第21話 王都南区、消える行き先
王都南区は、
表向きは“普通”の地区だった。
市場があり、
子どもが走り、
夕方には炊事の匂いが漂う。
「……本当に、
人が消えてる?」
リーナが、
周囲を見回しながら言う。
「噂にも、
ならないほど静か」
俺は、
地図を開いている。
【地域状態:安定】
【異常値:局所欠損】
表示は矛盾していた。
「安定してるのに、
欠けてる」
「つまり――」
リーナが、
即座に理解する。
「“消えたこと自体が、
記録されてない”」
路地の奥。
洗濯物が干された家の前で、
老婆が座っていた。
「……すみません」
俺は、
自然な声で声をかける。
「この辺りで、
最近引っ越した人は?」
老婆は、
一瞬だけ考え――
首を傾げた。
「引っ越し?」
「さあねぇ……
そんな話、
あったかしら」
だが、
目が一瞬、揺れた。
リーナが、
そっと割り込む。
「隣の家、
空いてますよね?」
老婆は、
そちらを見る。
家は、
確かに空き家だ。
「……ああ」
「前から、
誰も住んでないよ」
「前から?」
老婆は、
そこで言葉に詰まった。
「……そう、
前から」
地図が、
警告を出す。
【認識補正:発生中】
【外部干渉:高】
(……やっぱり)
俺は、
空き家に近づいた。
扉には、
鍵が掛かっていない。
中は――
生活の痕跡が、
そのまま残っている。
食器。
衣類。
寝具。
「……急に、
消えてる」
リーナが、
声を落とす。
俺は、
地図に触れた。
【欠損点:固定】
【行き先:不明】
「……行き先が、
丸ごと消されてる」
その瞬間。
背後で、
気配がした。
「やっぱり、
来たか」
振り返ると、
路地の入口に、
黒衣の人物が立っていた。
「……早いな」
「時間は、
無い」
黒衣の人物は、
周囲を見渡す。
「この地区は、
“出る道”が、
少しずつ削られている」
「人が消えるのは、
その結果だ」
リーナが、
眉をひそめる。
「道が削られると、
人が……?」
「“帰れなくなる”」
黒衣の人物は、
淡々と言った。
「仕事。
買い物。
訪問」
「外へ出た人間が、
戻るための道を
失う」
俺は、
地図を見る。
南区から外へ伸びる線が、
どれも途中で
薄くなっている。
「……だから、
住民は気づかない」
「戻ってこない人は、
“最初から
いなかったことになる”」
リーナが、
小さく息を呑む。
「そんな……」
「誰が、
こんなことを?」
俺の問いに、
黒衣の人物は、
少しだけ間を置いて答えた。
「まだ、
特定できていない」
「だが――」
その目が、
鋭く光る。
「地図士の技術を、
悪用している」
地図が、
強く反応する。
【痕跡:同系統】
【使用者:未熟】
(……同業者、か)
「完全遮断でも、
調整でもない」
俺は、
線をなぞる。
「……削除だ」
「そう」
黒衣の人物は、
頷いた。
「世界から、
“行き先”を
消している」
リーナが、
俺を見る。
「戻せる?」
俺は、
しばらく沈黙し――
答えた。
「……難しい」
「でも」
ペンを、
強く握る。
「辿れる道を、
新しく作ればいい」
黒衣の人物が、
静かに言った。
「それができれば、
君は――」
「合格だ」
王都南区の地図に、
白い空白が広がっている。
そこは、
人が消えた場所であり――
これから、
取り戻すべき行き先だった。




