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デートインザストーリー

デートインザピンポンルーム

作者: フィーカス

「デートインザストーリー」シリーズ、「デートインザバスハウス」の続きなのです。

 初めての方はシリーズの「デートインザドリーム」から読んだ方が話が分かると思います。

「まったく、あんたは何やってるのよ」

 加藤有子(かとうゆうこ)はのぼせて更衣室のベンチで寝かされている三堂成美(みどうなるみ)を扇ぎながら言った。

 湯船から上げたばかりの成美の体は、まだまだ真っ赤になっている。

「う……ん、あ、有子ちゃん、マカロンはどこに行ったの?」

「寝ぼけてる場合かっ!」

 ぱんっ、と有子は成美の額を軽くたたいた。成美も「あいたっ」と反応する。

 冬とはいえ、エアコンが効いているせいか浴場だからか、更衣室のなかは暖かい。

 油断していると、うとうとなってしまいそうだ。

「……って、寝るな!」

 有子は再び成美の額をぴしゃりと叩いた。


 そうしているうちに、更衣室の奥からどたどたと誰かが走ってくる音がした。

「お、なるみん気が付いたか? ほれ、冷たい水」

 やってきたのは、すでに浴衣に着替え終わっている三波彩花(みなみさいか)だった。片手に持ったペットボトルの水を、成美に手渡す。

「むにゅぅ、あ、ありがとう」

「とりあえず、なるみんが落ち着いて着替え終わったら、卓球場行こうか」

 有子が成美を扇ぐのをやめ、自分も着替えていたとき、彩花が手を動かしながら言った。

「卓球?」

「そう。もう男どもは始めてるで」

 そう言いかけた時、寝ていた成美の目が突然光だし、ベンチから起き上がった。

「た、卓球!? やる! 私やる!」

 即座に更衣室から飛び出そうとする成美の肩を、がしっと有子がつかんだ。

「はいはい、さっさと着替えようか」


 浴場から出て、一度部屋に戻り、荷物を置いて再度有子たちは浴場前に集合した。

 そこから近くの階段を降りると、その正面にゲームコーナーがあった。

 その隣に、卓球台が四台備えられた卓球場がある。

 そのうちの一台で、高野達人(たかのたつと)佐藤有斗(さとうゆうと)が対戦をしていた。

 その奥のベンチで、佐藤達磨(さとうたつま)新名太志(にいいなたいし)が何か話をしている。

「お、女性陣はようやく到着ですか?」

 ちょうど有斗のスマッシュが決まったところで、達人が有子たちに話しかけた。

「うん、今お風呂あがったところ。私たちも一緒に混ぜて」

「オッケー、女の子だからって容赦しないよ」

 達人がラケットをぶんぶん振り回す反対側で、有斗が成美にラケットを手渡す。

 有子と彩花は隣の台に向かい、置いてあったラケットをそれぞれ手に取った。

「高野君、大丈夫かな?」

「え、ユウちゃん、それってどういうこと?」

「いや、成美、実は……」

 有子が言いかけた瞬間、カン、カンとボールが跳ねる音がした。

「ぐあっ!」

 かと思えば、達人のうめき声がその後に聞こえた。

「へ? た、タツト、一体どうしたんや?」

 彩花が振り返ると、腰を抜かして倒れている達人の姿があった。

 慌てて駆け寄ると、達人はよろよろと立ち上がった。

「や、やるね、三堂さん。ちょっと、こっちも本気で行こうかな」

「あれぇ、高野君、女の子だからって容赦はしなかったんじゃなかったのぉ?」

 達人の反対側のコートを見ると、なにやら成美の様子が変である。背中に黒いオーラが見えるようだ。

「いや、さっきのは様子見さ。今度はこちらのサーブから、本気で行くよ!」

 立ち上がってパンパンと浴衣を払うと、達人は彩花からピンポン玉を受け取り、それを片手にラケットを構える。

「それ、必殺サーブ!」

 何が必殺だが不明の普通のサーブにより、ピンポン玉は達人のコートをワンバウンドして成美のコートに入る。

 そしてピンポン玉が成美のコートでバウンドした瞬間、成美のラケットを握る手が降りあがり、成美は獲物を見るような目つきでピンポン玉をにらんでいた。

「はぁっ! なるみんスマッシュ!」

 小柄な体から鋭く振りぬかれた成美のラケットは、これ以上なく的確にピンポン玉を中心部でとらえ、力任せに達人のコートに走る。

 ネットの上ぎりぎりを通過したピンポン玉は、減速することなく、達人のコートめがけて走る。

「もらっ……」

 達人も返そうと構えるが、玉は一向にコートに着地しない。

 着地点を予測し、達人はラケットを動かす。が、ピンポン玉はコートの縁に当たり、イレギュラーな動きで達人の体を襲った。

「ぐへっ」

 ピンポン玉が低姿勢で構えていた達人ののどに直撃すると、達人は謎のうなり声を上げて倒れこんだ。

「あちゃぁ、タツト、かっこわるいなぁ」

 達人の姿を見て、彩花が顔に手を当てた。

「まあ、相手が悪かったよ。成美、卓球だけは鬼のように強いからね」

「えぇ、何で卓球部に入らなかったの?」

 あまりに想定外だったのか、彩花は若干身を引きながら有子に尋ねた。

「うぅん、何でも成美、卓球の試合中に相手を病院送りにしたらしくって。それで、部に入るのを拒否されたんだって」

「いや、いくらなんでも卓球で病院送りにはならんやろ」



 結局達人は成美のキラーショットをほとんど返すことが出来ず、惨敗してベンチに戻ってきた。

 達人は浴衣をだらしなくはだけさせながらベンチに座ると、全身の力を抜いてだらしなく寄り掛かった。

「大変だったね」

 その隣に、有子が座り込んだ。

 卓球台を見ると、成美が有斗と対戦していた。

 こっそり「まあ、有斗君なら手加減してあげてもいいかな」という声が聞こえたが、いざゲームが始まると、数ラリーしたのちに成美が容赦ないスマッシュを決めるという一方的な展開になっていた。

「まさか、女の子相手にあそこまでやられるとは……」

「あれは相手が悪かったよ」

 そういうと、有子は手に持っていたペットボトルのお茶のふたを開け、一口飲んだ。

「何か飲む?」

 有子はベンチの隣にある自動販売機を指さす。

「いや、今はいいよ」

「そう?」

 浴衣の袖をまくりあげながら、有子はお茶をもう一度口にする。

 手前の卓球台では、達真と太志が対戦をしている。二人とも慣れてないせいか、サーブを失敗したり、うまく返せなかったりと長くラリーが続く様子がない。

 先ほどの成美との対戦の疲れからか、何も話そうとしない達人を、有子はじっと見ていた。しかし、達人は上を向いたまま動く気配はない。

「彩花から聞いたよ」

 思わず、有子から口を開いた。

「高野君、女の子とあんまりちゃんと話せないんだってね」

 再び卓球台の方を向いて有子が続けると、達人はだらしなく倒した体を起こし、着崩れた浴衣を正した。

「ああ、三波から聞いたのか」

「うん。なんか、昔ひどい恋をしたってことも」

「まったく、相変わらずおしゃべりだな」

「心配だったんだよ、高野君のこと」

 達人の方を見ないまま、有子は再びお茶を口にする。達人も、有子の方を見ずに卓球台を見ていた。

「別に、俺のことなら心配しなくてもいいのに」

「心配もするよ。友達なんだから」

「まあ、心配されなくても、ちゃんとやっていけてるんだけどな」

「でも、女の子とちゃんと話せないのって、大変じゃない?」

 思わず達人は有子の方を見てしまった。が、すぐに視線を卓球台に移す。

「別に、女の子と話せなくてもいいじゃん」

「高野君はそうかも。でもさ、高野君と話したい女の子からしたら、そういう態度取られたら、ちょっと寂しいんじゃないかな」

「……」

 有子の言葉に、達人は黙ってしまった。

「彩花から、高野君と仲良くしてほしいって、頼まれたんだ。私も、せっかくだし、いろんな人と仲良くなりたいって思ってるの」

「そう? 別に俺は構わないけど」

「じゃあさ」

 有子はペットボトルのふたを閉めてベンチに置くと、両手をついて達人の方を見た。

「私のことは有子って呼んでよ。私も、高野君のことを、達人君って呼ぶから」

 何を言われるのかと身構えていた達人だったが、ふぅ、と息をつくと、ベンチに両腕を任せて視線を上にした。

「それはできないな。彼女との約束があるから」

「約束?」

 ペットボトルに手を伸ばそうとした有子だったが、達人の言葉にその手が止まった。

「女の子を下の名前で呼ばない、必要なければ女の子と話さない。これが、彼女とした約束」

「何それ。束縛しすぎじゃない?」

「まあ、そうかもしれないけど、それが彼女との約束だったから」

 そういうと、達人は視線を下に落とした。

「でも、俺は約束をちゃんと守れなかったし、彼女のことも守れなかった。結局、彼女は自分で自分を……」

 達人は最後まで言わなかったが、有子は何となくどんな人が達人の彼女だったのか想像ができた。

 数か月前、同じ学年の女子が、公園で自殺したという話を聞いたことがある。おそらく、彼女が達人の恋人だったのだろう。

「そっか。それは大変だったね」

 有子は達人と同じく、視線を下に落とした。


 こつん、こつんとピンポン玉の音が響くなか、わずかな沈黙がベンチを包む。

「私も」

 ぽつりと、有子がつぶやいた。

「同じようなものかな。恋人が死んじゃって……」

 ガタリと音をたて、思わず達人は立ち上がりそうになった。

「え、もしかして……」

「うん、田上健二(たのうえけんじ)。知ってるでしょ?」

「知ってるも何も、あいつ彼女いたのかよ」

 健二の名前を出したときの達人の驚きは、ある程度想定済みだ。彩花から、健二と彩花、それに達人は一年の頃同じクラスで、それからずっと三人で行動していたらしい。

「まあ、その、私が付き合っているのを隠してって、お願いしたから。健二君、思ったより口が堅い人だったから」

「なるほど、通りでしばらく女を振ったっていう話を聞かないわけだ」

「え?」

 達人の話に、思わず達人の顔を見る有子。

「健二の評判が、運動部の女子には悪いって話、聞いたことないかな?」

「知ってる。文化部の女子からは、そうでもないんだけどね」

「あれ、振られた運動部の女子が悪い噂を流しているらしいんだ。なんだろうね、女の執念というか」

 真剣に話している達人をみて、思わず有子はフフッと笑ってしまった。

「達人君は、だから女の子と話すのが怖いんですか?」

「な、ち、違うって。あと、いつの間に名前で……」

 両手を振って否定する達人を見て、有子はさらに笑ってしまった。

「そんなに真っ赤にならなくても。じゃあ、なんで女の子と話したがらないの?」

「だから、それは彼女との約束で……」

「その約束って、誰のため? 自分? それとも彼女?」

「誰のためって……」

 有子の質問に、達人は答えられなかった。

「約束って、誰かのためにするものでしょ? 自分のためだったり、相手のためだったり、大切な人のためだったり。約束を守ることで、誰かのためになる。だから、約束ってするんじゃないかな」

 ベンチに足を浮かせ、ぶらぶらさせながら有子は続ける。

「誰のためにもならない約束なら、いっそ破ってしまっていいと思うよ。その約束を守るために、大切なことをなくしたり、大切なものをなくしたり、大切な人を傷つけたりしたら、何にもならないじゃない。大切な人を守りたいなら、大切なことを失いたくないなら、そんな約束なんて反故にすればいい。私はそう思うけどな」

 ベンチに置いてあったペットボトルを手に取り、お茶を一口飲む。そして、有子は続けた。

「どうするかは達人君の勝手だけどさ、私は、そんな約束なら、破ってほしいな。私も、達人君ともっと話をしたいから」

「話を? 俺と?」

「うん。達人君のことをもっと知りたいし、健二君や彩花のことも聞きたいから」

 有子はぶらぶらさせていた足を地面につけ、達人の方ににこりと微笑んだ。

「ま、まあ、急には無理かもしれないけど、少しずつは頑張るよ」

「うん、無理はしなくてもいいけど、私も、達人君といっぱいお話ししたいから」

 そういうと、有子は右手を差し出したが、達人は首を振って拒否した。

「もう、手を握るくらいいいと思うんだけどな。小学生じゃあるまいし」

 これも彼女との約束なのだろうか、と思いながら、有子は差し出した手をペットボトルに向けた。


 さて、と有子がベンチを立ち上がると、先ほどまで盛り上がっていた卓球台が異様な雰囲気に包まれていることが分かった。

 対戦していたはずの達真と太志の姿は手前の卓球台になく、奥の卓球台では有斗が倒れている。

「ど、どうしたんだ?」

 達人が心配して有斗に声をかける。

「た、大変なんや! ユウトがなるみんのスマッシュ受けて、ピンポン玉が口の中に入ってしまったんや!」

「え、ちょ、どういうことだよ」

 達人と有子が有斗の体を見ると、有斗の口の中にすっぽりピンポン玉がはまっていた。

「な、何でこんな状態になる前に声上げなかったんだ!」

「いや、すぐ取れると思ってな。何度も試したけど、なかなか取れへんのよ。こんなの、ありえんって、声も出なかったわ」

 さっきからやっていたのか、何度も成美が有斗の背中をバンバンと叩いている。

「新名君と達真君は?」

「この辺、誰もおらんかったから、慌てて助けを呼びに行ったところや」

 その間にも有斗の顔は青ざめていく。が、けほけほとところどころ咳をしているところを見ると、なんとか呼吸はできるようだ。


 そのうち、太志と達真がフロントの係員を数名連れて戻ってきた。

 有斗はすぐさまフロント近くの救護室に運ばれていった。

 それを見届けると、彩花は有子につぶやいた。


「ユウちゃん、なるみんが卓球で人を病院送りにしたっていう意味、やっと分かったわ」

 何故成美は殺人兵器と化してしまったのだろうか……

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