第99話 選ばれた失敗
異変は、予定どおり起きた。
あまりに、整いすぎた形で。
◇
早朝、外縁西部。
魔力循環の一部で、数値がわずかに乱れる。
基準値を外れない。
即時対応は不要。
だが――
報告の回り方が、異様に早かった。
「評議院から、確認が来ています」
中央管理局の連絡官が、硬い声で告げる。
「“判断は、誰が行うのか”と」
若い調整官は、胸の奥が冷えるのを感じた。
来た。
これが、カイルの言っていたものだ。
◇
臨時会合。
今回は、逃げ道が用意されている。
「地図士の見解は?」
最初に、そう聞かれた。
空気が、一斉にカイルへ向く。
だが、彼は首を振った。
「地図は、更新済みです」
「見解は?」
「ありません」
沈黙。
誰かが、わざとらしく咳払いをする。
「……では、判断枠を」
「待ってください」
若い調整官が、声を上げた。
心臓が、うるさい。
「今回は」
一拍。
「私が判断します」
ざわめき。
評議院側の使者が、視線を向ける。
「前回と同じか」
「はい」
「失敗した場合は?」
若い調整官は、カイルを見なかった。
地図だけを見る。
「私の責任です」
使者は、わずかに笑った。
「記録に残します」
その言葉が、
罠であることは、誰の目にも明らかだった。
◇
判断は、難しくない。
数値は軽微。
即時停止は不要。
だが、敢えて。
「西部循環を、一段階落とします」
「理由は?」
「重なりがある」
それ以上、説明しなかった。
◇
結果。
午後、別区画で小規模な滞留が発生する。
被害は限定的。
だが、「ゼロ」ではない。
「判断ミスだな」
誰かが、待っていたように言った。
◇
夜。
責任確認の場。
今回は、早かった。
「判断によって、滞留が発生した」
「因果関係は?」
「完全ではない」
「だが、判断がなければ?」
若い調整官は、逃げなかった。
「起きなかった可能性はあります」
ざわめき。
「では、失敗だな」
「……はい」
その言葉を、飲み込まずに言った。
◇
外縁記録室。
若い調整官は、重い足取りで訪れる。
「……やられたな」
カイルは、地図を閉じながら言った。
「それでも」
若い調整官は、顔を上げる。
「逃げなかった」
「それが、答えだ」
カイルは、そう言って、
地図の一角に、小さく印を付けた。
「失敗は、消すな」
「消えない」
若い調整官は、静かに頷く。
◇
翌日。
評議院からの結論は、意外なものだった。
――判断に問題はあった
――だが、意図的な隠蔽や怠慢は認められない
――個人責任は記録に留め、処分は行わない
不満は、残る。
だが、決定的な介入は、なかった。
◇
夜。
カイルは、白紙の地図を一枚、机に置く。
そして、その上に、
失敗の印を写す。
「……選ばれた失敗、か」
独り言。
だが、その失敗は、
誰かに押し付けられたものではない。
引き受けた失敗だった。
空白は、まだある。
だが今度は、
その空白を埋めようとする手が、
確かに、現場側にあった。




