第70話 届いた文言
王都からの文書は、思ったより短かった。
丁寧で、角がない。
命令文ではない。
だが、行間が多い。
――限定運用について、
現行の判断基準と責任体制を明文化されたし。
今後の参考とする。
それだけだ。
「……優しいな」
若い魔導師が、皮肉でもなく言う。
「でも、逃げられない」
リーナが答えた。
“参考とする”。
それは、次に何か起きたとき、記録として残るという意味だ。
誰が決め、
誰が背負い、
誰が確認したのか。
すべて、書けと言っている。
昼、簡易の作業会合が開かれた。
「王都が関与する前に、こちらで整理しよう」
慎重派も、続行派も、同じ卓につく。
空気は、張っている。
「責任者を、明確に」
「一人は無理だ」
「なら、委員制か」
言葉が、現実になる。
「限定運用の継続条件を」
「数値で決めよう」
「例外は?」
「例外も、書く」
議論は、実務的だった。
理想論は、後回し。
夕方、文書は形になった。
運用範囲。
停止基準。
報告手順。
そして、最後に――
最終判断責任者:現地管理代表
若い魔導師の名前が、そこにある。
誰も異を唱えなかった。
夜、リーナが静かに言う。
「これで、王都は動かない」
「そうだな」
「でも、代わりに」
「俺たちが、動かされる」
文書を送れば、戻れない。
だが、送らなければ、もっと重い。
若い魔導師は、署名した。
インクが乾くのを待ってから、封をする。
「……これでいい」
自分に言い聞かせるように。
翌朝、文書は王都へ向かった。
その日から、現場は少しだけ動き出す。
報告が戻り、
判断が走る。
迷いは消えない。
だが、止まらない。
王都は、まだ何も言わない。
それが、一番の圧だった。




