第14話 道を止めた者たちの理由
祠の中は、
外の静けさとは違う“重さ”に満ちていた。
空気が澱んでいるわけじゃない。
むしろ澄んでいる。
だが、
長く誰も触れていない時間が、
そのまま積もっているようだった。
「……結界、じゃないわね」
リーナが、小さく呟く。
「ええ。
ここは――
“世界の認識から外れた場所”」
老人が、そう答えた。
祠の奥。
壁一面に、
石板が並んでいる。
そこに刻まれているのは、
地図だった。
道。
街。
川。
だが――
すべてが、途中で終わっている。
「……また、これか」
俺は、苦く笑った。
「道止めの間」と、
何が違う?
老人は、首を振る。
「似ているが、役割が違う」
彼は、一枚の石板の前に立った。
「ここは、
**“選択の記録”**じゃ」
「選択?」
「道を、止めるか。
残すか」
リーナが、眉をひそめる。
「止めたのは、
地図士自身……?」
「そうじゃ」
老人は、静かに頷いた。
「正確には、
**“止めることを選ばされた地図士”**じゃがな」
俺は、石板の一つに目を留めた。
そこには、
山を越える街道が刻まれている。
だが、
峠の手前で、
線が断ち切られていた。
「この道は……」
「魔境と、王都を繋ぐはずだった」
老人の声は、淡々としている。
「だが、
その道が完成すれば――」
彼は、目を伏せた。
「魔境の奥から、
“溢れるもの”が、
王都へ流れ込む」
「魔物?」
「それだけではない」
老人は、祠の奥を指差した。
「呪い。
病。
思想。」
リーナが、息を呑む。
「……人の往来が、
災厄を運ぶ」
「そうじゃ」
老人は、
俺を見る。
「地図士は、
“繋ぐ者”であり、
同時に――
**“遮断する者”でもあった」
石板の列を、
ゆっくりと歩きながら、
老人は続ける。
「王や、教会は言った」
――“便利だから”。
――“民のためだから”。
「だが、
すべての道を繋げば、
世界は壊れる」
俺は、拳を握りしめた。
「……だから、
道を消した?」
「違う」
老人は、はっきり言った。
「道を、選ばせた」
リーナが、低く言う。
「責任を、
地図士に押し付けた」
「その通りじゃ」
老人は、苦笑した。
「止めた道の先で、
誰かが困れば――
“地図士が止めた”」
「繋いで災厄が起きれば――
“地図士が繋いだ”」
俺は、歯を食いしばる。
「……逃げ場、ないな」
「だから、
多くの地図士が消えた」
老人の声は、
重かった。
「耐えきれず、
筆を折った者」
「選び続け、
恨まれ続けた者」
「あるいは――
消された者」
祠の空気が、
さらに冷える。
「じゃあ、この集落は?」
リーナが、尋ねる。
老人は、
祠の天井を見上げた。
「ここは、
“選ばなかった者たち”の避難場所」
「道を、
もう選べなくなった地図士と」
「選ばれる側になった者たちが、
一緒に隠れた場所じゃ」
俺は、
祠の奥の扉を見る。
そこから、
冷たい風が吹いている。
「その先は?」
老人は、
一瞬だけ、沈黙し――
答えた。
「まだ、止められていない道」
地図が、
低く警告を鳴らす。
【未処理路線:存在】
【影響予測:広域】
(……広域、だと)
老人は、
俺をまっすぐ見据えた。
「カイル」
「おぬしは、
すでに一つ、
道を“再開”した」
「次は――」
リーナが、
俺の横に立つ。
「次は、
あなたが選ぶ」
老人は、
ゆっくりと頷いた。
「繋ぐか。
止めるか」
「あるいは――」
祠の奥で、
風が強くなる。
「まったく、
別の描き方をするか」
地図が、
初めて見る表示を出した。
【選択肢:拡張】
【警告:前例なし】
俺は、
深く息を吸った。
――道を描くとは、
線を引くことじゃない。
世界の“行き方”を、
決めることだ。
それを、
俺は今、
突きつけられている。




