第46話 朝の確認
朝の風は、冷たかった。
だが――
刺さらない。
「……大丈夫ね」
リーナが、外套を軽く押さえて言う。
倉庫街に、人が戻っている。
数はまだ少ない。
だが、止まってはいない。
荷車が、ゆっくりと動く。
軋む音が、規則正しい。
「……久しぶりだ」
名もなき担当者が、ぽつりと呟いた。
感慨に浸る余裕は、まだない。
「数値、見せてください」
俺が言うと、
彼は帳簿を開いた。
「夜間流量、平均値内」
「滞留、再発なし」
「灯の消失、ゼロ」
数字は、正直だ。
「……効いてる」
リーナが頷く。
俺は、地図を見る。
【逃がし線:維持】
【抑制線:安定】
だが――
気になる点が一つ。
「……反応が、遅い」
「え?」
「立ち上がりが、鈍い」
線は、正しく機能している。
それでも、
朝の流れ出しに僅かなためらいがある。
「この街の人は、慎重だ」
名もなき担当者が言った。
「昨日まで、触ると悪化してましたから」
「人の問題か」
俺は、納得する。
流れだけ直しても、
使う側が信用しなければ意味がない。
「……じゃあ」
俺は、少し考えてから言った。
「見せましょう」
⸻
午前。
倉庫の中央に、人が集まる。
商人、作業員、管理側。
名もなき担当者が、一歩前に出た。
「昨夜、
王都の調整士が調整を行いました」
ざわめき。
「王都?」
「また、いじるのか?」
「昨日で、懲りたろ」
不安は、正しい。
俺は、何も言わずに地図を開いた。
線を、一本だけ触る。
逃がし線の、入口。
流れが、静かに動く。
荷車の下、
魔力が素直に進む。
「……動いた」
「重くない」
「揺れないぞ」
声が、少しずつ戻る。
「これ以上、触りません」
俺は言った。
「この街の流れは、あなたたちのものだ」
「俺たちは、壊れないように線を引いただけ」
沈黙。
やがて――
誰かが荷を押し始めた。
一台。
二台。
三台。
音が、戻る。
名もなき担当者が、深く頭を下げた。
「……助かりました」
「いいえ」
「戻っただけです」
⸻
昼。
倉庫街は、完全ではない。
だが――
回っている。
人が、
自分の仕事を取り戻している。
リーナが、俺の横で小さく笑った。
「信用って、数字より時間がかかるのね」
「だが、壊れるのは一瞬だ」
地図を閉じる。
【暫定成功】
【経過観察:必要】
これで終わりじゃない。
だが――
この街は、今日を越えられる。
それで、十分だ。
風が、
倉庫街を抜けていく。
もう、奪わない。
通り過ぎるだけだ。




