第38話 二人で引く線
夜明け前。
外縁区画は、まだ眠っていた。
人の足音も、荷車の音もない。
それでも――
街は動いている。
「……こんな時間にやるとはな」
エルディンが、低く呟く。
「人の流れが少ない方がいい」
「失敗しても、影響を最小にできる」
俺は、地図を開いたまま周囲を確認する。
【固定線:緩和済】
【安定率:中】
【再干渉:可能】
「今からやるのは、“解除”じゃない」
「再配置だ」
エルディンは、頷いた。
「……昔は、全部自分でやろうとした」
「守るなら、手放すなと思ってた」
「それが、間違いだった」
リーナが、静かに結界を展開する。
「合図があったら、すぐ止める」
「無理は、させない」
エルディンは、一瞬だけ彼女を見て――
小さく頭を下げた。
「……助かる」
⸻
俺は、ペンを地図に当てる。
「まず、基準線を引く」
「街全体じゃない」
「この区画だけだ」
細い線。
ほとんど、見えない程度。
【描画:補助基準線】
【影響範囲:限定】
「次に、お前の線を“重ねる”」
エルディンが、息を吸う。
「……行くぞ」
彼の指が、わずかに動く。
固定されていた線が、俺の基準線に引き寄せられる。
重なる。
だが――
支配しない。
【共同干渉:成立】
「……違う」
エルディンが、呟いた。
「前は、押さえつける感覚だった」
「今は……並んでる」
「それでいい」
「線は、競わせるものじゃない」
空気が、ゆっくりと巡り始める。
遠くで、風が鳴った。
「……聞こえるか」
「水路の音だ」
リーナが、目を見開く。
「戻ってる……」
エルディンの肩が、震えた。
「……俺は」
「街を、止めてたのか」
「止めようとして、守ろうとして」
「結果は、縛ってた」
俺は、線を維持しながら言う。
「誰でも、最初はそうだ」
「俺も、危うい」
「だから――
制度がある」
「仲間がいる」
線が、安定する。
【再配置:成功】
【旧式干渉:解消率 上昇】
その瞬間。
地図が、微かに光った。
【新規反応:遠距離】
【種別:固定線類似】
「……終わりじゃない」
「ええ」
リーナが、静かに言う。
「でも、一つは越えたわね」
エルディンは、地面に手をつき――
深く息を吐いた。
「……軽い」
「街が、軽い」
「十年以上ぶりだ」
朝の光が、建物の隙間から差し込む。
外縁区画に、
人の気配が戻り始めた。
「……これから、どうする」
エルディンが、俺を見る。
「決まってる」
「監督下で、続ける」
「過去の線を、一つずつ拾い直す」
彼は、少し驚いた顔をして――
そして、笑った。
「……罰じゃないのか」
「再挑戦だ」
リーナが、軽く肩をすくめる。
「今度は、逃げられないけど」
「……望むところだ」
二人で引いた線は、地面には残らない。
だが――
街の流れとして、確かに刻まれた。
過去の失敗は、消えない。
それでも、重ねて描くことはできる。
王都は、ゆっくりと――
次の段階へ進み始めていた。




