第41話 王都へ届く前に
夜明け前の倉庫は、いつもより静かだった。
音がないのではない。
動くはずの音が、消えている。
荷車の軋む音。
水路を流れる魔力灯の低い唸り。
朝一番の点検で聞こえるはずの、
あの規則正しいリズムがない。
「……また、か」
彼は帳簿を閉じた。
三日前からだ。
物流路の一部が、“通れるのに、流れない”。
魔力はある。
結界も壊れていない。
詰まりも、破損もない。
それなのに――
荷が進まない。
王都式の対処は、もう試した。
線を強め、固定し、
一時的に遮断して再起動。
結果は、悪化。
魔力は安定した。
だが今度は、人の手が近づけなくなった。
「……理屈が、合わない」
彼は、自分が専門家でないことを
よく知っている。
だが、
この街の物流を預かる者として――
“止まっている”という事実だけは、
見過ごせなかった。
朝になれば、交易商が来る。
昼には、文句が出る。
夕方には、責任を問われる。
それはいつも通りだ。
だが今回は、直しようがない。
机の引き出しから、一枚の紙を取り出す。
本来なら使わない。
王都に出す正式文書の、下書き用の紙。
封蝋も、規定の色じゃない。
それでも――
書くしかなかった。
彼は、深く息を吸う。
何が起きているのか、正確には分からない。
原因も、対処法も、名前すら。
だから、こう書くしかなかった。
王都へ
当街の物流路にて、
原因不明の魔力滞留が発生しています。
王都式調整を試みましたが、
改善せず、
むしろ機能低下を招きました。
このままでは、
交易が停止します。
ペンが、一瞬止まる。
――誰に頼めばいい?
答えは、もう出ていた。
調整の分かる方を、
派遣していただけませんか。
形式は問いません。
どうか――
この街が止まる前に。
署名欄は、空けたままにした。
名前を書いても、意味がない。
必要なのは、肩書きでも、責任者でもない。
直せる人間だ。
封をして、文を託す。
それが王都に届く頃、
自分が叱責されているか、
まだここに立っているかは――
分からない。
それでも。
「……頼む」
彼は、倉庫の灯を落とした。
街は、まだ眠っている。
この異変が、
王都を動かすことになるとは――
誰も、知らないまま。




