表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった  作者: あめとおと
王都外縁・連鎖異変編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/102

第96話 置かれた空白

 変化は、静かに始まった。


 新しい通達が出たわけでも、

 制度が改定されたわけでもない。


 ただ、会議の進め方が、少しだけ変わった。


「……地図、先に見ようか」


 誰かが、そう言うようになった。


 判断を議論する前。

 枠を使うかどうか決める前。


 まず、線を見る。


 それだけだ。



 中央管理局の小会議室。


 若い調整官は、壁際に立っていた。


 もう、呼ばれ方が変わっている。


 「判断者」ではない。

 だが、「同席不要」とも言われない。


 微妙な位置だ。


 卓の中央には、地図が広げられている。


 線は少ない。

 余白が多い。


「……カイルの地図だな」


 誰かが言う。


 名前が出ても、

 以前のような緊張は走らない。


「地図士の判断は?」


「ありません」


 若い調整官が答える。


「判断は、書かれていません」


 それを聞いて、

 何人かが、わずかに息を吐いた。


 安心とも、不安ともつかない反応。


「じゃあ、読むのは……」


「俺たちだな」


 その言葉に、

 誰も否定しなかった。



 外縁記録室。


 カイルは、いつもどおり机に向かっていた。


 新しい線は、引いていない。


 だが、何もしていないわけでもない。


 古い地図を引っ張り出し、

 不要になった線を消し、

 重なりを整理していく。


「……軽くなったな」


 独り言が、漏れる。


 判断を預けられていた頃の地図は、

 重かった。


 線一本が、

 誰かの責任を引き寄せていた。


 今は違う。


 線は、ただの線だ。


 読む者がいなければ、意味を持たない。


 それでいい。



 午後。


 若い調整官が、記録室を訪れる。


「……ちょっといい?」


「どうぞ」


 カイルは、視線を上げずに答える。


「最近さ」


 若い調整官は、地図を眺めながら言った。


「会議で、

 “誰が決めるか”を先に話すようになった」


「そうか」


「前はさ、

 “どう決めるか”ばっかりだったのに」


 カイルは、ペンを置く。


「それは、いい変化だ」


「そう思う?」


「ああ」


 即答だった。


「判断は、方法よりも先に、

 持ち主を決めるべきものだからな」


 若い調整官は、少し黙る。


「……俺、正直」


「うん」


「また同じ判断をできるか、分からない」


 カイルは、少しだけ笑った。


「それでいい」


「え?」


「迷わなくなったら、

 それはもう判断じゃない」


 若い調整官は、苦笑する。


「厳しいな」


「現実的だ」



 夕方。


 小さな異変の報告が入る。


 今度は、判断枠が使われた。


 だが、使い方が違う。


「枠を開きます」


「目的は?」


「情報共有のみ」


 結論は、出さない。


 線を読み、

 状況を確認し、

 それぞれが持ち帰る。


 判断は、各区画に委ねられた。


 被害は出なかった。


 成功とも、失敗とも言えない。


 だが――

 誰も、逃げた顔をしていなかった。



 夜。


 カイルは、最後に一枚の地図を棚に戻す。


 その地図には、

 何も書かれていない。


 完全な空白。


 だが、それは欠落ではない。


 置かれた空白だ。


 判断を、

 誰かの胸に閉じ込めないための場所。


「……ようやく、置けたな」


 小さく呟く。


 制度は、まだ変わらない。

 枠も、残っている。


 それでも、

 戻れないところまで来た。


 地図は、

 決断を奪うものではない。


 決断を、

 引き受ける覚悟を問うものだ。


 そのことを、

 王都は、ようやく学び始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ