第50話 中心のない街
広場には、本当に何もなかった。
像も、井戸も、掲示板すらない。
ただ、
踏み固められた地面だけが残っている。
「……ここ、人は集まってた?」
リーナが足元を見る。
「ええ」
案内役が答えた。
「集まって、話して、決めてた」
「決めてた?」
「税のことも、
水路のことも、
子どもをどこで学ばせるかも」
俺は、
周囲を
見回す。
家々の距離。
道の幅。
倉の位置。
どれも――
街としては、よく出来ている。
「壊れてない」
「はい」
「むしろ、整いすぎてる」
案内役は、
少し黙ってから続けた。
「王都の調整官が来た」
「十年ほど前だ」
リーナが息を飲む。
「……王都式」
「そう」
「流れを測って、数値にして、安全域を決めた」
「間違っては、いなかった」
そこが、一番厄介だ。
「事故は、なくなった」
「病も、減った」
「魔力暴走も、起きてない」
案内役は、広場を見下ろす。
「でも――
決めなくなった」
「全部、数値通りにやればいい」
「余白が、なくなった」
俺は、理解する。
この街は、守られた。
だが――
選ぶ必要がなくなった。
⸻
「中心が、消えた理由は?」
俺が聞く。
「必要なくなったからだ」
「決定は、外にある」
「王都の基準が、この街の中心になった」
それは、支配じゃない。
善意だ。
安全だ。
だからこそ――
抜け殻になる。
「……名前も?」
「呼ばれなくなった」
「区分番号で呼ばれる」
「北方第四補助都市、とか」
リーナが拳を握る。
「それじゃ、街じゃない」
「ええ」
「ただの、安全な場所だ」
⸻
俺は、初めて地図を開いた。
白紙だった場所に、
薄く線が浮かぶ。
だが――
まだ定まらない。
「……直すなら」
案内役が言う。
「また、壊すのか?」
「いいえ」
俺は、首を振る。
「選ばせる」
「中心を、戻す」
「でも、それは――」
危険だ。
選ぶということは、
失敗も引き受けるということだから。
「それでも?」
リーナが俺を見る。
「それでもだ」
「安全だけの街は、続かない」
「続かない街は、いずれ――
誰も守らなくなる」
風が、広場を抜ける。
流れが、ほんの少し動いた。
迷いながら。
だが――
止まってはいない。
「……時間は?」
案内役が問う。
「猶予は?」
俺は、空を見る。
「短い」
「でも、やるなら――
今だ」
この街は、壊れなかった。
その代償として、中心を失った。
次は――
取り戻す番だ。




