第66話 揃わない足並み
掲示板の前に、人が集まるようになった。
不具合報告でも、告知でもない。
ただの、月次予定表。
「……また、限定区画はそのままか」
誰かが、ぽつりと言った。
「慎重すぎない?」
「いや、十分速い」
言葉は穏やかだ。
だが、頷き合う者はいない。
街は今、二つの速度で動いていた。
一つは、これまで通りの街。
決まった手順、決まった判断、決まった安心。
もう一つは、限定区画の街。
考え、迷い、記録し、責任を引き受ける場所。
「正直、面倒だ」
倉庫の古参が言う。
「前は、何も考えなくてよかった」
「でも、今は納得して動ける」
若い作業員が返す。
どちらも、間違っていない。
昼、簡易会合が開かれた。
正式な評議ではない。
ただの意見交換だ。
「範囲を広げるべきだと思う」
「早すぎる」
「失敗は処理できた」
「次も同じとは限らない」
声は荒れていない。
だが、同じ結論に辿り着かない。
若い魔導師は、発言を控えていた。
責任者として、どちらにも寄れない。
「判断を、上に返す?」
誰かが言う。
一瞬、沈黙が落ちる。
それは、最も簡単な解決策だった。
「……それは違う」
初めて、彼が口を開いた。
「戻すなら、最初からやる意味がなかった」
反論は、すぐには出なかった。
彼の言葉は、正論ではない。
だが、覚悟だった。
会合は、結論を出さずに終わった。
それ自体が、変化だ。
夕方、街の外れで二人の作業員が言い合っていた。
「余計なことを始めた」
「必要だった」
「誰のためだ?」
「……俺たちの」
答えは、すぐには噛み合わない。
夜、リーナが言う。
「割れ始めたわね」
「健全だ」
俺はそう答えた。
「全員が同じ方向を見る街は、もう止まってる」
「でも、摩擦は増える」
「だから、次が大事だ」
慎重派と継続派。
名前が付く前の、立場の違い。
まだ敵じゃない。
だが、譲らなくなり始めている。
若い魔導師は、夜遅くまで灯りを消さなかった。
記録をまとめ、意見を書き分け、
誰かを説得するためではなく、
自分が迷わないために。
街は、まだ壊れていない。
だが、揃ってもいない。
グレイザは今、
同じ街で、違う未来を思い描き始めている。




