第60話 守るために、止める
それは、通達という形でやってきた。
封蝋は簡素。
差出人は、王都直轄・都市運営監査局。
――臨時監査の実施について。
「……来たわね」
リーナが低く言った。
文面は丁寧だったが、内容は明確だ。
グレイザにおいて、直近で行われた運用変更について、
正式な説明と記録の提出を求める、とある。
提出期限は三日後。
「早いな」
俺はそう呟いた。
問題が起きたからではない。
問題が起きそうだからだ。
昼過ぎ、例の若い魔導師が呼び出された。
戻ってきた彼の顔色は、昨日より悪い。
「上から……聞かれました」
「何を?」
「“誰の判断で、どこまで変えたのか”」
彼は唇を噛む。
「僕は、現場判断だと答えました。複数人で確認し、記録も残している、と」
「それで?」
「“それが問題だ”と」
理由は単純だった。
判断主体が曖昧。
責任の所在が不明確。
前例がない。
つまり――管理しづらい。
「戻せ、と言われました」
その言葉に、部屋の空気が重くなる。
「全面的に、以前の運用に」
「猶予は?」
「監査が終わるまで。事実上、無期限です」
それは処罰じゃない。
だが、事実上の停止命令だった。
俺は彼を見た。
「君は、どうしたい」
問いは、重い。
正解はない。
「……正直に言います」
彼は深く息を吸った。
「怖いです。ここで逆らえば、僕はこの街にいられなくなる」
それは誇張じゃない。
配置換え、左遷、あるいは名目上の栄転。
どれも、よくある話だ。
「でも」
彼は拳を握った。
「戻したら、僕はまた“考えない役”に戻ります」
街は守られる。
秩序も、効率も、保証される。
ただ――
「何も選ばなかった、って事実だけが残る」
沈黙が落ちる。
選ばないことは、間違いじゃない。
だが、積み重なれば、街は動かなくなる。
「リーナ」
「ええ」
彼女は頷いた。
「ここで私たちが出たら、話は簡単になる。全部、外からの介入にできる」
それも一つの答えだ。
街を守る方法としては、正しい。
だが、それは――
この街から選択権を奪う。
「君に任せる」
俺ははっきり言った。
「俺たちは、判断しない。止めることも、続けることも」
「……それは」
「酷だって?」
「はい」
彼は苦笑した。
「でも……ありがとうございます」
夕方、彼は再び上に報告に行った。
何を言ったのかは、分からない。
夜、街は静まり返っていた。
水路は流れ、灯りは消え、何事もない。
「もし、止める選択をしたら」
リーナが言う。
「この街は、守られるわね」
「そうだな」
「続けたら?」
「何かが壊れるかもしれない」
それでも。
選ばなければ、
街は“完成品”のまま、朽ちていく。
翌朝を、俺たちはまだ知らない。
通達の返事も、判断も、出ていない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
これはもう、実験じゃない。
グレイザは、
自分たちで自分たちをどう扱うかを、
初めて問われていた。




