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Duel ~血闘録~ 【完結】  作者: 小話
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第一幕の碌 加納清十郎


加納清十郎は武家の嫡男として生を受けた、戦国の世に生まれた清十郎は幼い頃より文武両道を両親から躾けられ、また自身の才も相まって成長するにつれその実力を高めていった。

五尺三寸の赤樫の如く鍛えられた体と大きな目に団子鼻の顔は美丈夫では無いものの愛嬌に溢れている。

十五の年に家督を父親から譲り受けると城中でも家老としてその才覚を振るうようになり、二十を過ぎた頃に同僚の妹を妻に迎えて仲睦まじい姿を見せる。

しかし順風満帆に十年を過ぎたある日その人生は一変することになる、時代の潮流は突如としてその牙を剥いたのだ、清十郎が使える国に突然同盟関係にあった隣国が攻め寄せてきたのである。

この急報に清十郎たちも即座に応戦の準備を整えるが、基より国力に差があった上に緒戦での敗退が尾を引き次々に城を攻め落とされた。

残るのは現在立て篭っている城のみであり、その城も十重二十重に取り囲まれているという有様だ。


ワアアアアアア!


ときの声を上げて攻め寄せる敵の兵を前にして、虎口に陣取った清十郎は幾百の敵にも勝る声を張り上げる。


「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは豪勇無双の槍の使い手、大膳流槍術皆伝、加納清十郎なり。命が惜しくない者から掛かって来い!」


清十郎の剛勇は近隣にも響いており城主である谷川愁繕を除けば第一の手柄首とされていた、その清十郎の名を聞いて功は我にありとばかりに敵の足軽が殺到する。

怒涛の勢いで迫る足軽たちを一瞥すると八尺二寸の家伝の朱槍を握り締めて迎撃体勢を整える。


「愚か者めらが」


間合いの中に足軽が入った瞬間に腰溜めに構えた朱槍を突き出す、空気の爆ぜる音が木霊すると殺到していた足軽たちの首から鮮血が飛んだ。

一閃と見えた槍の一撃は実は一息の間に十を超える数の突きを繰り出していたのだ、その残像が一つに混じり、一撃を見舞ったようにみえたのだ。

その一撃一殺の槍捌きは正に紫電の如く、目の前に迫る足軽の喉を次々と貫いて絶命させて足元に屍を積み上げて行く。

次々に仲間たちが倒れ伏すさまを目の当たりにした敵の足軽達は正面からは勝ち目が無いと踏んで、周囲を取り囲むように横に広がれば横合いからの一撃で纏めて吹き飛ばされて宙に舞う。

清十郎の槍よりも長い柄の槍を用意して突きかかってくるものは、その長い柄を絡めとって、突きかかってきた人間後と纏めて地面に叩きつける。

最後の策として遠間から撃ちかけて来る矢は体の前で回転させた槍の柄にて悉く叩き落して、最後の一矢は射手に向かって弾きかえすと、弾かれた矢は唸りを上げて飛来し射手の体に突き立った。

その奮戦振りは正に鬼神の如し、清十郎一人が雲霞の如く攻め寄せる相手方を押し止める。

日の出から始まった戦は夕刻には一先ずの終わりを迎えたが、この日一日が過ぎる頃には清十郎が倒した人数は実に三桁に迫ろうという勢いであった。


「さあ、幾らでも来い! 此処より先は地獄への一里塚よ」


敵の屍を踏みしめて名乗りを上げる清十郎の姿は味方には城を守る守護神と称えられ、敵からは羅刹と恐れられた。

戦が始まって四日目の昼過ぎのこと、攻め寄せる者達の前には立ちはだかり猛威を振るい続ける清十郎の下に城からの伝令を携えた若者が転げ出て息を切らせながら告げた内容は、この豪傑をして驚愕を顕にさせる事柄であった。


「御家老様、西門を守っておられた飛島様が謀反を起こされたとのこと、すでに城中に敵方が侵入との報でございます!」

「なあにいっ!?」


西門を守っていた男の名は飛島正隆と言う男で清十郎にとって幼い頃から共に切磋琢磨した同輩でもあった男である。その男があろう事か味方を裏切り敵方に寝返ったという。

清十郎自身もこの急報に一時愕然とするものの、騒然とする自らの部下を見て気を引き締めて叱咤する。


「うろたえるなっ、これより我が城中へと入り敵方悉く平らげてくれる。それまで此処を頼んだぞ!」


後事を副官に託すと清十郎は踵を返して城中へと向かった、重い具足を身に着けて休む事無く戦い続けていながらもその足取りは軽く、風の如くに駆け出して城の中へと急ぎ走りこむ。

正面入口の門から中に入れば、其処彼処から男の絶叫と女の悲鳴が聞こえてくる。どうやら押し入った敵兵が狼藉に及んでいるらしい。

その事実に義憤に燃える清十郎ではあったが、先ずは主の安否を確かめねばならぬと走り出し奥の間に辿りつく途中に見かけた敵兵は問答無用で槍の錆としながら駆け抜ける。

城の奥の間の前まで辿りつくと、開け放たれた襖が見えその奥にある城主の部屋から剣戟の音と悲鳴が聞こえてきた、そのまま襖を蹴倒して部屋の中へと踊りこむ。


「殿、ご無事で?!」


奥の間に到着した清十郎の目に飛び込んできたのは、血溜りに倒れ伏す城主愁繕と奥方である竹姫、その腕に抱かれた赤子の死体とその傍らに立つ一人の鎧武者と奥で震える女衆であった。

黒金の鎧に城主の返り血を浴び、その手に血刀を持って立つ男は謀反を起こしたとされる飛島正隆であった。

駆け込んできた清十郎に気が付くと此方を振り向いて笑いながら話しかけてきた。


「遅かったな清十郎、愁繕殿は既に討ち死になされた」

「正隆殿、なぜ裏切った」

「儂は常々主に進言していた、今は戦国の世の中このままでは何時か我等は滅びると、しかし主は変わろうとしなかった、故に儂がこの国を変える」

「それが理由か」

「そうだ、下克上こそ今の世の理よ。儂はこの国を足掛かりに天下を目指す」

「愚か、忠義を理解せぬ者には誰も従わぬ!」


怒りの声と共に一歩を踏み出して槍を繰り出す、その一撃は正隆の首に吸い込まれるかに見えたが、下から跳ね上がった一刀がその軌道をそらす。

槍を下から払い除けた刀は勢いをそのままにして上段から振り下ろされる、必殺の一撃を放った清十郎は泳いだ体を強引に横っ飛びさせて一撃をかわす。

横に転がって膝を着いた清十郎に猛然と襲い掛かり次々と斬撃を放つ正隆、しかしその攻撃は悉く槍の柄によって払い除けられてしまう。

一気呵成に攻め込んだが攻め切れなければ只体力を消耗するだけだと判断した正隆が一旦距離を置こうと後ろに跳び退る、その隙を見逃さずに方膝を着いた姿勢から一撃を繰り出すが、これは流石に止められる。

距離を開けて再び対峙する清十郎と正隆。


「清十郎よ、儂に仕えぬか」

「戯言を、もはや問答無用」

「で、あろうな、まっこと惜しい。ならば死ねえい!」


清十郎が中段、正隆は下段に各々の獲物を構えて最後の一撃を振るう。

先に動いたのは正隆であった、長物の槍は屋内で振り回すには無理がある。故に攻撃手段は突きに頼らざるを得なくなる、しかも一足飛びで懐に飛び込める距離であるなら初撃をかわしさえすれば勝ちは決まる。

基本の中段に構えているなら体の左側への反応は遅れるはずと、其方に向かって踏み出した。

その動きを待っていたかのように清十郎の槍の穂先が身に迫る、しかしそれも正隆の思慮の内にあった、初めからこの一撃を打ち払ってから斬りかかる心算だったのだ。

その思惑通り迫る一撃を払う事に成功した瞬間、正隆は勝利を確信して清十郎の身に刃を振り下ろした。


「げくっ」


奇矯な蛙のような声を上げて正隆の動きが止まる、必殺の刃を清十郎に突き立てんとしたはずの己の身に起こった事が信じられない、確かに払ったはずの槍が正隆の咽に深々と突き刺さっていた。

その一撃は咽を突き破り頚骨を砕いていた、口から血泡を吐く正隆の咽から槍の石突きを無造作に引き抜く。

正隆の命を奪ったのは穂先では無く石突きであった、元より正隆の狙いなど分かっていた、それを逆手にとって穂先をわざと払わせて、勝利を信じて踏み込んできたところに半回転させた石突きをその無防備な咽へ交差方をもって突き立てたのである。

清十郎の力と自分の踏み込みとの相乗効果で咽を突き破られ奥の頚骨までもへし折られた正隆は何が起こったのか理解せぬままにその野望と共に潰えた。

清十郎は正隆が糸を切られた人形の如くくず折れるのを確認すると倒れた主の所へと駆け寄り、血の海に沈んだその体を抱き起こす。


「殿、確りなされよ!」

「おお清十郎か、良くぞ参った」


抱き起こして声を掛けると薄っすらと瞼を明けて、細い声をだすがその目には最早何も映ってはいない。

荒い息を吐きながら、見えぬ目で清十郎の袖を掴み何事かを呟く。


「鶴丸を頼む」


それだけを言い残すとガクリと首を垂れて、城主谷川愁繕はこと切れた。

主の遺言である鶴丸君であるが、目を向ければ奥方である竹姫も既に命を失っており、その腕に抱かれた赤子も同様の運命を辿っていた。

その事実に打ちひしがれる清十郎に部屋の隅で固まって震えていた女衆の中から一人の女が前に進み出て清十郎に声をかけて来た。


「お前様!」

「いと、お前がついていながら何という」


声を掛けてきたのは清十郎の妻いとであった、いとは鶴丸の乳母として城の奥に詰めていたのである、その腕には清十郎の息子亀松と娘さとが抱かれていた。いとに抱かれた二人の赤子は、火が点いた様に泣いている。

その泣き続ける赤子の一人亀松を差し出すいと、いとが差し出した赤子を良く見ればその赤子は実子の亀松ではなく谷川愁繕の嫡男である鶴丸であった。

慌てて亡き奥方の腕に抱かれていた赤子を見やると、此方の赤子こそ清十郎の嫡男である亀松と知れる。


「亀松よ、よくぞその身を盾にして若君をお守りした。父はそなたを誇りに思うぞ」

「お前様」

「いと、良うやった」


涙を流しながらも、気丈に立つ妻を抱き寄せて労うと周囲から聞こえてくる喧騒に耳を澄ます。

未だ城主が討ち死にした事は知られていないので、何とか持ち堪えているようだが情勢は何ともしがたい。

如何に味方の裏切りにあったとはいえども、既にこの奥の間まで敵兵が入り込んでいるのでは、この城の陥落も間近と言える。

此処はせめて鶴丸を落ち延びさせて再起を図る事こそ肝要と思考を切り替える清十郎。


「殿、必ずやこの加納清十郎が鶴丸君を再び城主へと据えて見せますぞ、天上よりどうぞ御照覧あれ」


城主と奥方、それに鶴丸の身代わりとなった亀松の遺体を並べて告別の言葉を口にすると、残った女衆に城から逃げるように言い添えて油を撒き散らして火をかける。

程無く部屋の中に火が回ったのを確認すると最後に残った妻のいとと共に走り出す、城の中をひたすらに走りようやく裏門へとたどり着くと、先に逃がした者達がひしめき合っていた。

どうやら裏門にまで敵方の兵が攻め寄せているらしく閂の掛かっている門の外からは鋼が打ち合う音と怒号が聞こえてくる。

此処でもたついていては落ち延びる機会を逸すると判断して、門を開けると同時に乱戦を続ける集団へと飛び掛かかり横殴りに槍を一閃すると周囲にいた兵を敵味方構わずに吹き飛ばす。

その一撃を持って門を包囲していた囲みを破ると、後に続く者達に逃げるように指示を飛ばす。


「殿は我に任せて先に行け!」 


包囲が解けた一角に向けて走り出す一団の殿を務めるためにその場に留まった清十郎は、逃げる者達を追おうとする敵を足止めするために殊更に相手を挑発する。


「女子供しか相手に出来ぬとはとんだ腰抜け揃いよ、違うというならこの首とって誉れとせよ!」


その言葉に昂ぶった敵が殺到する、逃げる獲物を追おうとする敵の勢いと数は虎口に攻め寄せて来た時よりも数段凄まじい。

殺戮と略奪に酔う者達が清十郎に次々と襲い掛かるがその槍の閃きを前にして無為に屍を晒してゆく。

槍の穂先が弧を描くたびに敵の首が宙に舞い、繰り出された雷光のような突きは縦に並んだ者の体を纏めて鎧ごと刺し貫き、石突きで打擲された者は骨を砕かれ吹き飛ばされる。

双眸を爛々と輝かせ全身を敵の返り血で真紅に染めながらも、獅子奮迅の戦いを繰り広げる清十郎を見て敵兵が恐怖に震えた声をだした。


「お、鬼がおる」


兜の両脇から伸びる角、返り血で赤く染まった体、そして食いしばった歯を鳴らしながら死を振りまくその形相は、正しく鬼の王を名乗るのに相応しい姿であった。

その悪鬼と見紛うばかりの強さと恐ろしい形相に、恐慌状態に陥った集団が瓦解するまでにそれほどの時間は必要としなかった。

落ち延びる途中の山中から燃える城を望む清十郎の胸中には、自らの主を守りきれなかった忸怩たる思いが渦巻いていた。


「必ずや、お家再興を成し遂げてみせまする」


これより先に生きる意味をそう決意して、清十郎達はその身を表舞台より消した。




既にあの時より十数年が経っていた、まどろみの中で思い出すのはあの城が焼け落ちた光景に他ならぬ、あの時の決意は些かも揺るがず、今も胸に燃えている。

鶴松君ももうすぐ元服を迎え名を改められる事になろう、なんとしてもそれまでにはお家再興の足掛かりだけでも得なければならぬと白髪が混じり始めた頭で考える。

このままでは亡き主君に顔向けが出来ぬと逸る清十郎の下に、それが来たのは何の因果であったのか。


「ではこの割符を全て集めれば良いのだな」

「その通り、さすれば貴殿の望みは叶えられましょうぞ」

「その言葉、努々違うこと無きように願うぞ」


差し出された割符を懐に収めながら言う清十郎の眼差しは、城が焼け落ちた時と同じ戦鬼のものへと変じていた。



大膳流槍術 加納清十郎 参戦


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