第36話 残された線の主
外縁区画の夜は、
静かだった。
昼間よりも、
はっきりと
“歪み”が分かる。
「……ここね」
リーナが、
小さく呟く。
地図の反応は、
廃れた街路の
奥を指していた。
人の流れから
外れた場所。
それでも――
線は、生きている。
【干渉源:近距離】
【状態:固定・持続】
「……重い」
「線が、
動こうとしてない」
まるで――
意志があるみたいに。
路地の突き当たり。
崩れかけた建物の
前に、
一人の男がいた。
長い外套。
痩せた背中。
だが――
姿勢は、
異様にまっすぐだ。
「……誰だ」
男が、
振り返った。
目が、
地図と同じ色をしている。
「エルディン」
俺は、
名を呼ぶ。
男は、
一瞬だけ
目を見開き――
すぐに、
無表情に戻った。
「……まだ、
その名前が
残っていたか」
「残ってる」
「街にも、
記録にも」
エルディンは、
乾いた笑いを漏らす。
「消えなかったか……
やっぱりな」
リーナが、
一歩前に出る。
「あなたが引いた線が、
今、
街を歪ませてる」
「……守ってる、
つもりだ」
男は、
地面に視線を落とす。
「ここは、
弱い」
「昔も、
今も」
「だから、
固定した」
俺は、
静かに言う。
「固定は、
守りじゃない」
「縛りだ」
エルディンの
手が、
わずかに震えた。
「流せば、
壊れる」
「俺が、
見てきた」
「一度壊れた街は、
戻らない!」
声が、
荒れる。
地面の線が、
軋んだ。
【干渉反応:増幅】
【危険度:上昇】
リーナが、
即座に
結界を張る。
「落ち着いて!」
「……落ち着けるか」
エルディンは、
自嘲する。
「俺は、
止められた」
「未完成だと、
危険だと」
「それでも――
街は、
俺の線の上で
生きてきた」
「今さら、
手放せるか?」
俺は、
ペンを構えない。
代わりに、
一歩近づく。
「手放さなくていい」
エルディンが、
顔を上げる。
「……なに?」
「一人で
抱えるな」
「今は、
制度がある」
「監督も、
仲間も」
「街を守る役目は、
分けられる」
沈黙。
線の震えが、
少しだけ
弱まった。
「……俺は、
失敗した」
「だから、
逃げた」
「それでも、
線だけは
残した」
「それが、
俺の全部だ」
俺は、
頷く。
「十分だ」
「でも――
ここから先は、
一緒に描く」
地図が、
静かに反応する。
【調整提案:共同干渉】
【成功率:中】
リーナが、
小さく息を吐いた。
「……選択肢、
残ってるわよ」
エルディンは、
長く息を吐き――
目を閉じた。
「……もし、
外したら?」
「俺が、
止める」
即答。
男は、
ゆっくりと
頷いた。
「……やってみるか」
固定された線が、
わずかに――
緩んだ。
それは、
十数年ぶりの
変化だった。




