第39話 監督官としての決断
朝。
王都の鐘が、ゆっくりと鳴った。
外縁区画の空気は、昨夜よりわずかに軽い。
だが――
問題が消えたわけじゃない。
「……報告、もう上がってるわよ」
リーナが、評議会棟の前で言った。
「“旧式干渉の再配置”」
「“過去の調整士の関与”」
「……早いな」
「王都だもの」
俺は、扉を押す。
逃げ道は、もうない。
⸻
非公開会議室。
集まっていたのは、いつもの三人に加え――
魔法庁の若手監査官。
視線が、一斉に俺に向く。
「地図士」
王城代表が、口を開いた。
「昨夜の件、説明してもらおう」
「はい」
俺は、簡潔に話す。
固定線の存在。
エルディンの正体。
共同での再配置。
「……つまり」
監査官が、眉をひそめる。
「非認定者を、現場に立たせた
ということですね?」
「その通りです」
即答。
ざわめき。
「規定違反だ」
「前例がない」
「危険すぎる」
老魔導士が、机を軽く叩く。
「静かに」
俺は、一歩前に出た。
「違反は、認めます」
「ですが――
他に方法はありませんでした」
「強制解除すれば、外縁区画は混乱していた」
「彼の線を理解できるのは、
彼自身だけだった」
監査官が、冷たく言う。
「感情論ですね」
「職務放棄にも見える」
胸の奥が、少しだけ軋んだ。
だが――
目を逸らさない。
「感情です」
「でも――
判断でもあります」
俺は、地図を机の上に置いた。
【外縁区画:安定】
【事故率:低下】
【市民影響:最小】
「結果は、出ています」
沈黙。
王城代表が、ゆっくりと息を吐いた。
「……責任は?」
「取ります」
「どう取る?」
「俺が監督する」
「彼を、正式な補助調整士として
登録してください」
ざわっと、空気が揺れる。
「前例がない!」
「失敗者だぞ!」
「逃亡者でもある!」
俺は、はっきりと言った。
「だからこそです」
「放置すれば、また歪みになる」
「管理下に置けば、資産になる」
老魔導士が、目を細める。
「……厳しい条件になるぞ」
「構いません」
「監督官として、私的感情が疑われる」
「承知しています」
リーナが、静かに言葉を足す。
「彼は、もう逃げません」
「昨夜、自分で線を緩めました」
「それは――
逃げている人にはできない」
再び、沈黙。
やがて――
王城代表が頷いた。
「条件付きで承認する」
「エルディンを、
暫定補助調整士として登録」
「責任者は――
地図士、あなた一人だ」
「……ありがとうございます」
「礼は、結果で示せ」
⸻
会議後。
廊下で、リーナが肩をすくめる。
「……重い役、背負ったわね」
「自分で選んだ」
「後悔は?」
俺は、少し考えてから首を振った。
「ない」
「街は、人が作る」
「線だけ正しくても、
意味がない」
地図が、静かに更新される。
【監督対象:追加】
【過去調整士:管理下】
窓の外。
王都は、
いつも通り動いている。
だがその裏で――
一つの決断が、街の未来を書き換え始めていた。




