第67話 選ばないという選択
異変は、掲示板から始まった。
いつもの不具合報告の横に、
見慣れない紙が貼られている。
――現行運用に対する意見募集。
署名欄付き。
「……こう来たか」
リーナが小さく息を吐く。
内容は穏健だった。
限定区画の継続について、
街としての再検討を求める――それだけ。
だが、署名は集まる。
「怖いんだよ」
古参の作業員が言う。
「失敗は、小さくてもいい。でも、増えるのは困る」
「今は処理できてる」
「今は、な」
声は荒れない。
だからこそ、無視できない。
若い魔導師は、その紙を前に立ち尽くしていた。
「止めるべきだ、って声じゃない」
彼は呟く。
「“選ばないでほしい”って声です」
選択を戻すのではなく、
選択そのものを避けたい。
それは、理にかなっている。
昼、慎重派の代表格が、彼を訪ねてきた。
中年の男で、現場をよく知っている。
「敵になるつもりはない」
最初に、そう言った。
「だが、このままでは持たない」
「何が、ですか」
「人だ」
判断を背負う者。
それを見る者。
責任の重さに、耐えられなくなる。
「王都に返そう」
男は続ける。
「管理を、だ」
それは後退ではない。
“安全な場所”への復帰だ。
「今なら、評価も悪くない」
若い魔導師は、すぐには答えなかった。
夕方、署名は一定数に達した。
規定上、無視できない数だ。
正式な場で、扱う必要がある。
「……会合を開きます」
彼はそう告げた。
それを聞いて、反対派も動く。
「なら、意見を出す」
「選んだ理由を、ちゃんと話そう」
街は、初めて“決めるための場”を必要とした。
夜、リーナが言う。
「どっちが勝っても、街は変わる」
「そうだな」
「でも、負けた方は?」
「残るか、去るか、飲み込むか」
それが、選択の代償だ。
若い魔導師は、机に向かい、告知文を書いていた。
――限定運用に関する公開会合を行う。
場所、日時、議題。
すべて明記されている。
名前も、責任者として。
彼は、ペンを置いて深く息を吸った。
選ばなかった側は、
何もしなかったわけじゃない。
選ばないことを、選んでいた。
それが、行動になった今、
街はもう、曖昧ではいられない。




