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Duel ~血闘録~ 【完結】  作者: 小話
12/21

第二幕 第弐闘


髪を短く刈り込み、袖を千切った着物を着た若い男が肩で風を切りながら街道を歩いていた、その顔は不機嫌そうに歪んでおり、その所為で男の進路に居た人間は係わり合うのは御免とばかりに道を開ける。

その開いた道をのっしのっしと冬眠から覚めたばかりの熊の如く闊歩している男は風に乗ってある匂いが漂って来ている事に気が付いた。

立ち止まって鼻を鳴らすと街道を脇道へとそれた方向からその匂いが流れてきているようであった、この何度も嗅いだ事のある鉄錆にも似た匂いは間違いなく血の匂いである。

しかも風に乗って漂ってくるという事は其れなりに大量の血が流されたという事であろう、少し興味は惹かれるが自分が今やるべき事は大切な妹を救い出すために割符を持つ人間を探して奪い取る事と若い男、政は脇道から目を逸らした。



半刻後、街道を脇に逸れた道を行く政は舌打ちをしながらも先へと進んでいた、元々政は只のお節介焼きがいざこざに巻き込まれ続けるうちに何時の間にか喧嘩屋という異名を取る様になりそれをそれまま商売にしてしまった男である。

即ち好奇心が旺盛な上に万揉め事に危険が好きな上に腕っ節で解決できてしまう類の男である、しかし今回の旅は政が唯一大切にしている妹である初の運命まで係っているのだがこういう悪癖はそうそう直るものではない。

自分の好奇心に負けた事を初に心の中で詫びながら、血の匂いが流れてくる方向へと向かう、脇道から更に森の中へと進むとちょっとした広場が出来ていた、そして其処には見るも無残な状態となった亡骸がうず高く積み上げられており、そしてその中に唯一人だけ立っている者がいる。

ざんばら髪に上半身は裸で両腕は肩から指先まで布を巻きつけており、下半身は軽衫かるさんを穿いた男であった。

そして何よりその男の首には自分が探している割符が縄で結わえて提げられている。

経緯は分からないがこの凄惨な光景を生み出したのがこの男であるのは間違いあるまい、しかし折角目的の物が目の前にぶら下がっているのを見す見す見逃す事はない。

大体、山賊を一纏めに縊り殺す事など自分でも可能な事だ、確かに目の前の男からは不気味な雰囲気を感じるが臆した所で意味などあろうはずも無い。

そう心を決めると両腕に愛用の手甲を嵌めて男の背後に回ると獲物に襲い掛かる虎か狼の如く政は飛び掛っていった。



牢から脱した男は久方振りの自由を謳歌していた、自分を解放した五人を屠ったあとで死体から服を剥ぎ取り身につけて使えそうな道具を懐に収めると、何処かに居るはずの獲物を求めて走り出した。

地を蹴り、枝を跳びながら道なき道を行くその男の前に、山賊とそれに襲われた旅の男女が現れたのは偶然であった。

街道から追われて来たのだろう男女は森の中にぽっかりと空いた空間で遂に山賊たちに追い詰められていた。

それを見た男は身を撓めると一足跳びに山賊の上を飛び越え包囲の輪の中に飛び込んだ、飛び越えついでに山賊一人の首を掻き切って血を噴出させて生暖かい感触を楽しむ。

突如として現れた得体の知れない相手と吹き上がった血が周辺を赤く染め上げる光景を呆然として見上げる残りの山賊と襲われていた二人の男女。

呆けるばかりの連中を尻目に男は再び地を蹴って上空に飛び上がり、蜻蛉を切って身を捻りながら両手に手挟んだ鉄杭を撃ち放つ。

男の手から飛んだ鉄杭は狙い違わず山賊達の足の甲を一人残らず貫いて全員を地面に縫い付けた。

男にとって山賊などは木偶も同然、いわんや身動きを封じた相手などは既に塵芥に等しい、時間をかけて相手にするのも馬鹿らしいと男は着地と同時に再び地を蹴って短刀を腰から引き抜くと残りの山賊を一蹴する。

瞬きする間に両手に持った短刀を振るい山賊の首を全て刎ね飛ばして殺した男に向かって襲われていた男女が恐る恐る声をかける。


「危ない所を助けてくださり有り難うございます、お陰で助かりました」

「もし良かったらお名前をお聞かせ下さい、ぜひお礼を」


見るからに妖しい風体の、しかも剣呑な雰囲気を醸し出している男に対して命を助けて貰ったのだからと礼を申し出た男女であるが、その問いかけに対して男の返答はなんとも無残なものであった。


「俺の名は朧丸という、なに礼など無用だ、何故ならお主等も俺の獲物に他ならぬからな」


その言葉と共に男の首が宙に舞う、その光景を見た女が悲鳴を上げる前に首が朧丸に掴まれて木に叩きつけられると、そのまま両腕を頭上に捻り上げられて山賊の足を止めた鉄杭と同じ物で木に縫い付けられる。


「ぎゃああああっ!!」

「もっと良い声で啼け、女をやるのは久方振りだからな少しは楽しませてもらうぞ、クカカカ」


痛みと恐怖で悲鳴を上げる女の頬を舐めながら哂う朧丸の顔は愉悦に満ちていた、朧丸にとってもっと楽しめそうな獲物が居るが故に山賊たちには速やかな死が訪れたのだ。

無論朧丸は自分が異端で在るのは知っている、しかし獣が檻から放たれれば血を求めるのも必然であり、未だに朧丸は牢を脱した時に五人ばかりのそして此処で十人余りの骸を積んだが既にありきたりな獲物などでは満足出来ない。

そしてそれを朧丸自身が自覚しているがそれでも血の渇きを抑える事など出来ないし、する理由も無い、ならば其れなりに楽しもうというだけだ。

顔だけは傷一つ付けずに、また簡単には死なぬようにと散々に玩んで半刻、遂にその命の鼓動が止った女の恐怖で引きつった首を刎ねて戯れに幕を引く。

多少は手慰みになったが未だに胸に燻った衝動は収まる事は無い、それどころか中途半端に血と肉の感触と戦いの愉悦に身を晒したが故に更に昂ってしまった。

新たな獲物でも探そうかと振り向いた瞬間、朧丸の背後に急に殺意を伴った気配が現れると雄叫びと共に襲い掛かってきた。


「死ねやおらーっ!!」


気合の篭った雄叫びを上げて朧丸の背後から襲いかかった政は勝利を確信していた、自慢の手甲に包まれた右手を引き絞りその背中の中心に叩きつける。

ぐしゃりという音と共に背骨を粉砕する感触が右手に広がる、おもわずニヤリした笑みを浮かべた政だが勝利の確信は驚愕へと変わる。

政が砕いた背骨は朧丸のものではなかったのだ、背後から襲われた朧丸は咄嗟に足元に転がっていた死体の一つを蹴り上げて自分の身代わりにしていた。


「ちいっ! しくじった」


悪態を吐いて潰した死体を振り捨てると改めて朧丸の正面に立つ政、その政をねめつける朧丸は相手が自分の首に架かっている割符にちらりと視線を向けたのに気が付いた。


「クッカッカッカ、この割符に目を向けたという事は貴様も持っているな」

「応よ、死にたくなきゃあ大人しく置いてきな」

「カカそうはいかん、こんな割符に興味は無いが、お前みたいな活きの良い獲物を釣るには又と無い餌なんでな」

「ああそうかい、ならぶっ殺して奪い取るまでよ、死んでも文句言えるような生き方してねえみてえだしなぁ!」


言葉が終らぬうちに再度飛び出した政が朧丸へと迫る、左の拳を素早く突き出しながら距離を測ると渾身の右を打ち出す。

その攻撃を尽く体捌きだけでかわした朧丸は最後に繰り出された右の拳に併せて腰から短刀を引き抜いて右腕を斬り落とそうと振るう。

鋼と刃金が打ち合う音が響き宙に舞った銀の光が地面に落ちた、それは朧丸が繰り出した短刀の半場から折れた切先であった。

政の強靭な一撃は朧丸の繰り出した一刀を退けるばかりかその凶刃を折ってみせた、しかし政の手甲にも一筋の傷が刻まれ、朧丸の体を捉えるはずの一撃は軌道を逸らされた。


「カカ、面白い」


半場から折れた短刀に一瞥を向けて放り捨てると先程までとは違う種類の笑みを浮かべると足を開いて腰を落とし構えをとる、その構えはまるで蜘蛛が獲物を狙うような低い不気味な構えであった。

朧丸が構えをとった事で政もまた構えを変える、先程までは速さを重視した構えをとっていたが今度の構えは迎え撃つ為にどっしりと大樹が大地に根を張るが如きである。

互いに構えたのも一瞬、朧丸は体を一回転させると反動をつけて鉄杭を撃ち放つ、その数実に二十本。

唸りを上げて飛来する黒鉄の雨を打ち払うのは鈍色の鉄拳、全身余すところなく串刺しにしようと迫る鉄杭を一本残らずその両腕が防ぎきる。

最後の一本を打ち払うと同時に一足飛びに踏み込んで拳を振るう、朧丸の顔面目掛けて迫る政の拳がその顔に突き刺さる寸前に手首に布が巻き付いて止められる。

朧丸が腕に巻きつけていた布を解いて政の拳を捉えた瞬間に右足を政の体に叩き込むべく振り上げる、その足先には政に叩き折られた短刀の切先が何時の間にか足の指の間に挟まれており、政の股間へと吸い込まれてゆく。

腕を布によって絡め取られた瞬間に政の目の端にきらりと光るものが映った、それが何であるかを確認する前に本能が体を突き動かしていた、動きを封じられた腕を支点にして地面を蹴って空中へと逃げる、体を捻り布の戒めから脱すると同時に頭の下を朧丸の蹴りが通過する、背筋に冷たいものが吹き上がるが政はそのまま一回転して充分に速度と重さの乗った左の踵を朧丸の脳天に振り落とした。

股間から頭頂までを切り上げるべく振り上げた右脚の一撃は跳躍した政によってかわされ、さらに動きを止めようとした布の戒めも外されたのを見て朧丸は右足を振り上げた勢いのまま後方へと転回して間合いを取る、片手片膝を着いて着地した朧丸の前に政の踵が振り落とされ叩きつけられた地面が陥没する。

振り下ろした踵が相手の体を捉えられずに地面に穴を穿っただけに留まった政は、振り下ろした左脚の前に相手の顔があるのを瞬時に見てとって、左脚を軸に右の水平蹴りをその顔面に叩き込むべく振るう。

着地した目の前に振り下ろされた脚が左に向きを変えるのを見た朧丸は次の攻撃を右の蹴りと判断した、そしてその通りに自分の顔面に迫る右脚の脛に蜻蛉を切った瞬間に持ち替えていた刃を突き入れるが右足の勢いは止まらずに振りぬかれる、その蹴り足に乗って飛び距離を取る。

政の蹴りが朧丸の顔面に叩き込まれる寸前に右の脛に衝撃が走る、それ構わず振りぬくがその蹴り足に乗られて威力を殺された上に距離を取られてしまった。



「クク、良くかわした」

「こっちの台詞だ」

「それに足も、とはな」

「けっ、俺に足使わせた奴ぁ久しぶりだぜ」


朧丸は右足に刃を突き刺したはずが血の一滴も流れてはいない、それどころか足首までを包んでいた呉服の裂け目から両腕と同じような鋼が覗いていた。

政が切り裂かれた右足の布を千切り捨てると中から膝から足の甲までを覆う鋼の足甲が現れる、両腕のみならず両足にも鉄の牙を備えたこの姿こそ政の戦装束である。

朧丸は鋼に無造作に突き刺した事で今度こそ使い物にならなくなった折れた小太刀の切先を投げ捨てて不敵に哂い、両腕をだらりと下げる。


「今度は此方からいこう」

「きやがれ」


応じた瞬間、朧丸の姿が政の眼前に迫り掌底が突きこまれる。予備動作も無い不意打ちに近いものだが政には通用しない。

鼻先を掠めながらもかわすと近寄ってきた朧丸の体に叩き込もうと肘を突き出す、狙い違わず胸に打ち当てるが、同時に朧丸の膝蹴りが政の脇腹に突き刺さる。

互いに一歩たたらを踏んでよろけたが先に反撃に出たのは政であった、たたらを踏んで一歩分の間合いが出来たのを利用して左回し蹴りを繰り出す。

鋼の蹴りが朧丸を捉えて辺りに肉を打つ音が響き渡り朧丸が吹き飛ばされる、それでも咄嗟に腕を折りたたんで上腕と下腕部で受けることで衝撃を分散させたのは流石というべきか。


「如何した、如何した、良い様じゃねえか」


吹き飛ばされた朧丸を追撃するべく走りだす政、もはや反撃の機会は与えないとばかりに連撃を見舞う。

左回し蹴りを放った態勢からそのまま跳び右後ろ回し蹴りに繋ぎ、さらに同じ箇所に攻撃を入れる、これも先程と同様に腕で防がれるが、朧丸も今度は弾き飛ばされずに逆に蹴り足を弾いて反撃に移ろうとする。

しかしこの反撃こそ政が狙ったものであった、先程の蹴りは弾かせるのが目的でその弾かれた反動を利用して半回転し左後ろ回し蹴りを下方から脇腹を狙って放つ。

鋼の足甲に包まれた蹴りをまともに脇腹に喰らえば内臓破裂は間違いない、後は動けなくなったところを両拳で撲殺すればこの戦いは終る。


「貰ったあっ!」


勝利を確信した政の叫びが辺りに木霊した。

が次の瞬間政は驚愕を顔に浮かべる、確かに脇腹に蹴り足の感触は残っているが余りにも軽すぎる。

その証拠に朧丸は天高く舞っており、宙で一回転すると何事も無かったように優雅に着地した。


「中々に重く鋭い、クク良いぞもっと楽しませろ」

「てめえぇ」


まるで遊ばれているが如き朧丸の口調に政の歯がぎしりと音を立てる。

楽しませろと嘯く朧丸だが実際にはそれ程の余裕は在るまい、蹴りが自分の脇腹に突き刺さる寸前に咄嗟に膝の発条だけで体を浮かせて蹴り足に乗る事で内臓への衝撃は逃がしたものの流石に無傷という訳にはいかなかった。

左脇腹には青黒い痣が浮き出ており内出血を起こしているのが見て取れる、当然痛みも在るはずだが、その脇腹を庇うわけでもなく再び拳打を顔面へと振るってくる。

痛みのせいか朧丸の拳は最初に見舞われた掌底ほどの速度はない、それを見て取った政は余裕でかわし交差法にて一撃を喰らわせる。

そして赤い雫が滴った


「痛っ!」


声をあげたのは政のほうであった、朧丸の拳打は完全にかわしたはずだが何故か頬が切れた、存外深く切れたらしく血が溢れ出てつうと頬を滴る。


「一体何しやがった?!」

「さあて、何のことやら……なっ!」


言葉が終ると同時に両腕で拳打を放つ朧丸、その一撃は初めに繰り出された掌底より早く鋭い上にまるで鞭の様にしなる独特の拳打であった。

その腕を上下左右の区別無く振るい政の体に打ち付ける、しかもその傷は打撲では無い、朧丸の腕が掠めた場所は次々に切り裂かれ浅いとはいえど無数の裂傷を負わせてゆく。

しかしこの距離は政の得意な間合いでもある、自分に傷を負わせる事ができるなら自分も傷を与えられる。

先ずは五月蝿い腕を潰さんとして自分に振るわれた相手の腕を弾くべく鉄拳を振るう、するとギャリという音が聞こえて朧丸の拳から一本の鉄杭が零れ落ちた。


「ばれたか」


舌を出してケラケラと哂う朧丸、鉄杭を拳に握り当たる瞬間に僅かに覗かせて傷を与えていたものだ、初めに放った掌底は手に何も持っていないと見せるために振るわれた虚言の一手であるものか。


「その傷は特別でな、狭い間隔で並行に付けられた傷は互いに塞がろうする為に自然には塞がらんのよ」


朧丸がその手に二本ずつ持っていた鉄杭を無造作に政に向かって投げ放つ、咄嗟に撃ち落した政だが体に刻まれた傷から更に血が噴出した。


「そして動けば動くほど体から血が流れ出るという訳だ、どうだ気に入ったか」


朧丸の嘲りを聞きながら政は素早く考えを巡らせる、血が無くなれば動けなくなり最後には死に至るのは道理だ、そして既に体中に傷を負ってしまった以上はその運命からは逃れ得ない。

ならば逃げを打つのも勝負の駆け引きとしては有りだろうが、目の前のこの男がそれを易々と許すはずが無い。

ならば此処で打てる手はただ一つ、自らが死ぬ前に相手を殺して治療することだ。

此処まで考えを巡らせて一番初めに戻っただけだと気付く、つまる所は〈殺られる前に殺れ〉である。

腹を括る、いや括っていたのを思い出すと政は口角を吊り上げてニヤリと笑う。

政が笑ったのを見て相手に動揺が無いのを察する、正直に言えば与えた傷で死に至るにはそれなりの時間を有するはずだ、それは今迄の経験から明らかである。

そしてそれを教えてやる事で相手を焦らせて十全に力を発揮出来ないように仕向けて遊ぼうと思ったのだがそうは行かない相手であったらしい。

だがそれが良いと朧丸は思う、蹂躙する楽しさは何処ででも味わえるが互する相手を這い蹲らせるのもまた一興。


「時間が無えみてえだからな次で決りつけるぜ」

「そう言うな、俺はまだまだ遊び足りんぞ」

「抜かせ」


政は左足と左貫手を前に出し右拳を脇腹に添える左半身に、朧丸は両手をだらりと下げたまま軽くつま先立ちに構える。

政が大きく息を吸いカツと吐くと途端に筋肉が一回り盛り上がり同時に血が止まった、息吹と呼ばれる呼吸法によるもの筋肉を肥大させて無理矢理に流血を止めたものである。

この攻防の後で息吹が切れれば先程に倍する出血を強いるだろうことは想像に難くない、それ故に不退転の決意がありありと見て取れる。

それを知った朧丸もまた次の攻防が最後と見定めて大きく息を吸って備える。

動いたのは果たしてどちらが先だったのか。

力強い震脚を踏み出し鉄塊に等しい正拳突きを繰り出す、その拳が相手の腕に巻いた布と皮を抉る。

皮を抉られながらも腕を絡め取り、その腕をあらぬ方向へと捻り間接をはずし更に捻り上げて筋肉と腱を捻じ切る。

捻じ切られた痛みを忘れ、下方から顎に向かって拳を突き上げる、顎は外したが相手の胸に一筋の傷を刻み込む。

胸の傷から血が流れるのも構わずに膝蹴りをがら空きになった鳩尾へと見舞う、確かに突き刺さったが筋肉の鎧に阻まれた。

膝が鳩尾を打ったが動きを止めるには遠い、突き上げた腕を畳んで肘を落とす。

膝が効かぬならと背後へと回るべく横をすり抜ける、その背に肘が落ちるが一拍遅い辛うじて掠めるだけでかわして背後に回り、肋骨の隙間から腎臓へと鉄杭を突き刺す。

背中にぞっとする冷気が上がるや右足を後ろへと繰り出す、咄嗟の一撃ゆえに充分な打撃は与えられないが硬い肉を打つ感触が足に残る。

いま少しという所で蹴り剥がされた、そのお蔭で刺し込んだ杭は腎臓に達するほんの少し手前で自らの手を離れてしまった。

蹴り剥がした足の勢いをそのままに半回転して相手を見据えると同時に跳躍し、颶風とかした側面蹴りを叩きつける。

暴風を纏いて迫る大木の如き蹴り足が側頭部に吸い込まれるのに併せて側転し、その威力を殺す。

倒立状態になった瞬間に腕の力で跳ね上がり顔面に両足をそろえて突き入れる。

顔面に迫る両足をかわせぬと見て取って逆に顔を突き出し額で受ける、ガツという衝撃とともに額が割れて血が流れるが動きが止まったのを幸いと目の前の敵を潰すべく拳と足とを両側から挟み込むように打ち付ける。

額で受けられたのを悟ってそのまま額を足場として蜻蛉を切って身をかわす、その瞬間に鋼を打ち合わせる音が響いた、一瞬遅ければ腹を潰されていただろう。

蜻蛉を切ると同時に両腕の布を解いて空中から振るう、振るわれた布はまるで二匹の大蛇の如くうねり左右から襲い掛かる。

白布の大蛇が迫り視界が白く塗られる、その牙が正確に咽と胸を狙って噛み付こうとするのを最早動かぬ右腕を犠牲にして絡め取って防ぐと布の影に立つ影に最後の一撃を叩き込むべく力一杯布を引く。

絡め捕られた白布を引っこ抜くように引かれた体はよろめいて大きな隙を晒す、その隙を逃がすに砲弾の如く駆け出し繰り出した一撃が相手の胸板を貫いた。


「殺ったあ!」


くず折れる人影を見て勝利を確信する。


「ごぶっ」


口から大量の血が流れ出る、見下ろせば自分の胸から鋼が突き出ている、初めて味わう冷たい感触と内臓をえぐられる感覚に更に気分が悪くなる。


「な……に?」

「カカ、油断したな間抜けめ」


後ろから聞こえてきた声は今しがたその胸に風穴を開けたはずの男の声であった、驚愕を持って自分が倒したはずのものを見れば、それは首の無い男の骸でありそして胸から生える鈍色の光は自分が折ったはずの短刀だ。

無理矢理に首を曲げて後ろを振り返れば、そこには確かに今まで死闘を演じた相手が薄ら哂いを浮かべていた。


「てめ……がふっ」


初めに政の攻撃をかわしたときに朧丸は死体を盾にしていた、腕の布を操って政の視界を塞いだ一瞬にその時と同じく身代わりを立てていたのである。

そして政が囮に向かう横で初めから持っていたもう一本の短刀を手にして、相手が勝利を確信した瞬間の僅かな油断を突いたのだ。

政が何かを言おう口を開きかけたと黒鉄の杭が抉りこまれ、次いで短刀が捻りながら引き抜かれた。

短刀が引き抜かれた傷から大量の血液が流れたことで息吹が途切れ、筋肉が弛緩して体中の傷が再び開き大量の血が零れ落ちて大地を真紅に染める。

体中を真紅に染めながら覚束ない足取りで再び朧丸と向き合う政だが最早戦う力は残されてはいないだろう、遂にその赤い大地に倒れ伏し辺りに飛沫を撒き散らす。


「畜……しょ……」


その赤い光景を暗くなる視界の中でぼんやりと眺める政の脳裏に最愛の妹の姿がまざまざと蘇る、段々と消え行く意識をそれが繋ぎ止める。


「うっがあっ!」


意地を足に込めて立ち上がり、最後に残った力の全てを拳に込めて目の前の男に叩きつける。


「中々楽しかったが、些か飽きた」


しかしその一撃は朧丸の無情な言葉と共に二枚の布が振るわれると政の体が雁字搦めに締め上げられた。

万全ならば例え捕らわれようと脱出出来ただろう、否捕まる事すら無かったかも知れぬ、だが今の政にはこれより先に抗う力が残っていなかった。

体の彼方此方から骨の砕ける音が何処か遠い所から聞こえてくる、そして首に押し当てられた冷たい刃を感じながら政は永遠の眠りについた。




初は自分と兄の家である長屋に戻っていた、牢から出してくれたお侍が言うには本当の下手人は別に居ることが判ったので兄にはその討伐を命じたと教えられた。

辻斬りの討伐なんて危ない事は止めて欲しいが兄がその下手人を捕らえることが自分が解放された条件だと言われれば感謝はすれ恨み言を言うのは筋違いと判る、判るがそれにしても自分に何も言わずに行くなど酷すぎる心配する身にもなって欲しい、帰って来たならば小言の一つも言ってやろうと思う。

その為にも兄が何時帰ってきても良いように今日も一日張り切って過ごそう、そして戻ってきた暁にはお説教と一緒に飛び切りの笑顔と美味しいご飯で出迎えてあげよう。


「さ、今日も頑張らなくちゃ」


春の息吹が桜の花を綻ばせるのを見上げながら、この桜が散る前には戻って来ると初は信じている。

何故なら政は花見が大好きなのだから。




朧丸 対 政


勝者 業魔流忍者 朧丸


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