第8話 地図は、人目につかない場所で
冒険者ギルドは、いつも通り騒がしかった。
依頼を探す冒険者。
報告待ちの列。
酒と汗と、鉄の匂い。
――だからこそ。
次に起きたことが、異常だった。
「街道確認の依頼、報告です」
俺は受付カウンターに、地図を差し出した。
対応してくれたのは、登録のときと同じ受付の男性だ。
彼は慣れた手つきで書類を受け取り――
そして、一瞬で動きを止めた。
「……少々、お待ちください」
声が、明らかに低い。
彼は周囲に聞こえないよう地図を素早く畳み、
視線だけで俺とリーナに合図した。
「こちらへ」
「え?」
「報告内容が……少し、特殊です」
案内されたのは、カウンター横の小さな扉だった。
扉一枚で、
ギルドの喧騒が遠ざかる。
通された部屋は、簡素な会議室だった。
机と椅子。
壁には、防音用の魔法陣。
(……完全に、表に出さない気だ)
受付の男性は扉を閉め、鍵をかける。
「改めて、報告をお願いします」
俺は地図を広げた。
街道から外れた森。
隠された遺跡。
内部構造と、危険度の推移。
一つずつ説明していくうちに、
彼の表情は、はっきりと変わっていった。
「……未登録。
しかも、封印系の構造……」
最後まで聞き終え、
彼は深く息を吐いた。
「これは……表で扱える内容じゃない」
即断だった。
「ギルドマスターには、私から報告します。
お二人は、ここでお待ちください」
数分後。
部屋に入ってきたのは、
見慣れない中年の女性だった。
落ち着いた物腰。
派手さはないが、胸元の徽章が目を引く。
「初めまして。
調整官のマリアと申します」
その肩書きだけで、
空気が変わった。
「今回の報告ですが――
現時点では“未発見扱い”とします」
「……隠蔽、ですか?」
「正確には、“保留”です」
マリアは静かに首を振る。
「あなたの安全と、
街の混乱を避けるための措置です」
リーナが口を開く。
「この地図の存在を知っているのは?」
「ここにいる全員だけ」
迷いのない答えだった。
「正式な記録は、
ギルド内部の秘匿枠へ」
そして、俺を見る。
「カイル。
あなたには――
**探索指定冒険者(仮)**として登録してもらいます」
「仮、ですか」
「ええ。
正式指定は、状況を見てから」
視界の端で、地図が反応した。
【秘匿処理:実行中】
(……スキル的にも、扱いが変わってる)
「報酬は、
通常の街道確認として支払います」
「……少ないですね」
「代わりに」
マリアは、はっきり言った。
「あなたの名前は、
危険人物として共有されない」
背筋が、冷たくなる。
「今は、
“知られないこと”が最大の報酬です」
部屋を出ると、
ギルドの喧騒が戻ってきた。
誰も、俺たちを見ていない。
――見ていない“ことになっている”。
だが、地図は違った。
【注視対象:内部1名】
【外部接触:予測あり】
静かに。
本当に静かに――
世界が、動き始めていた。




