邪魔だ、その骸を抱えてどこへでも行け」


城主の前では揉め事を起こすのも不味かろうと兵庫の体を抱えて宿へと戻り、宿の人間に千の行方を尋ねるが今朝方兵庫と共に出かけたきりだと言われた。

言い知れぬ不安に町へと駆け出し誰彼構わずに尋ねて回ると、千に良く似た女が柄の悪い男達に郊外へと連れられていったとの話を聞くことが出来た。

一縷の望みを賭けて走り出した信之助が半刻の後に荒れ寺へと辿りついた、慎重に近寄り戸口にて聞き耳を立てると何人かの笑い声と共に女のくぐもった声が聞こえてきた。

その声を聞いた信之助はがたついた扉を蹴り開けて堂の中へと乗り込んだ。

そこで目に入った光景は、両腕を拘束され猿轡を噛まされたうえに着物を剥ぎ取られて陵辱されている千と群がる男達であった。


「貴様らあっ!」


怒りの声を上げると信之助は男達に向かって斬りかかって行った。




吉良弦弥は城主内藤影近より褒美と共にある使命を受けていた。

渡されたのは一枚の割符であり、これと同じ物があと八枚存在すると言う、どんな手段を使っても九枚全ての割符を集めてこい、集められたのならば士官を認めようと言われ支度金として二十両が渡された。

仕官する為にはもう一手間掛かるようだが仕方があるまい、先ずは手下を使って情報でも集めるかと根城にしている荒れ寺へとやって来た吉良は境内に入った所で足を止めた。

何時もなら騒がしい堂が静まりかえっており、空気に血臭が混じっている。

異様な雰囲気に背中の長刀に手を伸ばし戦闘態勢を整えると堂の扉が開き一人の浪人が姿を現した。


「貴様か」

「お前の手下なら全て片付けた、残っているのはお前だけだ」

「一応理由を聞こうか」

「尋常の勝負なら文句は無かったがな、人質などという下卑た手を使われては仇を取ってやらねばと思うものだ、しかも千殿まで毒牙にかけたとあっては許す道理もあるまい」


階段を降りながら腰の刀を抜き放つ信之助から剣気が放たれる、その剣気を受けた吉良の腕が一斉に粟立つ、手に持っていた割符を脇に捨てると吉良も背中の長刀を抜いて対峙する。

長刀を八相に構える吉良を見て地面に降りた信之助は脇構えに構える。

袈裟懸けに切り下ろすに適した上段八相とその一撃を受けるに有利とされる脇構え、対峙する二人の間で剣気が高まり徐々に間合いが詰まって行く。

吉良は信之助の剣気に驚いてはいたがまた勝利を確信もしていた、今使っているのは自分の愛刀である四尺にも及ぶ長刀は普通の刀より広い間合いを持つ、無論長ければ取り扱いが困難になるが長年使ってきた刀は既に手足も同然に操れる。

そして信之助の構えは脇構え、今まで対峙してきた人間の殆どが長刀と八相の構えに対してこの構えを取ってきた、それは脇構えが迎撃に適した構えであるからだ、上段からの一撃をいなして懐に入り込むそれが吉良に対峙した人間の大半が考える事である。

そして吉良はそれに対する経験と奥の手があった、その奥の手を使う為に最後の一歩を踏み込んで袈裟懸けに長刀を振るう。


「いええええいっ!」

「はあっ!」


吉良が繰り出した八相から雷鳴の如く振り下ろされた長刀を信之助は脇構えからの切り上げで弾くと懐に入り込む為に地を蹴った。

弾いた長刀はその長さによって切り返しに一瞬の隙が生じる、その瞬間に飛び込み一刀を持ってその命脈を絶とうと胴を薙ぐ一撃を振るう。

その一刀が吉良の胴に届かんとする瞬間、視界の端に銀光が足元から迫ってくるのが見えた。

吉良は袈裟懸けの一撃を弾かれた瞬間に己の勝利を確信した、弾かれた刀は起動をそれ信之助の左下へと逸らされた、通常の刀ならば刃を返して切り上げねばならない為に一拍の遅れが生じる。

しかし吉良の操る長刀は峰の部分にも刃を拵えた諸刃作りになっている、故に切り返しが必要無く、その一拍の隙が無い。

本来あって然るべき軌道が無いが故に相手の攻撃の軌道を読むことが出来る腕の立つ者程この攻撃を読むことが出来ない、故に必殺。


「殺った!」


勝利を確信した吉良の耳に鋼の咬み合う音が聞こえた、動きの止まった二人の男一人の刀は振りぬかれ、もう一人の男の刃は何時の間にか引き抜かれていた脇差に食い止められていた。


「ごぶっ」


胴から胸を切り裂かれて自ら流した血の海に倒れる吉良弦弥の目に両の手に太刀と脇差を構える信之助の姿が映った。


「二刀 使 いとは な……」

「俺に両手を使わせたのは久しぶりだ、誇って逝け」

「ふ、良く言 う」


吉良の死を見届けた信之助は宿に居る千にせめて仇は討ったと伝える為にと戻った、部屋の前まで来て声をかけるが応答が無い、不審に思って襖を開ければ兵庫の手を握り自らの喉を短刀で突き刺し事切れた千の姿があった。

自分の考えの甘さに愕然とするが信之助の足元に何処からか一枚の割符が放られたので後ろを振り向けば深編み笠の人間が立っている。


「荒れ寺から付けていたな、貴様は誰で俺に何の用だ」


苛立ちを隠すことなく問い質すと編み笠を取った男が話し出す、その話の内容は吉良が城主より聞いた話と同じ内容であった。

足元の割符を拾い上げて懐に収めると兵庫と千の埋葬を頼んで歩き出す。


「こんなふざけた物の為にあの二人が死んだと言うなら、その奥に居るものを引きずり出して償わせてやる」


全ての望みを叶えてくれるというなら、黒幕の首こそが自身の求めるものだ。

静かな怒りに身を染めて松平信之助は夜の中に歩を進めた。



天真神刀流 松平信之助 参戦


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