第45話 抑えるための線
調整は、夜に行うことになった。
理由は単純だ。
風が、一番静まる時間帯。
「昼にやると、また引っ張られる」
名もなき担当者がそう言った。
「……経験則ね」
リーナが頷く。
「この街の人の言葉は、信じたほうがいい」
⸻
倉庫街の中央。
灯りは落とされ、最低限の魔力灯だけが残されている。
音がない。
だが――
完全な静寂でもない。
溜まった流れが、動きたがっている。
「中心は、ここ」
俺は、地面を指す。
「溜める構造自体は悪くない」
「問題は、逃げ場がないこと」
地図を開く。
線は、王都式より
ずっと短く、太い。
「……随分、思い切るわね」
リーナが言う。
「流さない」
「逃がす」
その違いは、大きい。
⸻
最初に動いたのは、リーナだった。
結界を張る。
だが、完全には閉じない。
「半開き?」
「ええ」
「風の向きを固定する」
結界が、壁のようではなく、板のように立ち上がる。
流れが、自然と一方向に寄る。
「……来てる」
名もなき担当者が呟く。
俺は、その先に線を引いた。
深く、短く。
【抑制線:仮設】
線は、魔力を引っ張らない。
ただ、通れると教える。
流れが、一瞬迷う。
そして――
動いた。
「……抜けた」
誰かが息を呑む。
溜まり続けていた魔力が、
ゆっくりと外へ。
だが、風に乗らない。
逃げ道を選んだ。
「成功……?」
「まだ」
俺は、線を一つだけ追加する。
「これは?」
「戻り止め」
流れは、癖を持つ。
一度楽な道を覚えると、戻ろうとする。
それを、防ぐ。
数秒。
倉庫街の空気が、はっきりと軽くなった。
重さが、ない。
魔力灯が、揺れずに灯る。
「……動いてる」
名もなき担当者が、小さく笑った。
声は、抑えている。
喜ぶのは、
まだ早いと分かっているからだ。
⸻
俺は、地図を確認する。
【流量:安定】
【抑制率:許容範囲】
【逃がし線:機能中】
「一晩、様子を見る」
「朝まで持てば――」
「持つ」
言い切った。
この線は、この街の呼吸に合わせている。
王都の基準じゃない。
だが――
間違ってもいない。
風が、倉庫の上を通り過ぎる。
だがもう、
中は揺れない。
名もなき担当者が、深く息を吐いた。
「……止まらずに、済みそうです」
「ええ」
「でも、完璧じゃない」
彼は頷く。
「それで、いい」
街は、壊れないことが一番だ。
完璧さは、次でいい。
夜の倉庫街に、静かな流れが戻る。
それは目立たず、誇れず、
だが確かに――
街を前に進めていた。




