第29話 最初の公式依頼
条件付き承認から、
一日も経っていなかった。
王都評議会の使いが、
宿を訪ねてくる。
「地図士殿」
「最初の公式依頼です」
手渡された封筒は、
重い。
中身が、
というより――
意味が。
リーナが、
覗き込む。
「……場所は?」
「旧水路区画」
「また、
微妙なところね」
俺は、
頷いた。
「消せないけど、
触りたくもない」
⸻
旧水路区画は、
王都の地下に近い。
かつて物流を支え、
今はほぼ使われていない。
だが――
人は、住んでいる。
「依頼内容、
改めて読むわよ」
リーナが、
文書を確認する。
「旧水路区画において、
通行不能・視認不能な
空間断絶が発生」
「原因不明」
「被害は小規模だが、
拡大の兆候あり」
「……整理者案件?」
「違う」
地図が、
即座に否定する。
【整理者関与:未検出】
【干渉種別:人為的】
「人?」
「しかも――
真似事だ」
地下への階段を降りると、
空気が変わった。
湿り気。
魔力残滓。
そして――
不自然な“静けさ”。
「……音が、
反響しない」
リーナが、
足を止める。
「道が、
吸われてる」
俺は、
地図を開いた。
そこには――
歪な線があった。
真っ直ぐでも、
曲線でもない。
雑に引かれた、
模倣の線。
「誰かが、
俺のやり方を
真似してる」
「危なくない?」
「危ない」
進むと、
壁の一部が
“抜け落ちている”。
向こうは、
黒。
深さが、
読めない。
【擬似路線:不安定】
【持続時間:短】
「……崩れる」
「だから、
早い者勝ちだ」
その時。
「動くな」
闇の奥から、
声がした。
若い男。
魔法使いだ。
「これ以上、
俺の実験に
触るな」
リーナが、
即座に構える。
「……あなた、
何をしたか
分かってる?」
「分かってるさ!」
男は、
必死な目をしていた。
「見たんだ……
噂を」
「地図士が、
道を引いて
街を救ったって」
「俺にも、
できると思った!」
俺は、
一歩前に出る。
「できない」
即答。
「……なに?」
「真似は、
事故になる」
「ここは、
その途中だ」
男の足元で、
線が揺れた。
「……っ!」
「止めろ!」
「止める」
俺は、
ペンを走らせる。
【描画:解除線】
【対象:擬似路線】
雑な線が、
ほどける。
空間が、
元に戻り――
水音が、
響いた。
男は、
膝をついた。
「……こんなはずじゃ」
「誰も、
教えてくれなかった」
俺は、
静かに言う。
「だから――
公式にした」
「勝手にやると、
街が壊れる」
リーナが、
男を見下ろす。
「あなた、
罰せられるわよ」
「……分かってる」
だが――
地図が、
別の反応を示した。
【波及反応:複数】
【模倣者:他にも存在】
「……一人じゃない」
俺は、
天井を見る。
「噂は、
もう広がってる」
「地図士の力を、
“再現できる”と
思った連中が、
動き始めた」
リーナが、
眉をひそめる。
「最初の公式依頼が、
これ?」
「ああ」
俺は、
地図を閉じた。
「止める仕事だ」
道を増やすだけじゃ、
足りない。
道を引く者が増えれば、
事故も増える。
王都は今――
新しい技術が
漏れ始めた段階だった。
そしてそれは、
必ず次の問題を呼ぶ。




