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角砂糖

作者: 紅月夢幻

 初夏。

 GWも終わり、新しい人付き合いの輪も安定してきた頃合いか。

 その輪に入り損ねる不器用な奴ってのはどこにでも居るもんで、かく言う僕もその1人だ。

 人の輪は大きさも気質も様々だが、喋るのが苦手な僕は、昔からそういうものとは縁遠い。

 被害妄想なのかどうかは知らないが、すでに疎外感に似た居ずらさを感じつつある。その空間に向かう足はGW前と比べると1キロくらい重い気さえする。むろん、気の所為だが。


 緩いが長い登り坂と、既に夏だと主張する日差しに体力を思いの外削られていたらしく、僕はため息と供に足を止めて視線を上げた。

「……」

 太陽の眩しさに、思わず俯く。

 不意に、くつくつと聞き慣れた笑い声。振り向くと、いつからか僕の横にそいつはいた。

 のどの奥で笑いを押し殺しつつ、

「暗い方ばかり見てるから、明るさに目が眩むんだよ。もっと明るい方を見るようにすればいい。きっと世界が変わって見えるさ」

 僕は明るいほうばっか見てたら、目が疲れるだろ、と屁理屈を返す。

「そうしたら寝ると良い。僕の肩でよければ貸すよ」

 実に楽しそうな笑みを作る彼女。何の合図もなく、止めていた足を進めだしてもピタリと横を着いてくる。

「さぞ人目を引くだろうな。クラス一の人気者と……」

「君が人目なんか気にするとは珍しいね?」

「いや、僕ではなく……」

「『君が横にいてくれるなら、世界中を敵に回してもかまわない』……だったかな?」

 どこからの引用かは知らないが、むしろ世界中を敵に回すのは僕なんじゃないだろうか。そう思ったが口に出す暇はなかった。

 矢継ぎ早に、言葉が放たれる。

「今の僕があるのは、君のおかげなんだ。君が居るから僕が在る。つまり、君なしでは僕は在りえない」

 言葉の意味を味あわせるような、一泊の間。

「責任、とってくれるよね?」


 やや俯きかげんで上目使いに。

 沈黙が場を支配する。

 僕は応えることができない。彼女の表情から、からかっているだけなのかどうか判断できないからだ。

 やがて、苦笑に近い微笑を浮かべて彼女の方がそれを破った。

「これでも、僕は容姿に自信はある方なんだけどね?」

「……そうかい」

 実際、彼女に言い寄る奴は男女問わず星の数ほどいるらしい。

 文武両道容姿端麗。性格も良く、クラスの人気者。

 絵に描いたような……という言葉ではもはや物足りない。……などと彼女を称える言葉はあちらこちらで耳にできる。

「……何か失礼なことを考えてないかい?」

「いや、滅相もない」

 首を傾げる彼女とすくめる僕。

「端から見ればさぞアンバランスだろうな、と思っただけさ」

「ほら、失礼なことを考えてるじゃないか」

 言って、僕の手をとる彼女。

「僕が君に不釣り合いだと言いたいのかい?」

「違うってのに……」

「ならば問題はないね?」

 タンっと一歩前にでて振り向き、立てた指を僕の喉元に突きつける彼女。

 その実に嬉しそうな表情を前にして、否と応えれる男はいるのだろうか。僕は両手を上げて降参の意を示す。

「僕なんかの隣でよければ、いつでもいると良いさ。大してメリットなんか無いだろうけど」

 そう言ったとたん、彼女は再び前を向いてスタスタ歩き出す。僕の手を優しく握ったまま。


 僕と彼女は、別につきあっているわけじゃない。僕は告白してないし、されてもいないからだ。

 幼稚園からの腐れ縁で、いつの頃か今朝のようなやりとりを繰り返すようになっている。

 昔から彼女の隣に僕は居て、僕の隣に彼女がいた。それは今更変わらないし、これからも変わる予定のないことだ。

 つまり、彼女の発言は全て昔からの現状維持でしかない。誤解しちゃいけない。彼女に迷惑だ。

「……だってのに」

 僕は可愛らしい封筒を片手にぶら下げ、差出人を待っていた。

 書き手と差出人が異なる手紙は、僕にとってそれほど珍しくない。

 私刑(リンチ)するから顔を出せ、と言われてホイホイ行く奴なんて普通いないから、差出人は書き手を用意するのだろう。書き手が差出人を用意した可能性もなくはないが。

 無視しても良いが、そうすると今度は彼女に迷惑がかかるかも知れない。

「おまえ、彼女みたいな優等生と付き合ってちょーしのってんだって?」

 いかにも使い物にならなさそうな、ボコボコに凹んだ金属バットを携えた、確か二人の男子生徒が、体育館の陰に入ってきた。足音からするに、反対側からも一人。生憎、クラスメイトの顔なんて覚えてないが、見覚えはあるのでおそらくクラスの誰かだ。

 バットを投げれば問題無く命中させられる距離だ。振り返って確認するほどの余裕はない。

「その上、そんな手紙にホイホイ釣られてさぁ? 彼女カワイソウだなぁ?」

 確認するように。己を正当化するために。

 くだらないやりとりだ。

 僕が何も応えないのをどう捕らえたのか。

「生意気なんだよ、おめぇはよぉ。こんな呼び出しに釣られるマヌケのくせにさぁ!!」

「……とすると、貴様等は俺が来なかったら体育館裏にバットを抱えて集うマヌケ共、ということだな?」

 話をするつもりなどないという意思表示。長い昼休みとはいえ、僕にも予定というものくらいあるのだ。

 短い堪忍袋の尾が切れたのか、背後から塗れた土を蹴る音と、ブオン、という質量の塊が空気を割く音が聞こえた。

 僕は振り返らない。振り返る必要すら、ない。

 彼らの失敗は数多くあるが、まずひとつが、バットを横に振れないほど狭い場所を選んだことだ。攻撃手段が絞られすぎて、見ていなくとも予測できる。

 次に、足音をたてて走ること。奇襲を仕掛ける意味がない。

 僕はタイミングを計って後ろ向きに飛んだ。相手の攻撃起動の内側に潜り込むために。

 ドッという衝撃。奇襲者に体当たりを仕掛け、二人して地面に倒れた。

 奇襲者の緩んだ握力から、僕はバットを奪って立ち上がる。

「次は誰が地面にへばりつく番だ?」

 逃走を防ぐためか、威圧するためか。いずれにせよ、こんなに狭い場所で二人並ぶのは自殺行為だ。

 お互いの動きがお互いを邪魔し、もたついている彼等のバットにそれぞれ一撃。握力の支配から解放させ、僕も傍らに投げ捨てる。

「ナメてんじゃねぇぞ……!」

 叫びながら突進して来た、未だに僕以外唯一の発言者。しかし、視野が狭い。

 僕は隙だらけの脇をすり抜ける。

 簡単に脇に避けれてしまうだけなら、まだ挟み撃ちにできるというメリットがあっただろうが。

 その先にはようやく立ち上がりかけていた奇襲者。

 回避のしようもない二人は正面衝突し、もつれ合って倒れる。

「はぁ……」

 唯一立っている相手を見ると、すでに戦意を失ったらしく、捨て台詞さえのこさず背を向けて走り去った。

「時間の無駄だったな」

 誰に向けたものでもない呟きに、しかし応える声があった。

「全くだ。どうして君は無駄な時間になると分かっていながら、毎度毎度こんなことに付き合ってるんだい?」

 彼女だ。

「まぁ、答えを聞くまでもないか。君のことだ、どうせ僕に迷惑をかけないように、とかそんなところだろう?」

 たった今逃げていった男子生徒をどうやり過ごしたのか、くつくつと笑う彼女がそこにいた。

「んな、格好良い理由なんかないさ。この――」

「『君が戦わないのなら、僕が代わりに戦おう』」

 幼稚園のころの台詞なんか、いつまで覚えてるんだ。こいつは。

 僕は無言で視線を逸らす。

「……っと、本題を忘れるところだった。お昼はまだだよね? 君の分も買っておいたんだ。一緒に食べようじゃないか」

 今から購買に行っても完売してるで在ろうことは、想像するまでもない。

 僕はもう一度ため息をついて、彼女に従うことにした。


 いくつもの詰めたビニール袋をガサガサ鳴らし、階段を先に登る彼女。

 追いかけつつも、少々視線のやり場に困る。自由な校風がうりの校則は私服はもちろん、制服のアレンジも式典など以外の折りには認めている。

 すなわち、女生徒達のスカート丈にも規制がなく、活発な方に分類される彼女もかなり丈が短い。つまり……

「どうせ、今なら皆教室か食堂だ。見るのが君だけならなんの問題もないさ」

 ……本人に断言されてしまっては、何も言い返せない僕だった。

 彼女がピョンピョン跳ねながら数段とばして階段を駆け上がるので、いろいろと僕は必死だった。

 自分達の教室がある階を過ぎていることに気づいたのは、彼女が屋上に続く扉を背にするように振り返り、踊り場に座ったときだ。

 ここで食べるのか? と訝しみながらも、彼女の横に座る。

「君は……」

 ポツリと呟いて、もたれかかってくる彼女。

「……君は、本当に僕が横にいて迷惑じゃないのか?」

 常に明るく、元気が有り余っているような彼女にしては、沈んだ声。

「またその――」

「――“また”じゃない。君の言葉で、返事をして欲しいんだ。」

 ごく至近距離から見つめてくる彼女。お互いの顔は五センチと離れていない。

「……君の隣に、僕――私はいたい。ずっと。君は……本当はどう思っている?」

 仮に。いつもの彼女の言葉が、彼女なりの告白だったとして。

 毎日のように受け流していた僕は情けなさすぎる。

 それでもなお、向かってくる彼女の気持ちは、どれほどのモノか。

 ……やれやれ、だ。

「僕なんかと一緒に居たって、良いことなんか無いよ?」

「君の良いところは、私が知ってる。他の誰が知らなくても、関係ない」

 即答だった。僕の良いところなんて、僕が知りたいくらいだ。

「……そうかい。」

 何か言おうとする彼女の口を封じるように、その頭をポフポフとなでる。

「だったら、飽きるまで一緒にいればいい。飽きないなら、一生いればいい。こんな小恥ずかしいこと、いつもいつも確認するなよ。頼まれたって言わないぞ?」

 僕だって冗談で応じていたわけじゃない、と。


 いつも通りの日常は、いつだって変化に満ちている。

 この日、彼女が僕の“彼女”になったように。

 これから先、僕がどうなるのか、僕等の関係が変わるのか。それはまだ分からない。

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