第12話 再開された道は、音を立てる
ペン先が、紙に触れた瞬間。
空気が――
確かに、鳴った。
耳鳴りのような低い振動。
足元の地面が、わずかに脈打つ。
【記録進行中】
【対象:旧街道・未到達区間】
【影響範囲:局所】
「……来るわ」
リーナが即座に判断する。
彼女は短く詠唱し、
小屋の内側に淡い光の膜を張った。
「簡易遮断結界。
外からは、中の様子が曖昧になる」
「助かる」
俺は、線を引くのを止めない。
消されていた道の続きを、
“かつて存在した形”のままなぞっていく。
すると――
【地形補正:発生】
【旧構造:再接続】
小屋の外で、
何かが崩れる音がした。
「……道が」
リーナが、息を呑む。
壁の隙間から見える林。
そこに、土に埋もれていた石畳が、
ゆっくりと姿を現していた。
「本当に……
道が、戻ってる」
俺は、喉の奥が渇くのを感じながら答える。
「“新しく作ってる”わけじゃない。
もともとあったものを、
思い出させてるだけだ」
その言葉を裏付けるように、
地図が静かに補足する。
【再記録:成功】
【歴史干渉:最小】
――最小。
だが、それで済むはずがなかった。
結界の外。
誰かが、はっきりと足音を立てた。
「三人。
武装あり」
リーナの声は、低く冷静だ。
「さっきの反応と同じ?」
「ええ。
でも……」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「教会とも、
ギルドとも違う」
地図が、追い打ちをかける。
【所属推定:私兵】
【指揮系統:貴族系】
(……早速、来たか)
扉の向こうで、
男の声が響いた。
「中にいるのは分かっている。
抵抗するな」
その声には、
躊躇も、迷いもない。
“捕らえる側”の声音だ。
「カイル」
リーナが、俺を見る。
「時間、どれくらい?」
「……あと、少し」
俺は、最後の線を引く。
旧街道は、
小屋の前を通り――
その先で、緩やかに森を抜ける。
【再開範囲:確定】
【効果:通行可能】
その瞬間。
扉が、
外側から凍りついた。
「――氷結魔法?」
リーナが眉をひそめる。
「違う。
魔道具よ」
彼女は即座に、対抗詠唱に入る。
「少し下がって」
次の瞬間、
結界が強く光り、
氷が砕け散った。
扉の向こうにいた三人が、
驚いたように後ずさる。
「なっ――魔法使いだと!?」
「後衛が、ただの案内役だと思った?」
リーナの声は、静かだ。
だが、明確に“戦闘態勢”だった。
俺は、地図を確認する。
【逃走経路:有】
【旧街道:再開済】
「リーナ、
道は繋がった」
「なら――」
彼女は、短く頷いた。
「走れるわね」
次の瞬間。
リーナが足元に魔法陣を描き、
俺たちの身体を包む。
「加速付与。
十秒だけよ」
十分だ。
俺たちは、小屋の裏手へ――
再開された旧街道へ飛び出した。
背後で、怒号が上がる。
「追え!
道が――!」
だが、その声は、すぐに困惑へ変わった。
彼らの知っている地図には、
この道は存在しない。
俺たちは、
“存在しなかったはずの道”を走る。
地図が、静かに告げた。
【追跡:困難】
【理由:認識不一致】
(……これが)
これが、
地図士が恐れられた理由。
追う者と、
追われる者。
同じ場所に立っているのに、
見ている世界が違う。
「カイル!」
リーナが、前を指差す。
旧街道の先。
木々の向こうに――
小さな石標が見えた。
刻まれているのは、
古い文字。
俺は、走りながら読み取る。
「……“この先、
道を知る者のみ進め”」
リーナが、息を切らしながら笑った。
「歓迎、されてるみたいね」
「悪趣味な、な」
だが。
俺は、確信していた。
この一歩で、
もう後戻りはできない。
再開された道は、
必ず――
次の何かを、連れてくる。
【注視対象:急増】
【次話予告:旧街道の先】
世界は今、
確実に俺たちを見ている。




