婚約者の妹に「姉は不満に思っています」と吹き込まれましたが、私は彼女を信じています
美しく整えられた庭園。
季節の花々の美しさを愛でながら、一人の青年が案内されたガゼボで待っていた。
紺色の髪に赤い瞳。端正な顔立ちと相俟って謎めいた魅力を醸し出している。
彼の名は伯爵令息テオドール・ボーモン。今日は定期的に開かれる婚約者ジェルメーヌ・モンフォール伯爵令嬢とのお茶会だ。
今日のプレゼントはブックマーク。真鍮に繊細な蔓と花の装飾が入った上品な造りのものだ。
果たして喜んでくれるだろうか、と懐越しにその感触を確かめていると。
「テオドール様」
この声は。
思わず顔を顰めそうになるのを堪え、ゆっくりとその方向に顔を向ける。
「ごきげんよう、お目にかかれて光栄ですわ」
燃えるような赤い髪に切れ長の翠色の瞳。凛とした薔薇のような美しさを誇る令嬢は、その唇に静かな笑みを乗せて、丁寧なカーテシーを披露した。
彼女の名はコレット・モンフォール。ジェルメーヌの妹だ。
「ごきげんよう、モンフォール伯爵令嬢」
テオドールは立ち上がって、静かに礼を返す。
「ジェルメーヌはどうなさったのでしょうか?」
そう尋ねれば、コレットは目を伏せながら申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ありません。姉はまだ支度に時間がかかっておりまして。なのでその間、わたくしとお茶を頂きませんこと?」
これだけ聞けば、不手際な姉をフォローする立派な妹の姿だ。
しかしテオドールは首を横に振ってみせる。
「いえ、私はジェルメーヌとの茶会に来ておりますので。時間がかかるのであれば、その間お待ちします」
お気遣いなく、と微笑めば、コレットはほんの少しだけその薄い唇を結んだように見えた。
が、すぐに誰もが見惚れてしまような微笑みを浮かべてみせる。
「そのようにつれないこと仰らないでくださいまし。いずれは、わたくしとも『家族』になるのですから、親交を深める意味でもよろしいでしょう?」
失礼いたします、とコレットは向かい側の椅子へと座った。こちらは許可を出していないのだが、とテオドールは思ったが、顔に出すようなことはしない。
ちらり、と辺りを見たが、使用人の姿はなかった。
「わたくし、テオドール様が義理とはいえお兄様になるのは嬉しいと思っておりますの。ですが……」
コレットは頬に手を当てて、切なげに「ほう……」と溜息を零す。
「お姉様はどうやらご不満のお持ちの様子でして……わたくしには隠していらっしゃるようですが、お姉様付きの侍女に対して愚痴のようなものを零していると、そう報告を受けましたの」
沈痛な面持ちでコレットは言葉を続ける。
「ですから、わたくし心配で心配で……」
そこまで聞いたところで、テオドールは口を開いた。
「それはあり得ませんね」
「なっ……!」
きっぱりと否定され、コレットは絶句する。
それを他所にテオドールは冷静に話し出した。
「互いに言いたいことはあると思いますが、彼女はきちんと伝えてくださいます。もちろん、私もそうします」
顎の下で手を組み、目を細める。
「相手に伝えること、というのは勇気を必要としますが、彼女なら冷静に受け止めてくださると信じておりますし、互いに譲れない部分があったとしても、それは理解しあって私たちなりの答えを出せると信じております」
ふ、と赤い瞳に、暖かな光が宿った。
「ジェルメーヌもそう思ってくださると、私は信じております」
真っすぐに見据えられ、力強い言葉でそう言われ、コレットは唇を反射的に結んだ。その様子に気付かないのだろう、テオドールは冷静な表情のままだ。
「なので、お気遣いなく」
そう静かに言われ、コレットは膝の上で密かに拳を作った。
「で、ですが、お姉様は」
「ああ、そうそう。これは世間話として聞いて欲しいのですが」
尚も言いつのろうとしたコレットの言葉は、テオドールに遮られた。
「他人のものが酷く魅力的に見えるだけでなく、さらに『譲って欲しい』とねだる方がいらっしゃるそうですね」
翠色の目が見開かれる。
「な、なにを仰いますの?」
「ええ、ですからこれは単なる世間話ですよ。そのような『理解できない思考』を持つ方がいらっしゃる、という」
すう、と赤い瞳が冷たく狭められた。
「使い古した他人の『お下がり』が、何故魅力的に見えるのでしょうね。家計が苦しいのであれば百歩譲って分からなくもないですが、そのようなことはないとのこと。むしろ平等に愛情も財も注いでいる筈なのに、何故こうなってしまったのか……ご両親も大層お嘆きだとか」
遠くを見つめながら呟くようにそこまでを言うと、コレットの顔が真っ赤に染まっていた。わなわなと震えているのは屈辱によるものか、それとも……。
「ここにいらっしゃいましたか、コレットお嬢様」
その声に、ぎく、とコレットの身体が強張った。
見れば、壮年の執事と身体付きが幾分良いメイドが2人、後ろに控えている。
「部屋からは出ないよう、旦那様から申し付けられていた筈ですが」
「い、いいじゃない。庭に出るくらい……」
震えた声での言い訳に、モノクルの奥の瞳が冷たく狭められた。
「貴族学園にて他学生の物を執拗にねだり、強引に自身のものにする、他人の悪口を吹聴する、という多数の問題行動により停学、旦那様よりお部屋での謹慎を命じられていたというのに、ご自身の罪を未だご理解されていないようですね」
「て、テオドール様にさそわれて」
見苦しい言い訳に、テオドールは冷たい目線を向けたまま答える。
「私は誘ってなどおりません。モンフォール伯爵令嬢が供も付けずに来られて、私の許可も得ずに座っているだけに過ぎません」
きっぱりと否定すれば、コレットは愕然とした表情を浮かべた。が、そんな顔をされる謂れはない、とテオドールは内心で思った。
「左様でございますか。モンフォール伯爵家の恥を晒してしまい、大変申し訳ありません」
執事とメイドたちは、深々と頭を下げて謝罪した。
「は、恥って、なによ。主人に向かって」
「さ、参りましょう」
ぐい、とメイドたちがコレットの両肩を掴んで、強制的に立たせた。
「我々はこれにて失礼いたします。ジェルメーヌお嬢様は、もうまもなく来られますので、少々お待ちください」
「分かった」
引き摺られるように連れて行かれるコレットの金切声を背景に、執事が深々と頭を下げるのにテオドールはそう答えて頷いた。
遅れた理由は謹慎中のコレットがいなくなったのを探していたからだろう、と思いながら。
そうして静寂が戻ってから待つことしばし。
「お待たせいたしました、テオドール様。遅れてしまい、申し訳ありません」
燃えるような赤い髪は同じ、だが翠色の瞳はくりっと大きくて愛らしい。
その愛らしく庇護欲をそそられる外見とは裏腹に、性格は真面目で少々苛烈なところがある。だがそういうところもまた、テオドールが好意を抱く要素の一つだ。
「いや、構わないよ」
そう答えると、ジェルメーヌは少し安堵したように胸に手を当てた。
メイドたちの手によって、茶器や菓子がテーブルへと並べられる。
「申し訳ありません、妹がご迷惑をかけたようで……不快な思いはされませんでしたか?」
心配そうに、不安そうに尋ねてくるジェルメーヌに、テオドールは微笑んで答えた。
「いや、君が心配するようなことは何もなかったよ。そのようなことより、これを受け取ってくれないかな?」
懐からブックマークを取り出して差し出せば、ジェルメーヌの顔がふわり、と輝いた。
「まあ、これをわたくしに? 上品で素敵なデザイン……ありがとうございます」
嬉しそうに受け取ってくれたことが嬉しくて。自然とテオドールの頬も緩んだ。
「ところで、今年のぶどうの収穫量はどう予想する?」
そう切り出せば、ジェルメーヌは嬉しそうな表情から一変し、きり、と真面目なものになった。
ああ、この切り変わる瞬間も、たまらなく好きだ。
「ええ、今年の天候から見れば昨年といつも通りに……ですが……」
真っすぐな視線と真っすぐな言葉。
それを心地よく受け止めながらも、テオドールは気を引き締めた。
(終)




