第一幕の伍 秋葉太夫
少女はその日まで幸せに暮らしていた、生活は苦しかったが優しい両親と妹に囲まれ幼馴染の少年と淡い恋を経て祝言を挙げる約束もした。
自分はこの鄙びた村で両親と同じように、自分の夫となった少年と慎ましいながらも幸せに平凡な時を過ごし一生を終えるとそう思っていた。
その幻想が破壊されたのは本当に唐突な出来事であった、田舎の生活など日が昇ったら起き出し、日が沈んだら寝るのが常である。
この日も何時もと同じように農作業を終えて家へと戻り、家族と共に眠り落ちる。
だが少女はその日に限って己の好いた少年と家族に内緒で会う約束をしていた、幼い少女特有の一寸した好奇心と愛しい少年への純粋な思いを糧に初めての冒険に出かけた。
村はずれにある、池のほとりまで月明かりの中を小走りに駆け抜ける、走る先に目指す池を見つけると足を止めて身支度を整えてから自分を待っているはずの少年を探すと岩の上に腰掛けて雲の隙間から落ちる月の明かりを反射する湖面を見つめている少年を見つける事が出来た。
自分が来た事を伝えようと声を上げかけたが、どうやら彼は此方に気が付いていないらしい、少女の胸に悪戯心が湧き上がる。此方を向かぬ少年を驚かそうと足音を殺して後ろからそっと近づいていきなり声をかける。
「わっ!」
これで驚いた少年が此方を振り向き、ちょっとしたじゃれ合いが起こるはずだ。そして少年少女に相応しい微笑ましい逢瀬が始まる・・・・・・筈であった。
声と共に背中を押された少年の首がコロリと落ちた、目の前の光景を理解できずに呆然とする少女の前で、その首が池に落ちる。
池に浮かんだその首が、何時もと同じ笑みを浮かべているのがこの光景が夢の様ではあったが、少女の全身に降り注ぐ真っ赤な雨の鉄の臭いがこれが現実だと告げていた。
「あ、ああ、ああああ!」
震える声とさっきまで少年であった物を置き去りにして、元来た道を走り抜ける。
その時少女の頭にあったのは恐怖であり、恐慌であった。
『これは夢、悪い夢、すぐに起きて池に行かなきゃ、だって彼が待っているもの。だからもう一度布団を出るところからやり直すの』
全てを夢だと思い込みながらようやく我が家に辿りつき、家人が起き出すのも構わずに乱暴に扉を開けて転がるように自分の布団に飛び込んだ。
この布団は妹と共用だ、貧しい村では一人に一つの布団など贅沢なのだ、だからこの布団は妹の体温で何時も暖かかった。
何時もは狭いと文句を言いながら小さな布団に一緒に包まる妹の体を恐怖に余りに、きつく抱きしめると温い水気が少女の全身を襲った。
「きゃあ!」
転がるように布団から出ると開け放したままの扉から、丁度雲の切れ間から顔を覗かせた月の光が家の中を照らし出した。
「嘘よ、嘘よ、嘘よー!」
冴え冴えと降り注ぐ月光に浮かび上がった光景は、少女の心を焼ききった。
優しかった両親は消えうせていた、ただ両親が寝るまで着ていた着物と同じ着物が何かグズグズとした肉の塊を包んでいた。
小さく暖かだった妹の四肢は囲炉裏の脇に焼き魚のように刺さり、そのうち右の太股にはまるで何かが齧ったような歯型が付いていた。
腰を抜かして三和土にへたり込み、緩んだ腰から流れでた小水で着物を濡らしながらも壁際まであとずさる。
嫌々と頭を振ると視界に鈍く光る鉈が目に止まった、咄嗟に震える手で鉈を掴み取って握り締め、こんな場所には居られぬと扉から這い出す。
「クカカカカカ!」
そこへ突如として甲高い男の哂い声が響き渡った、その声はこの異常な状況の中でただ楽しそうに哂っているだけだ。
村の中心部から聞こえてくるその哂い声に誘われるように、立たぬ足腰で這うように前に進む。
漸く村の中心にある井戸に横に開かれた広場を見渡せる場所まで進むと、其処には哂い声を上げる自分と幾らも変わらぬ歳の頃に見える少年と、その周りに集まった少女以外の全ての村人が揃っていた。
そこには村長も隣の気のいい叔母さんも自分を嫌らしい目で見ていた小父さん、仲の良かった友人、そして自分の両親と妹も居た。
村人の首だけが、その中心に立ち哄笑を続ける男を賛美する客のように、少女と池で死んだ少年以外の村人全員の首が其処に積み上げられていた。
「あああああああああっ!!」
その光景に全身が炎に染まる気がした、目の前が赤くなり全てのものがただ赤と黒に塗り分けられる。
絶叫を上げる少女の後ろに、先程まで哄笑をあげていた少年が静かに佇んでいた。
この惨状を作り上げたであろう少年が自らの後ろに佇んでいるのに少女は全く気が付いていない。ただ獣のように、言葉にならぬ言葉を吐き続ける。
「もう一匹いたか」
少年の腕からツウと伸びた白銀の光が無慈悲に少女の首へと振り落とされる。
それは奇跡か、それとも才能の発露だったのか、否ただ生を求める本能が血と肉と絶対の恐怖によって呼び起こされたか。
少女の首を刈り取るはずの刃が、少女の持つ鉈によって防がれた。
「ほう」
速やかなる死をその頭上に落とすはずの自身の一撃が、なんの変哲も無い少女に防がれた事に少なからず驚きを覚える少年。
その少女の瞳は虚ろであり、到底自分の意思で今の一撃を防いだとは思えない。
「クッカカカカ面白い、お前は生かしておこう」
未だに呆けて座り続ける少女に何を見たか、少年はポツリと呟きを残してその姿を消した。
少女はただ座り続ける、自分の身に起こったことが理解できない、夜が明け朝日が上がる頃になっても何もその瞳に映る事は無く、死を見つめ続けた少女は三日三晩をそのまま過ごした。
自分が地面に倒れたのすら自覚せずに、このままただ死んでいくのかと漠然と心に浮かぶ何かがあるが今の少女にはそれがどんな感情なのかも判然としない、そして少女は悪夢の夜から漸くその意識を手放した。
少女は自分の体が揺られているのを感じてその目を覚ました、どうやら自分は荷車に乗せられているようだ。
うっすらと瞼を開けて見ると、自分の周りを歩く何人もの年嵩の女の人と自分と変わらぬ少女が三人ほど見て取れる、少女達の様子はまちまちで一人はただ泣き崩れ、一人は前を睨み、今一人は熱心に回りにいる女に声を掛けている。
「ここは、私はいったい?」
「ようやっと気が付いたかい」
「えっ?」
震える体をその細腕で支えて身を起こすと後ろからしわがれた声が聞こえた。慌てて振り返ると其処には三十路を超えたばかりと見える両肩を肌蹴た美女が座っていた。
キセルを咥えて、いっそ優雅に煙を吐くその姿はどこか猫を思わせる色っぽさだ、尤も注意をしてみれば猫は猫でも美しくも凶暴な山猫と見えるだろう。
一つプカリと煙を吐くと美女が口を開いた。
「何があった?」
「え?」
美女の口からしわがれたと言うよりも擦れた声と言うべきか、その雰囲気と相まって色気と同時に何か硬質な迫力のある声音である。
「だから~、何があったか聞いてんだよ」
馬鹿みたいに聞き返した少女に、手に持ったキセルをクルリと回して中の灰を落とすと突きつける。
美女に言われて自分の身に起こった事を思い出す、一面に広がる紅い世界、辺りに転がる人間の首、そして哄笑をあげる人間の形をした魔物。
「いやああああっ!」
絶叫を上げる少女の頬が張られ、もんどりうって倒れる。その勢いを殺しきれずに少女が荷台から落ちた。少女が落ちた事で進行が止まり、周囲の女達が一斉に騒ぎの中心である少女と美女に注目が集まる。
荷台に乗っていた美女が優雅に地面に降りると腰に手を当てて、キセルに新しい葉を詰めて火を点す。
「うっせえんだよ、さっさと聞かれた事に答えな」
自分の頬を張った美女が居丈高に告げるのを呆然と見上げながら、美女の顔がドンドンと不機嫌になって行くのを見て、慌てて自分の身に起こった事を話し始めた。
「ふうん」
「ふうんて、それだけですか!」
全てを聞き終えても特に驚く様子も無く相槌を打つ美女に少女は食って掛かるが、それは美女のみならず、周りに居た女達からの笑い声で掻き消された。
少女の話を笑わなかったのは、連れられて歩いていた三人の少女くらいだ。
「お嬢ちゃん、村一つ全滅なんざ戦の絶えない今の世の中じゃあよく聞く話さ、確かにあの惨状はちょっと見た事無いほど酷いたあ思うけどね、此処に居る女衆は大なり小なり似たような境遇持ちだよ」
あれが今の世の中ではよくある話と聞かされて、驚きに目を丸くする。慌てて周りの女達を見れば何人かが頷いてくれた。
「でだ、あんたを拾ったのは単に話が聞きたかっただけだったんだ、気がついたなら何処へなりと行きな」
荷台に腰掛けたままで、もう用は無いとヒラヒラと手を振る美女、それを聞いた少女は驚いて聞き返す。
「え、あの……」
「ん、なんだい? まさかあんたあたしらが自分の面倒看てくれるとか思ってんのかい」
突き放した言い方の美女に、何も言い返すことも出来ない。確かに彼女達に自分の面倒をみる理由も義理も何も無い。
しかし、少女は今まで小さな村の中しか知らない、此処で放り出されれば路頭に迷う事になるのは目に見えている。
それに今一人にされたら、きっと恐怖と孤独に耐えられない。今普段と同じように喋れているのは、この雰囲気を作り出しているこの目の前にいる美女の力だと何故か直感出来ていた。
家族の仇を討つにしても、先ずは生き残る事が出来なければ如何する事も出来ない、そしてこれから生きてゆく術を知らない以上は何とか彼女達に助けてもらわなければと、意を決して頼み事をする事に決めた。
「あ、あのお願いです、私も一緒に連れて行って下さい! なんでもしますお願いです」
少女の必死の訴えを聞いた女達は一瞬の沈黙の後、大声で笑い始めた。大声で笑いだした女達に驚き半分怒り半分で何故笑うのか真赤になって問い正す。
目の端に涙を浮かべながら笑いを収めた美女が、それでも半笑いで話を繋ぐ。
「あっははは、これが笑わずにいられるかい。あんたあたし等が何者か知らないでよくいえるね」
「姐さん、説明してあげたら」
「そうさねえ、良いかいお譲ちゃんあたし達は女衒なんだよ。あたし等についてくるって事はどういう事が解るだろう?」
女衒とは遊郭へ女を遊女として売る人間の事だ、さっきまでの雰囲気からてっきり女芸人の一座かなにかと考えていた、それに女衒といえば普通ヤクザ者がやる仕事である。
村が不作の年に、自分より年上の少女が売られるところを見たことがあったが、女ばかりの女衒など見たことは勿論、聞いたことも無い。
目を白黒させる少女を見て、美女は悪戯を思いついたようにニヤリと笑うと、裾を寛げて一歩を踏み出した。
「くく、そう言やあ自己紹介もしてなかったか、あちきは遊郭桜花楼の看板、そして店の一切を取り仕切る任侠葉桜組六代目、夜雀の青葉太夫と覚えときな」
美女は少女にぐいと顔を近づけて名乗ると、先程までとは別の猛禽を思わせる笑みを浮かべて話を続ける。
「で、こいつを聞いてもまだあたし等と来るって言うかい?」
彼女達と行くという事は、末は女郎として店に立つことになる可能性が高いだろう。勿論自分は売られた訳では無いのだから、端女として雇ってもらう事も出来るかもしれないと淡い期待が胸に浮かぶが、その甘えた考えは捨てる。
その代わりに自分にはやるべき事があると強く強く念じる、その想いが自分が生きてゆく理由だと定める。
「太夫は親分さんなんですよね」
「姐さんって言って欲しいけど、まあそうだね」
「強いですか?」
「な~るほど、くくっ強いよ、男でもあたしより強い奴を見た覚えは無いねえ」
「なら私を強くしてください、その為なら何でもします」
真直ぐに自分を見つめてくる少女の瞳の奥に見えるのは、生きる為の赤い炎か復讐に揺れる黒い炎か、そのどちらにしても生きる理由を決めたには違いない。
しかし今の自分の状況を見て、生き残るために少女らしい心の弱さを今の短い間で捨て去ったということか、今の彼女は目を覚ました時の怯え竦んだ少女では無く、強さを求める女の顔になっていた。
これは掘り出し物かもしれないと、青葉太夫は笑みを深めた。
「名前は?」
「お葉です」
「ふん、なら今日から紅葉と名乗りな、あんたが生まれたあの真赤な景色を忘れない為にね」
「はい」
少女はこの日、自らの名を捨てた。
紅葉と名を改めた、少女は青葉太夫の店である桜花楼で働き始めた。端女から始まり禿となり遊女として店に出た。
そして数年を経た頃、青葉太夫からその座を譲られて名を秋葉太夫と再び改める。
元より美しい少女であったが、この頃になると匂い立つような色気と犯しがたい強さを併せたその立ち居振る舞いから近隣にも評判の太夫となっていた。
太夫ともなれば、一晩付き合うのに多額の金銭が必要になるため、公家や武家の中でも裕福な人間の相手しか出来なくなる。
そしてそんな美丈夫となれば、身請けをして自分の物にしようとする者も当然ながら出てくるものだ。
この日もそのような武家の一人に招かれた秋葉太夫は、しかめっ面で座っていた。それでもその顔は美しいのだから、夢中になる人間は引きも切らないというわけだ。
「太夫、私と一緒になってくれ、お前を妻に迎えたいのだ」
「わっちは誰に身請けしてもらうつもりもありんせん、若様もこんなわっちに構わずに家の格を大切にしやしゃんせ、しょせんわっちらは一夜の夢の存在でありんす」
もっとも秋葉は売られた訳ではないので、身請けも何も無いのだが面倒なのでその辺りは説明する気も無い、単純に上客の為にそれらしい姿を見せているだけだ。
しかしこの若い侍はすっかり秋葉に参っているらしく、それでもと食い下がる。
いい加減にしつこいと感じてきた秋葉がぶちのめしてやろうかと思い始めた頃、部屋の障子が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのはこの若い侍の父親であった。話に聞いていた通りにキツイ性格らしく眉が吊りあがっている。
「お前が秋葉太夫とかいう売女か、よくも家の総領息子を誑かしてくれたな!」
ものすごい剣幕で怒鳴り始める父親とおろおろとする若侍、いい加減に嫌気がさしていたので二人が言い争いを始めたのをこれ幸いとして出て行こうとする。
「ええい待たんか、まさか此処から無事で出られるとでも思うのか、お前たち!」
父親の声に併せて屋敷の奥から柄の悪そうな男達がぞろぞろと出てきた。その中の一人が前に進み出てきて秋葉に嫌らしい笑い顔を見せながら話しかける。
「よう、太夫こんな所で会うなんざ奇遇だな」
「これは大松組の親分さんじゃありんせんか、わっちは若様のお呼ばれにて此方に参ったしだいで、親分は何用で此方にお邪魔に?」
「なぁに、この屋敷に性悪な雌猫が来るんでそいつを何とかしてくれって旦那様に頼まれてな」
互いにハハハ、ホホホと笑いあいその笑い声が同時にピタリと止まる。
「舐めるんじゃないよ!」
「やっちまえ!」
怒声と共に秋葉は床を蹴って飛び出すと、袖に隠していた扇子を取り出して回りにいる男に向かって振るう。
鈍い音とともに吹き飛ばされる男達を後目に、縁側を蹴って庭に降りると着物の裾を割って構える。割れた裾から見るも眩しい白い太股が顕になるが特に気にもしない。
両の腕にそれぞれ鋼で作った特別製の扇子を構え、口元を隠して挑発する。この時横から秋葉太夫の顔を見たものがあったなら何故彼女が口元を隠しているか知っただろう。その顔は確かに笑っていた、それも獲物を前に舌なめずりをする獣と同じ笑みであった。
「大の男が揃いも揃って情けないとは思いんせんか、思わないんじゃろうな。ならわっちがその性根を叩き直してやろうかの」
言い終わるが早いか、再び地面を蹴って男たちの中へと踊りこむ、開いた扇子の端は鋭い刃になっており、それが振るわれるたびに悲鳴とともに血飛沫が周囲に舞う光景は一幕の舞台のようであった。
主演は中心で舞い踊る秋葉太夫、囃子は無くとも天上の舞を彷彿させるその舞踊と花吹雪の如く散り行く赤い飛沫の美しさよ。
その美々しい舞の中で秋葉の瞳だけが蒼く輝いている、その舞が一先ずの終焉を終えた時立っている者は秋葉の他に三人、若侍とその父親そして大松親分だけだ。
他の者は全員が体に傷を負って倒れ伏している。どうやら生きてはいるようだが、腕や足が無い者も多く、最早荒事の世界で生きていく事は不可能だろう。
「さて親分さん若い衆がこれでは縄張りの見回りにも事欠く有様、わっちも町が荒むのは本意ではありんせん、だからそのシマ全て譲り受けてやろうかのう」
「ふざけんじゃねえ!」
その若い衆を一人残らず使い物にならなくした張本人からの余りの言い草に、怒声を上げて懐からドスを取り出した親分はドスを腰溜めに構えて体ごと一直線に突っ込む。
「しようがないのぅ」
呆れた様に呟くと突進してきた親分の脇を優雅に一回転してすり抜ける秋葉太夫。
勢いのままに走り続ける親分の体はその首から鮮血を振りまきながら、端にぶつかって崩れ落ちた。
手に持った扇子の上に口をパクパクと動かすばかりの親分の首を、腰を抜かしてへたり込む、若侍と父親に投げ渡して釘を刺す。
「わっちはわっちより弱い者には惚れりゃせん。それと旦那様、桜花楼にちょっかいかける心算なら心しやしゃんせ、旦那と同じでわっちも家族を不幸にしようとする人間には情けも容赦もかけんよ」
それだけを言い残して嫣然とした微笑みを残して去ってゆく秋葉太夫を止める声は上がらなかった。
自らの住処である桜花楼に帰ってきた秋葉太夫に青葉太夫、今は志津と名を戻した先代からの呼び出しがかかった。
さて何の用かと志津の部屋へ赴くと一枚の割符を投げてよこした。
「これは何でありんすか?」
「ん、見たとおりのもんだよ」
「それでこれを如何しろとおっしゃるんで?」
「同じもんが九枚あるらしいから、集めといで」
「そんな話なら楓か花梨にでも任せて下さいな」
楓も花梨も自分に次ぐ実力だ、荒事になっても何とかなるだろうと嘆息して部屋を出ようとする秋葉に後ろから志津の声が掛かった。
「なんでも、その割符は兎に角強い人間が持っているって話だったんでね、あんたに任せようと思ったんだが」
その言葉を聞いて動きをピタリと止める秋葉太夫、後ろからクツクツと笑い声が聞こえるのに一つ舌打をして振り向かずに告げる。
「アレが持っているかもしれないって事ですか」
「さあてね、でも」
「可能性はある」
僅かな時間でこの世に地獄を現出させたモノが弱いとは思わない、今の自分でも勝てるかどうか、あれはそういう類の人間だ。求める者を見つけることが出来るかは解らないが行く価値があるなら行ってみるのも一興だ。
「梢、桔梗、旅にでるから支度しな!」
「あたしの邪魔をするなら、誰であろうと倒すだけさね」
この割符を持っている連中はあの魔物と同等かそれ以上の化け物の可能性もあるが、それはそれで構わない、もともと誰にも負ける心算などないのだ。
その美しい顔に似合わない否、この上なく良く似合う獰猛な笑いが零れるのを止めずに秋葉太夫は歩き出した。
立川流扇闘術 秋葉太夫 参戦