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カソーデオ連続婦女子殺傷事件~長閑な田舎町に潜む悪意。犯人の目的は一体!?

「まだ捕まらんのか! 」


 皇国北西部の片田舎の街カソーデオの騎士団詰所の大部屋。室内どころか詰所中――もしかしたら街中に響きかねない音量で。その武骨な拳を机に叩きつけた鈍い音と共にカソーティオ守護騎士団団長の怒声が響いた。

 

 ここひと月の間、恒例ともなっているものだが部屋にいたほとんどの者は肩をすくめる中、ジンクは反射的に「街回り行ってきます! 」と声をあげ、部屋から飛び出していた。


 勢いの割に静かに閉まった扉の向こうからは、団長の怒声が響いてきている。


 ――団長が苛立つのは良く分かるけどよ……


 今、長閑な片田舎であるはずのカソーデオで不釣り合い――というか、街の歴史史上最悪の凶悪な事件が勃発している。

 その名も『カソーデオ連続婦女子殺傷事件~長閑な田舎町に潜む悪意。犯人の目的は一体!?』命名者、カソーデオ子爵! ――長いので皆『連殺事件』と読んでいる。ついでに被害者は婦女子だけでなく、老若男女関係なく、ここ1ヶ月で5人も被害に遭い――殺害されている。しかもこの命名、冗談ではなく真剣に考えて付けたと噂になっている。


 ――本当に大丈夫か?


 騎士団員だけでなく街の住人もそう思ってしまったのは仕方ないと思う。

 まぁ――雲の上の身分の人。平民のことなんて気にも止めていないのかもしれない。


 だけど――オレ達は違う!

 いつもは「田舎だ」「都会に行きたい」なんて仲間で飲むとグチってしまうような街だけど、それでもオレが生まれ育った街。見知った顔ばかりのこの街の奴らが恐怖に怯えているというのは勘弁ならない。

片田舎の騎士団準騎士。そんなジンクに出来ることは少ないかもしれないが、1日でも早く解決したい。そんな思いが、今の無茶な勤務状態――萎えそうな気持ちを支えてる。そして間違いなく他の皆も。


「「――よし! 」」


 頬を叩き、気合を込める。その声が重なった。横を見ると、いつの間にやら幼馴染のボークの姿がそこにあった。ジンクと同じ準騎士。いつの間にそこに居たのかは分からないけど、いる理由は分かりきっている。


「行くか! 」

「おお 」


 なにも部屋を飛び出る口実だったわけではない。

 昨夜の団員総出で行っている特別警邏の後仮眠をとって、昼の今からまた仕事――通常の警邏と情報収集。気合とともに2人は詰所を飛び出した。





「あの~……スミマセン~」


 大通りが十字に交わる街の中心部。

 詰所を出て目的地――街の南側の担当区域に向かって歩いていた2人に、声がかけられた。 

 声を掛けてきたのは、黒髪の優男。歳は分からないが、おそらく二十は超えていないと思う。そんな、この街で見た覚えのない男だった。


「お尋ねしたいのですけど……

街外への出発禁止令、いつ頃解除されるでしょうか……?」

「ああ――それは……」


 その問に、ジンクが丁寧に答え始めた。

 愛嬌のある顔立ちをして、実際に愛嬌もあるジンクに対し、高身長・ゴツイ体格にゴツイ顔、そして無口なボーク。どっちが受け答えをするかなんて当然の如く決まっている。そしてその事をボーク、そしてジンクもよく分かっている。


 優男が言った禁止令は2日前の夜に新しい犠牲者が出たことで、昨日子爵が急遽決定した。この件で、何人もの人間が詰所に問い合わせにきている。

 ま、閉鎖出来て1週間程度が限度だと思う。あくまでボークの考えでは、だけれども。


 ――しかし――

 良く分かった。俺たちが騎士団だって――


 ジンクの対応を見ながら、ボークは胸の内でそんな風な考えが浮かんでいた。

 正騎士になると金属鎧プレートメイルが正規装備となる。だけど、準騎士にそんな手入れに手間のかかる装備が回ってくるはずがなく、2人とも硬化革の鎧を身につけている。そして、今いる中心部ここは、街で一番活性のある場所。

 数は少ないが、禁止令が撤回され次第出発しようと、同じような鎧を着込んでいる人間もちらほら見える。


「しかし良く分かりましたね。オレ達が騎士団って」


 どうやらジンクも同じことを考えていたらしい。

 ジンクが辺りの似たような格好の人間に目をやったことで、優男も意味が分かったらしい。「ああ」と紡いだ後、


「簡単ですよ。おふたりの胸元に騎士団の紋章が入っていますから」


 ――なるほど。


 騎士団の鎧の右胸には騎士団の紋章である盾と剣の紋章が刻まれている。正確に言うと、2人が着ている硬化革の鎧だと焼印が。

 それで判断したのだろう。


「しかし――いつになるか分からないのですか……」

「ええ、申し訳ないのですが……」


 こんな時相手から帰ってくるのは怒声か諦めの沈んだ表情か。そのどちらか。

 しかし――


「まぁ、それなら仕方ないですねぇ……」


 そのどれとも違った。

 

 優男は本当に仕方がないといった感じで軽く息をつくと「ありがとうございました」と礼の言葉を紡いだあと、「では」と2人から離れていった。


「変わった男だったな」


 離れていくのを見ながら思わず呟いたボークの言葉に、隣のジンクは黙って頷いた。

  


   ▽


 1ヶ月間、騎士団総出で聞き込みをしていてもロクな情報が入ってこない。住人も日々の不安から協力的な状況で、いつもの巡回とともに屋台のおっちゃんやら井戸端会議中の|主婦のお姉様方(おばちゃん達)に聞き込んでいるが、やはりというべきか。有力な情報は得られなかった。これまで何度か誰それが怪しい、なんてものはあったが、全部ガセネタだった。他愛のない噂――これも十分に悪劣だが――に、悪意のあるモノまで。ちなみに後者の情報提供者はネタが固まり次第団長の鉄拳制裁を受けていたが。「名誉毀損でパクられるのとどっちがいい?」と言う獰猛な笑みと共に。

 ある程度見慣れているはずの自分達でも震え上がるその笑みを受けて、一般人が大丈夫なわけがない。震え上がり、謝り、後日酒の肴となる、というサイクルが出来上がっていたりする――らしい。飲みに行く余裕なんてないから、噂を聞くだけで終わっている。


 閑話休題。

 

 街の南側大通りを中心とした情報収集――聞き込みを終えて、大通り脇の小道へと足を踏み入れた。

 道の幅は極端に狭い――というわけではないが、周りの建物の密集具合から気持ち薄暗く感じる。今はこんな事件が発生しているが、基本的に治安のいい街。小道と言ってもそこそこ人通りはあるし、隠れ家的な店もポツポツとだが店を開いている。


 ――しっかし――


 さらに足を伸ばして付いた場所。場所的にはさらに奥まった所だけども、ここには人っ子一人いない。分岐路があり、その一方先は袋小路になっている――というのもあるけれども、一番の理由は、その袋小路で最初の事件があったから。誰も殺人事件の現場なんて来たがるはずが「誰だ! 」――ないはずだったのに。ボークの大声で裏切られた。

 ボークの視線の先に目をやると、確かにそこに誰かがいた。

 薄暗い袋小路の先で、壁に向かってしゃがみこんでいる。

 

 確かに怪しい――犯人じゃあないだろうけど。


 しゃがみこんでいた人物も、ボークの大声に反応してゆっくりと立ち上がり、こちらに顔を向けた。影になって見えなかった顔もようやく見え――


「あれ?」


 思わず声に出してしまっていた。見覚えのある顔。先ほどジンク達に出発禁止令について訪ねてきた男。


「あ、騎士さん達でしたか。

 先ほどはありがとうございました」


 ――あ、いや――


 こちらに近づきながらにこやかに挨拶され、思わず言葉に詰まってしまった。横目で見えたボークもジンクと同じような状態になっている。


「あ、ボクは、折角時間もあることだし、自分なりに事件について調べてみようかと思いまして。

 ちなみにここの場所とかはオバ――あ、いや、キレイな御姉様方に聞きましたので」


 どうしてこんな場所に? という事を聞く前に、勝手に答えてくれた。もしかしたら、顔に出ていたのかもしれないけど。


「しっかし――

 色々と噂を聞きましたけど、やっぱりここだけ他の事件場所と違いますね」


 ――!?


 彼にとっては何気ない一言だったのかもしれない。だけど2人――ジンクとボークにとっては衝撃的な一言だった。


「どういうことだ!?」


 ボークが思わず大声を出してしまっても仕方がないほどに。

 一方ジンクは、驚愕し――声が出なかった代わりに、事件の情報を思い出そうとしていた。後々になって思い返すしてみると、彼の言った意味を自分なりに事件解決に向けて反映させようと反射的に情報をまとめようとしていたのかもしれないけど――今はそんなこと関係ない。


 今回の事件。騎士団の認識として、

 

 被害者同士の繋がりは希薄。あったとしても精々店ですれ違う程度のもの。

 犯行は夜。人通りの少ない小道で帰宅途中を狙われた。

 殺害方法は全て正面からの斬殺。傷はその一つのみ。かなりの手練と考えられる。

 すべての現場で犯人を特定するような証拠は出ていない。


「まず1つ目ですが、他の場所ですと道の途中出会い頭に襲撃されたようですが、ここだけ袋小路となってる場所。

 犯人がここまで追い込んだのか、待ち合わせをしていたのか――」


 「えっとですね」という前置きと共に語り出した男の言葉に、先程以上の衝撃を受けた。そんなこと、騎士団の誰もが重要視していなかった。しかし、確かに彼の言うとおり――最初の事件だけ行きずりの犯行でない可能性も出てきた。


「次にですけど、ここだけ遺体の発見までに時間がかかっています。

 場所的に見にくいの場所ですけど、道の脇に遺体を寄せて発見を遅らせようとしていた形跡もありますし」


 わずかですけでど血痕、残ってましたし。そう付け加えた彼の言葉がより重い。今まで騎士団が見落としていたことを、この短時間で指摘している。


 ――何者だ、一体?


「と、まあ――、ボク程度が気付いたのはこれぐらいですけどね」


 イヤイヤイヤイヤ――

 思わずジンクは首を振って、「貴重な情報ありがとうございます」


 ほとんど無意識に敬礼をし、礼の言葉を発していた。

 いきなりのジンクの敬礼に、彼も驚いているみたいだけど、そんな事関係ない。ほとんど諦めていた新しい情報を手に入れたのだ。礼ぐらいいくらでもする。

 彼なら他にも気付くことが――


「そうだ。

 もしかしたら今回の件で再度お礼に伺うことになるかもしれませんし、聞きに行くことがあるかもしれません。できましたら宿泊場所等教えてもらえないでしょうか?」


 あるかも、ということでダメで元々。

 いくら騎士団といっても容疑者でもないような人間の情報を無理矢理聞き出すことはできない。ここで彼が答えなくても「あ、南通りの〔踊るジャッキー〕に宿泊しています」――何の問題は無いのだけど、あっさりと答えてくれた。


「そういえば自己紹介まだでしたね」

 

 そう言いながら服の下に入れていたペンダント――組合ギルド証を取り出し、

「ボクはクゥロといいます。

〔リンネ〕のクゥロです」


 差し出された組合ギルド証に刻まれた紋章は、星――簡単に描ける五芒星なんかよりも複雑な形をした星の紋章。その中央に埋め込まれた宝玉は淡い光を発してるから本人のもので間違いない。

 もっとも――自分以外のものなんて光を発しないから一目で分かるから、そんな他人のモノなんて普通は身分証明として見せないけど。


 結局その後は特に何かがある訳でもなく。敬礼と一緒にジンクとボークが自分の名前を名乗り、彼――クゥロは元来た道を戻っていき――「あ、そうだ」


「指紋は出なかったのですか?」


 ちょっとお聞きしたいのですが――と振り向き様に一言前置きをした後、そんな事を聞いてきた。


「いや、怪しいモノはなにも検出されていない」


 「おい」と小さくボークがジンクを肘でつつくが、ジンクは気にしないことにした。確かに調査情報漏洩に当たるが、この情報は特に意味をなさないと、重要度は最低に位置づけられている。多少漏らしたところで問題はないし、そんなことよりも彼から情報を得ることのほうが重要に思えた。


「でしたら、もう1点。

 多分この現場だけだと思うのですが、騎士団の方――それも正騎士の指紋、出ませんでしたか?」


 ――――――――――!!


 

   ▼



「――という訳です」


 騎士団詰所の大部屋。自分より一歩前に進んで、今日の警邏であったことを体長に報告するジンクの背を、直立不動でボークは眺めていた。

 騎士団員全員みんなボークの無口さ――口下手なのは十二分に分かっているので、警邏記録の書類記入は兎も角こういった口頭報告はいつもこの形式となっている。


「では、貴様はその一般人に捜査情報を漏らしたというのだな?」


 そして報告を受けた隊長――2人の所属する第3部隊の隊長は、そこのみに重点を置いていた。

 

「いえ、ですからそれは「口答えはいい! 」


 一喝。音量的には昼の団長の怒声と変わらない。ただ、中央学院をトップクラスの成績で卒業した、所謂エリートサマ。ボークからしたら貫禄、威圧感、その他モロモロがまだまだ足りない。団長の怒声はこんなものじゃない。


「これは歴とした騎士団規律違反だ! 」


 後で処罰を下す――そう繋げられ、思わず声を出してしまう。


「なんだ、貴様ら準騎士如きが私に楯突こうというのか?

 今は緊急事態故に貴様達如きの力も「そこまでにしておけ」」


 生じていたざわめき、そして隊長の言葉を遮る言葉が横から放たれた。

 言葉を発したのは、騎士団のトップ。団長。


「一体何事だ、オレが席を外している間に」


 デカイ体躯にボーク以上に厳つい顔。現場叩き上げで団長までなった武人。

隊長と比べても発する威圧感が違う。当然ながらボーク達とも。


「こいつらが重大な捜査情報を漏洩したといことで――」


 ――おいおい。


 随分と大げさに言っていくれる。いつの間にやら最低ランクの捜査情報が重大なものになっているし。

 背後のざわめきが再び大きくなる。マジかよ、とか疑いの言葉も混じっているように聞こえる。

取り敢えず。側にいた奴らがジンクの言葉を聞いていてくれてたように祈っておこう――


「こいつはこんな事言ってるが、何か間違いでもあるか?」


 隊長の言葉が途切れたタイミングで、団長が2人を睨む。


「――いえ、違います」


 蛇に睨まれた蛙。

 そんな状況下。団長――そして隊長2人の殺気? の篭った視線に晒される中、意を決してボークが答えた。脚が若干震え、唇がやけに乾くが、そんなことは気にしていられない。隊長からの視線の圧力が強くなったが、そこは気づかないフリをしておく。

 ついでに目の前の――驚いた表情でこちらを振り向いているジンクを軽く蹴り付ける。

  

 それで我に返ったジンクが団長への説明を引き継いでくれた。

 団長は頷き――隊長の視線はさらにキツくなる。

 背後のざわめきも有する種類が変わってきている。

 

そして――


「――なんの問題があるんだ、オイ」


 団長の視線が隊長へと移る。


「いつも言っているが、杓子定規で物事を判断するな。

 しかも今日のは特にヒドイぞ」


 言い訳をしようとした隊長を言葉を遮り、団長が続ける。

 

「まぁ、いい。

 お前ら2人は何の問題はない。ご苦労だった。

 

 オイ! 聞き耳立てているヤツ!

 とっとと休憩行って夜に備えろ! 」


 そのまま、「一緒に来い」と隊長を引き連れて団長が大部屋を出て行く。

 

 バタン! と静まった部屋に閉まる扉の音が響き――


 歓声が上がった!


 

   ▽



「さっきはありがとな」


 向かいに座るボークに対し、ジンクは軽く頭を下げた。


 気にするな、といったジェスチャーをボークはするが、こういったことはきちんとしないといけない。少なくともジンクは幼い頃からそう習ってきた。「親しき仲にも礼儀あり」と――


「お前のおかげで、変な言いがかりがそらせたよ」


 本当にそうだ。ジンクの言葉に対し、ボークは「それはオレのセリフだ」とぼそりと呟くが、周りの騒音に紛れてジンクの耳には届かなかった。


「はいよ、お待たせ」


 そんな2人の座る席に、恰幅のいい女性がお盆を持ってやって来た。


「今日のディナー定食だよ。心して食べな」


 そう言ってそれぞれの前に料理置いていく。

 〔マダム・レイアの大衆食堂〕。安くてウマいと評判で、騎士団団員も良く利用している。

本日の定食は魚の煮付けに、野菜の和物。そして珍しくパンじゃなくて、南の方で作らている米を炊いたメシにミソスープ。

 この街では珍しいけど、無いわけではないし、ジンク個人的には魚にはメシの方があう! と思っている。

 立ち込める料理の暖かな湯気に匂い。思わず唾を飲み込んだ。

 遠慮なんてする必要はない! 「いただきます! 」と手を合わせ、勢い良く食べ始めた。

 これはボークも同じ。


「いい食べっぷりだね」


 そんな2人の姿を前に、女性――店の女将レイアは笑い声を上げる。

 

「2人ともしっかりと食べて、頼んだよ。

 さっさと極悪人を捕まえておくれよ! 」


 そうだそうだ――


 レイアの言葉に、他の席の客も同意の言葉を上げる。それに対し、ジンクは口の中のものを飲み込み、「任せとけ! 」と腕を振り上げた。

 それを見て、さらに周りが言葉をかけ囃したてる。

 そこに罵声はない。顔なじみ――というのもあるし、騎士団の日々の活動を皆が知っているから、というのもある。


「しっかし、騎士団の子達も大変だね~

 来る子みんな、あの隊長さんのグチを言っているよ」


 思わずジンクは息を飲んだ。一方ボークはむせてしまい、咳き込んでいる。


 ――さっきまでそのグチ、オレらもしていたからなぁ~


 話題の人物。グロウシオン・ハグルデイア。現カソーデオ守護騎士団3番隊隊長。

 確か男爵家の次男か三男坊だったはず。

 1年程前に皇都の騎士団からここに赴任。剣術に関しては団長以上の腕があり、甘いマスクをしたイケメンということもあって街の若い達は黄色い歓声を上げているが――騎士団の、特に部下からの評価は最悪に近い。

 実力・学歴・地位を鼻にかけ、相手を見下して話す。年上だろうが年下だろうが関係なく。しかも事件が起こる前は仕事を丸なげして自分だけさっさと帰る。等など。


 先輩からは「どうせい2~3年でいなくなるんだ。我慢しておけ」と言われているが――ストレスが溜まる一方だ。直属の副隊長なんて、休みの前には大酒を飲んでいるとか言っていたし。


 何となく、あの顔を思い浮かべただけでイラついてきた。


 心配するレイアに、ボークが大丈夫と答える。そんなやり取りをやっているうちに、他のテーブルから呼び声が掛けられてレイアがそちらに向かう。


 取り敢えず周りの囃したても終わっている。時間もあまりないことだし、2人とも飯を急いで食べ始めた。


正直、ウマい飯はゆっくりと食べたいが、今はそんな事を言ってられるような状況じゃあない。かき込んだ料理を呑み込み、「代金、ここに置いておくよ」と店員に声を掛けておく。

そして、食事のためにに脱いでおいた硬化革のヘルメット――兜と、防護様に補強された手袋を身に付け、2人は店を出た。


さぁ――これから夜の警邏の時間だ!


 

   ▼



 月も出ていて、そこそこ明るい夜。

 夜道を歩く人間は皆無。というか0。だが、ドコに犯人がいるかも分からない。


 警邏には、警邏をしているというのを知らしめるためランプを灯して巡回する組と、犯人の警戒心を適度に解いてあぶり出すための無灯火で巡回する組。2種類存在する。ボークとジンクは後者。


 月明かりのなか、目が慣れれば問題なく歩き回れる。

 

「そういえば――」


 いくら歩き回れるとは言っても、怪しい人影なんていない。そんな中ただ黙って歩き回るというのも、精神的にきつい。

 元々無口なボークはともかく、ジンクは時々話しかけてくる。


「あいつ、何で指紋のこと分かったんだろうな?」

 

 それは確かに。

 今カソーデオにいる正騎士は団長に副団長、そして3隊の各隊長の計5名。

 皇都や公都以外の街だと正騎士の数なんて大体こんなもの。それなのに、何か確証を持って言ってきた。

 一応このことも隊長には伝えていたのだが――なんだか無駄になりそうな気がする。

 

「人はいないし、犯人は今頃寝ているんじゃないか?」


 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

 そんなの犯人にしか分からない。


 無駄口なのは分かりきっているし、それを注意するような小うるさいのもいないし――


「おい」


 視線の先に、突然灯が見えた。

 気付いていないジンクに声をかけ――なんか同じようなことが続いているような気がする。どうでもいいことだが。

 灯は明らかにランプの光。他の組じゃない。警邏は大通り以外にはすれ違わないようにしている。そうじゃないと誤解が生じ、無駄に繋がるから。何かあったら直ぐに警笛と信号弾を発射することになっている。

 そしてなにより、この距離だと顔は見えないが――見える人影は1つだけ。

 2人ひと組で警邏をしている騎士団では絶対にない。


「つけてみよう」


 何かが引っかかる。この時期に夜中に一人で出歩くなんて、普通考えられない。

 明かりを持ってることから、犯人ではないと思うが――

 何かを知っているかもしれない。それに、いきなりオレ達が暗闇から声を掛けたら、怯える可能性高いし――


 ボークの提案に、同じように考えていたジンクは素直に頷き。こうして、警邏経路とは異なる道を進むこととなった。


 

   ▽



 大した距離は行かずに――

 目の前を進む灯り――人影は特にぶれることなく、一定の速度を保っている。


 ――可笑しすぎる。


 こんな状況下の夜道を何の警戒もしなくてさくさくと進んでいくなんて、普通なら考えられない。

 かくゆうジンクは内心では不安に溢れている。情けないから、口数を増やして紛らわせていたけど――


 前を行く人影にそんな様子は一切ない。

 一定の速度のまま、いつしか街の外れ――若干治安の悪い、悪ガキの溜まり場とも言うべき場所についていた。


 裏道。丁度色々な建物の窓からも死角になるらしく、閉じられた窓から漏れる明かりはない。あるのは月の光と前を行く明かりのみ。

 と――、ここで初めて人影は歩くのを止めた。

 

 ここに何が――

 周りを確認しても、特に何もない。

 1ヶ月前なら若者がタムロしていたのだろうけど、事件のせいで他に人影はない。

 そんな風に思っていたが――前方からもう一つ灯りが近づいて来た。


 ――待ち合わせか?


 こんな場所で?

 人影は計2つ。

 

 ――なんだか、シルエットに見覚えが……

 

 何か喋っているみたいだけど、ここからだと聞き取れない。

 物陰に隠れるようにしているから、というのもあるけど。


「何を話して――!! 」


 言葉を失った。目の前に発生した光景に。


 対自していた人影のうち、後から現れた方が突然、白銀の軌跡が描いた!

 見覚えがある。良く見ている!


 あれは――刀剣の閃き――!


「ボーク! 」


 ほぼ反射的に。ジンクは駆け出していた。


 

   ▼



「大丈夫か?」


 足の速さではボークはジンクに劣る。若干のタイムラグを有して駆け寄り、何の打ち合わせもなく自然と、ジンクが襲撃犯と対自し壁となり、ボークが被害者の安否を確認する。


「ああ、あなた達でしたか」


 返ってきたのは穏やかな声。この時初めて顔を見た。

 クゥロ。今日何かと縁のある青年。


「ボクは大丈夫です。なんとか避けれましたから」


 たしかに、体に傷はない。


「それより「なんで、あんたが!! 」


 悲鳴に近い声。夜空にジンクの声が吸い込まれていった。


 被害者――クゥロの様子を真っ先に確認していたため、ここで初めてボークは加害者を見た。そして――言葉を失った。


 見覚えのあるはずだ。ほぼ毎日見ているのだから――

 抜き身の剣を持つ者は――2人の上司。

 カソーデオ守護騎士団3番隊隊長グロウシオン正5位騎士。


「何故貴様らがここにいる?」


 普段の若い達の黄色い歓声を浴びるその顔は、今醜く歪んでいる。


「今度は職場放棄か?

 グズが――「何をしてるんですか、一体!?」


 罵られる謂れはない。ボークはクゥロの前に立ち、壁役となる。

 

「――何を?

 私はただ、犯人を処罰していたところだ」


 狂気を孕んだ眼。嫌な汗が背を伝う。


 この状況下――そんな事を信じる者などいない。

 そもそも――


「彼がカソーデオに来たのは2日前だ、犯人のわけがない! 」


 これは既に彼が宿泊している宿で確認をとっている。

 1ヶ月前から続いている事件の犯人の訳がない。

 

 そもそも――万が一彼が犯人だったとしても、自分達が勝手に処罰なんてしてはいけない。そう決まっている。法律で――


 この状況下。ボークの脳裏に様々な考えが浮かんできた。


 ――何故、被害者は正面を斬られていたのか?

 犯人が、犯人とは思えない、信頼できる相手だったから――


 ――何故、これだけの警邏の中、犯行に至れたのか?

 警邏担当者の動きを知っていたから――


 ――何故、騎士の指紋がでたのか?

 わざわざ手袋を外した――有り得ない。だとすると、していない時に接触した――


 準騎士と違って、一目で騎士と分かる金属鎧プレートメイルの格好。警邏のコースの全貌を把握できる地位を持つ。そして検出された指紋の持ち主。

 さらに何よりも――この状況。


 ――もしかして――


「そう――」


 ボークが自然と漏らしていた小さな呟きを、後ろにいるクゥロが引き継いだ。


「彼が犯人です」


 

   ▽



 ――な!?


 視線は隊長から逸さなかったが――

 背後から発生られた言葉に、ジンクは思わず驚きの声を上げてしまった。


「何を言っているのだ、貴様?

 何故誇り高き聖騎士の私が犯人などと」


「簡単なことです」


 そう言って、クゥロが根拠を挙げていく。

 そして――


 ――クククククク――


 対自する隊長から漏れる、邪悪な笑い声。

 本能的に恐怖を感じてしまう。


「戯言を。

 私を。この私を!

 貴様ら如き下賤な者が!

 犯人は貴様だ、私がそう言っているのだ! 」


 錯乱。激高のあまり、自分でも何を言っているのか分からなくなってきているらしい。


「ソウダ――

 犯人は貴様ダ。

 騎士団の者2名を無残に惨殺し――

 私ガそれを討ち取るのだ――」


 狂気を帯びた殺気!

 

 ――マズイ!


 反射的に剣を動かし――

 ジンクの手に衝撃が走る!


 ――なんとか受けれた……


 隊長との鍔迫り合い。

 勝てない。それは今まで訓練で何度も討ちあった事があるから十分に分かる。

相手は2人掛りでも倒せない。 

それでも――


「クゥロ、逃げろ!

 ここはオレ達が食い止める! 」


 時間稼ぎならできる!


「犯人を取り逃がシ、私の邪魔をするのか。

 騎士の誇りを有さぬグズが! 」


 ――それは貴様だろ!


 声高らかに反論したいが、今はそんなこと言えるような状態じゃあない。


「さっさと行け! 」


 鍔迫り合いの横から、ボークが攻撃を仕掛ける。

 それをジンクを蹴飛ばし、跳び下がることで隊長は難なく避けた。


「大丈夫か?」

「――何とかな」


 腹を蹴られ、咳き込んでしまうが、無理矢理気味に押さえ込む。

 再び対自し――


「逃さン! 」

 

 突然隊長の胸元が淡く光り――


「「――な!?」」


 姿が掻き消えた!


 そして次の瞬間、2人の背後に澄んだ音が響く。


 慌てて振り向くと、上段から斬りかかった隊長と、それを短剣で防ぐクゥロの姿!


 次の瞬間、クゥロが攻撃を横に逸らし、大きく後ろ――2人の前まで下がった。


「まさか、魔導具まで持っているとは」


「なんだったんだ、今の」という言葉をジンクが発する前に、クゥロがその問の解を答える。


「魔道具って――あの魔道具か?」

「他にあるのかは知らないですが、その魔導具でしょう。

刻まれているのは、おそらく《 速 》の文字かと――」


――おいおい――

1つン百万は軽くするっていうモン持ってるのかよ?


「ソウだ。貴様ら下賤の者が持つことすら許されない力ダ」


続く邪悪な笑いとともに、言葉が紡がれる。


「――やることはさっきと同じだ」 


 そう言ってジンクとボークはクゥロの前に立つ。  

 ジンクは剣を構え、ボークは腰に手をやり――


「クズが、まだ懲りないのカ! 」

「騎士だから――な! 」


 ――発動する前に!


 全力で距離を詰める。それと同時に、ボークは信号弾を打ち上げる。

 そして――


《 ――我歩ミハ疾風ガ如ク―― 》


 次の瞬間。2人の後ろにいたはずのクゥロが隊長の横に表れ、その拳が隊長の顔に突き刺さっていた!

 横から、意識がジンクとボークにのみ注がれていた隊長は難なく殴り飛ばされた。


「――え?」


 ――今のは一体?


 思わず呆然としてしまった。

 まぁ状況から考えると、クゥロも同じ魔導具を持っていたのだろうけど――

 ――さっき聞こえた声は一体?


 疑問は尽きない。


 ――いや、そんな事よりも!


「ナゼだ、ナゼ! 」


 殴り飛ばされた隊長は直ぐに立ち上がった。

 しかし、頬を強打された影響で、膝がわらっている。


 ――今なら捉えられる!


「ナゼ私がこんな、コンナァ! 」


 意識が朦朧としているのか、脈略もなく喚きだしている。

 それでも、胸元の光はまだ保っている。

 

 気を取り直し、再度剣を構え――


「おりゃあ! 」


 再び隊長は吹き飛んだ。

 今度は、何の脈略もなく後ろから迫った団長に殴り飛ばされて!


 勢い良く壁に叩きつけられる。


 おいおい……

 ――これ――死んだんじゃ、ね?


 

  ◇◆◇◆◇◆



「ご協力、感謝致します」


「いえいえ

 たまたまですよ」


 敬礼をする団長に対し、クゥロはそう言って照れたように後頭部をかく。


 緊張が解け、その場に崩れるようにして座り込んだボークとジンクは、目の前の光景をその状態のままで見ていた。


 団長が殴り飛ばした|犯人(隊長)は、かろうじて生きていたみたいで、続けてきた副団長以下複数の団員によって捕縛、連行されていった。

 それ以外の団員は、念の為と団長命令で再度警邏に戻っていった。

 今この場にいるのは現場保管の為の見張り役を含め6人のみ。


「騎士団――いや、街を挙げてお礼をしなければならないところで申し訳ないのですが――」


「だから気にしなくていいですよ。

 取り調べもあるでしょうし」


「そう言っていただけると……

 ただ調書を作成しなければならないということもありますので」


 夜も遅い――ということもあって、それは明日に、となった。

 ようやく立ち上がれるようになったボークとジンクに対し、団長が宿まで見送るように指示。

 結局犯人逮捕に貢献した団員2人も見送り後に警邏に戻り――その日の夜は終わり。


 こうして――カソーデオを震撼させた『カソーデオ連続婦女子殺傷事件~長閑な田舎町に潜む悪意。犯人の目的は一体!?』は、犯人逮捕という形で幕を下ろしたのだった――


 蛇足として――


 犯人逮捕の2日後と異常な速さで到着した中央騎士団一行に犯人――グロウシオン・ハグルデイアを引渡し、その後彼の裁判は中央裁判所で行われることとなった。


 明かされた犯行の理由は『優秀な自分が中央騎士団から辺境の騎士団に飛ばされたことにより溜まった鬱憤が爆発した』要約すると、そんな身勝手な理由。

 判決は全身への刺青(黥刑)・去勢(宮刑)したうえでのシノグレア鉱山への終身懲役令という、死刑制度を廃止している皇国においては考えられうる最も重い刑を下された。


 彼の実家――ハグルデイア男爵家においては、法的な処罰を受けることはないのだが、事件後の対応等において風評は一気に悪化。もともと強引な手口の商売で成り上がっていった家だったため敵も多く、あっという間に落ちぶれていった。


 一方で今回の事件の被害者遺族に対しては、被害者手当の他に皇帝自らが筆を取りお悔やみの手紙を認め、経済的・精神的なケアに当たる――ということもあった。


 また、カソーデオ子爵においては報告等定められた義務を行っていなかったことから強制調査の対象となり、不祥事が発覚。その後更迭となり、新しい統治者が赴任してくることとなった。


 そしてカソーデオ守護騎士団においては団長――アックスが今回の部下の不始末――犯罪を防げなかったという理由で、周りが止めるのを振り切り自ら退団。彼の能力、そして準騎士から叩き上げで団長までとなったその経験を惜しんだ皇国騎士団は彼を中央学院の講師としてスカウト。その後講師としてアックスは騎士志望者の心構えについての指導に心力を注ぎ――そしてまた、学生からは鬼教官として恐れられ、また慕われて行くこととなった。





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