第74話 肩書きのない来訪者
王都から来たのは、一人だけだった。
随行も、通達もない。
公式文書すら、持っていない。
「視察ですか?」
若い魔導師の問いに、男は首を横に振った。
「違う」
年齢は四十前後。
服装は地味で、徽章もない。
「調査?」
「それも違う」
男は、名刺代わりの紙を差し出す。
肩書きは、こう書かれていた。
――臨時連絡官。
「……何をする人ですか」
「見る」
即答だった。
「記録も?」
「必要なら」
「報告は?」
「求められれば」
逃げ道だらけの役割。
それが、一番怖い。
男は、限定運用の区画を一通り見て回った。
質問は、少ない。
「これは、誰が決めた?」
「それは、なぜ?」
「代替案は?」
責めるでも、誘導するでもない。
ただ、聞く。
昼、簡単な食事を取りながら、男が言った。
「訂正文、読んだ」
「どうでした?」
「誠実だ」
評価とも、感想とも取れない。
「ただ」
箸を置く。
「誠実さは、組織を救わないこともある」
重い言葉だった。
午後、男は現場作業員と話した。
「判断が減ったって、本当か」
「はい」
「楽か?」
「……正直、少し」
男は、メモを取らない。
夕方、若い魔導師と二人きりになった。
「君は、何を守りたい」
唐突な問い。
「街です」
「制度じゃない?」
「制度は、街のためにある」
男は、少し笑った。
「なら、覚悟はあるか」
「何のですか」
「制度が、街を壊す瞬間を見る覚悟」
沈黙。
「王都は、君を切らない」
男は、淡々と言う。
「だが、守りもしない」
それは、最悪でもあり、自由でもある。
夜、男は宿に入った。
帰る予定は、未定。
リーナが、低い声で言う。
「敵じゃない」
「味方でもない」
「うん」
若い魔導師は、窓の外を見た。
街は、今日も動いている。
その上空で、
評価が下される前の“観測”が始まった。
何も起きなければ、
何も言われない。
だが、何か起きれば――
言葉は、あとから付いてくる。




