第72話 書いてしまった条件
補足文は、慎重に書かれた。
断定を避け、
前提を明記し、
適用範囲を限定する。
若い魔導師は、何度も推敲した。
――以下は、グレイザ市固有の条件下における運用例である。
――同様の成果を保証するものではない。
逃げ道も、注意書きも、入れている。
それでも、最後に一文を足した。
――現場判断を行う者が、全体状況を把握できる体制が前提となる。
「……必要だよな」
独り言のように呟いて、署名した。
数日後、王都からの返答が届く。
引用付きだった。
問題の一文が、太字で抜かれている。
――現場判断を行う者が、全体状況を把握できる体制。
「……そこか」
リーナが、嫌な顔をする。
「便利な言葉だね」
便利すぎる。
王都の解釈は、こうだった。
――よって、判断者に十分な権限と情報を集中させる必要がある。
集中。
その言葉が、空気を変えた。
数日後、別の街で発令された通達。
限定運用導入に伴い、
判断権限を管理官一名に集約する。
「それ、真逆だ」
慎重派の代表が、珍しく声を荒らげた。
「分散させるための条件だったろう」
「でも、文書上はそう読める」
誰も否定できない。
事実、そう書いてある。
夕方、グレイザにも照会が来た。
――判断権限集中について、見解を求む。
若い魔導師は、頭を抱えた。
「俺は、責任を一人で背負えって意味で書いたんじゃない」
「でも、そう背負ってるのは、あなただよ」
リーナの言葉は、優しくて、重い。
夜、会合が開かれる。
「訂正を出すべきだ」
「いや、出したら前例を否定することになる」
「王都の顔を潰す」
誰もが、正しい。
だが、どれも選びたくない。
そのとき、現場から連絡が入る。
他都市で、事故が起きた。
判断が遅れた。
権限が集中しすぎて、現場が止まった。
死者はいない。
だが、被害は大きい。
「……これが、あの一文の行き先か」
若い魔導師は、呟いた。
善意で足した条件は、
“管理しやすい言葉”に変換されていた。
彼は、補足文の控えを閉じる。
次に書く文書は、
もう、言葉遊びでは済まない。
否定を書くか。責任を取るか。
どちらにしても、
街の外まで、影響が及ぶ。




