第15話 第三の描き方
祠の奥から吹き抜ける風は、
冷たいのに、不思議と嫌な感じがしなかった。
ただ――
重い。
選択の重さ、そのものだった。
「別の描き方、って……?」
リーナが、静かに聞く。
老人は、すぐには答えなかった。
代わりに、祠の奥へと歩き出す。
「来なさい」
扉の向こうは、
細い石段になっていた。
下へ、下へ。
空気が少しずつ変わっていく。
辿り着いた先は、
小さな円形の部屋だった。
中央には、
何も刻まれていない石台がある。
「……地図が、ない?」
俺が言うと、
老人は首を振った。
「“まだ描かれていない”だけじゃ」
地図が、
今までにない反応を示す。
【空白領域:可視化】
【干渉許可:限定】
(……空白を、見る?)
「ここはな」
老人は、石台に手を置いた。
「道を繋ぐ前。
止める前」
「選択そのものを、遅らせる場所じゃ」
リーナが、はっとしたように目を見開く。
「……緩衝地帯?」
「近い」
老人は、ゆっくり頷いた。
「災厄が一気に流れ込むのでもなく、
完全に遮断するのでもない」
「“段階”を作る」
俺の中で、
何かが繋がった。
「……道を、
“薄くする”?」
老人は、
満足そうに笑った。
「そうじゃ」
「人も、物も、情報も。
一気に通れない道」
「通るには、
条件が要る道」
リーナが、
魔法使いらしい視点で補足する。
「結界や、認証……
通過制限付きの街道」
「魔法だけでは足りん」
老人は、俺を見る。
「それを“世界に認識させる”のが、
地図士の役目じゃ」
俺は、
無意識にペンを握っていた。
(……繋ぐか、止めるか、じゃない)
調整する。
それが、
第三の描き方。
「試してみるか?」
老人の問いに、
俺は一瞬、目を閉じ――
頷いた。
「……やる」
石台の上に、
紙を置く。
白紙だ。
だが、
地図ははっきり示している。
【対象:未処理路線】
【描画方式:調整型】
「リーナ」
「分かってる」
彼女は、すでに詠唱の準備に入っていた。
「条件付与、ね?」
「ああ」
俺は、線を引く。
完全な道じゃない。
途切れた道でもない。
――薄い線。
【描画中:減衰路線】
同時に、
リーナの魔法が重なる。
「通行条件、設定」
淡い光が、
線の上に重なった。
【条件:段階通過】
【制限:高負荷耐性】
部屋が、
小さく震える。
だが、
今までのような
荒々しさはない。
「……成功?」
リーナが、息を整えながら言う。
地図が、
静かに答えた。
【第三方式:確立】
【影響:局所制御】
老人は、
深く息を吐いた。
「……これでよい」
「これなら、
災厄は溢れず」
「完全に閉じることもない」
俺は、
手の震えを感じていた。
(……世界に、
“加減”を入れた)
その瞬間。
地図が、
新しい警告を出す。
【外部反応:即時】
【観測者:複数】
「来るわ」
リーナが、即座に判断する。
「教会、貴族……
たぶん、両方」
老人は、
苦笑した。
「当然じゃな」
「この描き方は、
誰の都合にも完全には合わん」
俺は、
ペンを置いた。
「……でも」
顔を上げる。
「誰か一方のために、
世界を歪めるよりは、
ずっとマシだ」
リーナが、
横で小さく笑った。
「やっぱり、
あなた向きね」
地図が、
最後に一文だけ表示する。
【称号更新】
【地図士 → 調整者】
(……調整者、か)
老人は、
静かに頭を下げた。
「ようこそ」
「新しい地図士の時代へ」
外で、
確かな足音が近づいている。
だが、
今の俺はもう――
逃げるだけの存在じゃなかった。
選ばされる側から、
選び直す側へ。
その第一歩が、
確かに、
ここに刻まれた。




