第44話 この街の流れ方
倉庫の奥は、思ったよりも広かった。
魔力灯の光が、低く、一定の間隔で並んでいる。
「……これ、古い形式ね」
リーナが壁際の灯を見て言う。
「王都だと、もう使われてない」
「だが、ここでは現役だ」
男が静かに答えた。
相変わらず、名乗らない。
必要ないからだ。
「この街は、北風が強い」
彼は、
灯の間を歩きながら話し始めた。
「昔、
流れをそのまま使った年がありました」
足が止まる。
「物流路が、一晩で壊れた」
「……暴走?」
「ええ」
王都式なら、“流れすぎる”状態。
だが――
この街ではそれが致命傷だった。
「魔力が
風に引っ張られて、街を抜けたんです」
「荷は、
途中で
止まり」
「灯は、
消え」
「人が――
凍えた」
淡々とした語り口。
だが、
そこに慣れがあるのが分かる。
「それ以来、
流れは抑えるものだと
決めました」
「止めるのではなく、溜める」
「必要な分だけ、流す」
俺は、地図を見る。
線は、確かに“抑えた形”をしている。
効率は悪い。
だが――
安定している。
「王都式が合わないわけだ」
リーナが小さく頷いた。
「向こうは、巡らせる前提」
「こちらは、留める前提」
男が、苦笑する。
「分かってはいたんです」
「王都のやり方が悪いわけじゃない」
「ただ――
この街じゃ、合わなかった」
それでも、
彼らは王都式を試した。
理由は単純だ。
「……王都の名が
出たからですね」
俺が言うと、
男は黙って頷いた。
「“王都で成功した”
それだけで、正解に見えた」
沈黙。
責める者は、誰もいない。
それは、どの街でも起き得る。
「じゃあ、どうするの?」
リーナが俺を見る。
俺は、地図を閉じた。
「王都式にはしない」
「でも、
元に戻すだけでもない」
男が、息を呑む。
「この街の“抑える流れ”を前提に――」
「逃げ道を作る」
「逃げ道……?」
「溜めすぎた時に、抜ける場所」
「風に持っていかれない向きで」
リーナが目を細める。
「……王都と真逆の発想ね」
「だからこそ、王都の人間がやる意味がある」
男は、しばらく黙っていたが――
やがて深く頭を下げた。
「……お願いします」
その声は、依頼書よりも
ずっと軽かった。
だが――
それでいい。
重さは、
もうこちらが引き受けた。
倉庫の魔力灯が、
わずかに明るくなる。
流れは、
まだ変えていない。
それでも、街が
息を吸った気がした。




