第82話 連鎖は、音を立てずに
異変は、一か所では終わらなかった。
北側補助区画の件が整理された、その翌日。
別の外縁区画から、似たような報告が上がる。
数値は基準内。
作業は可能。
ただ――
調整の順番が、微妙に噛み合っていない。
「これ、昨日の件と似てないか?」
記録係の一人が、ぽつりと言った。
似ている。
だが、同一ではない。
地形も、魔力の流れも違う。
因果関係は、証明できない。
「偶然だろう」
「外縁じゃ、よくある」
そう言われれば、それまでだ。
だが若い魔導師は、地図から目を離さなかった。
線と線。
区画と区画。
どれも単独なら、問題にならない。
だが、時間軸で重ねると、歪みが見える。
「……一個ずつは、小さいですね」
誰かが言う。
「はい」
若い魔導師は頷く。
「だから、処理されてきた」
彼は、指で地図をなぞる。
「でも、これは“一件”じゃない」
視線が集まる。
「判断が、少しずつ遅れたり、
少しずつずれたりしている」
「それが、外縁を回っている」
誰も反論できなかった。
確証はない。
だが、否定もできない。
「……枠を使う?」
誰かが、慎重に聞く。
若い魔導師は、すぐには答えなかった。
81話の記憶が、頭をよぎる。
使わなかった判断。
使って失敗した判断。
「今回は」
一拍置いて、言う。
「使わない」
ざわめきが走る。
「代わりに」
続ける。
「調整順を一段階、全体的に遅らせる」
「理由は?」
「“連鎖の兆候があるため”」
それ以上は、言わない。
判断枠を開かず、
だが判断をしないわけでもない。
結果、作業は遅れた。
小さな不満も出た。
だが、衝突は起きなかった。
後日、別区画で予定されていた大型輸送が、
突発的に延期されたことが分かる。
もし、順番を変えていなければ――
外縁同士が、噛み合っていた。
夜、記録室。
「……全部、結果論ですね」
誰かが言う。
「そうだな」
若い魔導師は、否定しない。
「でも」
地図を閉じる。
「連鎖は、起きてからじゃ遅い」
「音を立てないから、
“何も起きなかった”で終わる」
それが、一番厄介だ。
今回も、何も起きていない。
だから、評価は残らない。
だが外縁では、確実にズレが回っている。
王都の中心は、まだ静かだ。
だが若い魔導師は、確信していた。
このままなら――
いずれ、中心に届く。
判断が、連鎖したまま。




