マーガレット・ベンバートン
「それで?ケニーはここで上手くやっていけそうか?」
ケニーがベンバートン家に仕えることになってから数ヶ月、部屋に紅茶を運んできたアントニーにクレイグはケニーの様子を聞いた。
「クレイグ様、それがですね……」
「なんだ上手くやれていないのか?」
「いえ、その逆です。仕事の覚えは早く、戦闘能力も高い、既に教えられることと言えば、この世界の知識と礼儀作法くらいのものです。」
「それほどか……」
「はい、父親の顔色を伺う生活が長かったせいか、とても気がききますし。幼い頃から仕事をしてきたおかげで物覚えもいい。理想の使用人かと……」
「劣悪な環境で育ったゆえの優秀さか……皮肉なものだな。……アントニー、ケニーをここに呼んでくれ、少し話をしたい。」
「かしこまりました」
俺は初めて訪れるクレイグ様の部屋を、アントニーさんに教えられた通り三回ノックした。
「入りなさい」
ドアを開け部屋に入り姿勢を正しクレイグ様の目を見て立つ。
「やぁケニー、使用人としての生活はどうだ?楽しくやれているか?」
クレイグ様は子供を心配する親のように、そう俺に尋ねた。
「楽しく働かせていただいています。……クレイグ様は少しお痩せにやりましたか?」
クレイグ様は頬に手を当て呟いた。
「そうか……そうかもな。最近は忙しくて食事が取れていない日もあったからな……そんなことよりだ。ケニー、お前を私があの日拾った理由は覚えているか?」
「マーガレット様と同年代の使用人が欲しかったから、と記憶しています。」
「そうだ。そこでだ、まだ覚えなくてはならないことも多いとは多いとは思うが、お前にはしばらくの間マーガレットの側仕えをしてもらう。」
「かしこまりました。」
「アントニー、マーガレットの部屋に案内してやってくれ。……ケニー頼んだぞ。」
アントニーさんに連れられ部屋を出る瞬間、ボソッとクレイグ様が何かを言った気がするが上手く聞き取ることはできなかった。
「ここがマーガレット様の部屋です。……ケニー、クレイグ様のためにもマーガレット様のことを頼みましたよ。」
アントニーさんは俺にそう伝えると三回ノックをして、返事を待ち扉を開き、俺だけが中へと入った。
「まずは、改めて自己紹介をさせていただきます。今日からしばらくの間マーガレット様のお世話をさせていただくことになりましたケニー・ボーマンです。」
「ご丁寧にどうも。」
「顔を合わせたばかりですが日々の業務に戻らせていただきます。御用の際は、この角笛を吹いてお呼びください、すぐに駆けつけますので。」
「わかったわ。」
マーガレット様との挨拶を済ませ、俺はアントニーさんとの特訓の日々に戻った。
「はぁ……」
アントニーさんの後ろを歩き仕草や行動、仕事を学んでいると食堂の扉の前でコックがため息をついていた。
「どうかしましたか料理長?」
「アントニーさん……私の料理は美味しくないのでしょうか……」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。どうかしたのですか?」
「マーガレット様が食事にほとんど手をつけていただけないのです!ふ、不満がある訳ではないのですよ!ただ……クビにならないか不安で……」
「クレイグ様はそのようなことでクビにはしませんよ。ただそうですね……ケニー、今から料理長と共に問題点を見つけてきなさい。」
「かしこまりました。」
俺は料理長にキッキンへと案内され、ベンバートン家の皆様に振る舞われる料理を見せてもらった。
「……疑問なのですか野菜は使わないのですか?」
料理長の作る料理は豪華な肉料理とバケット、そしてデザートだった。
「はぁ……確か君はスラムから来たんだったか。だったら知らんのかもしれんが野菜なんてものは貧乏人か家畜しか食べないんだ。我々使用人ならともかくあの御方にたちにお出しするようなものじゃないんだ。」
「……料理長、本日の夕食に私の料理を一つ加えさせていただけないでしょうか?」
「お前何を言ってるかわかってるのか?」
怒って当然だ、料理をすることが仕事の人間に七歳の子供が口出しをしているんだ……だけど!
「責任は自分でとるので、お願いします!」
「…………わかった。だが一つ条件がある、テーブルに並べる前に俺が試食する、それで俺が納得する味なら認めてやる!」
「ありがとうございます!それでは早速材料を仕入れてきます!」
「食材ならここに山ほどあるぞ?どこに行くんだ?」
「ここの領地に住む人たちに野菜を貰ってきます!けど、その前にマーガレット様とアントニーさんにお許しをいただかなければ!」
俺はその後、村に行く許可もらい村で野菜を手に入れ、なんだかんだで夕食の時間になった。
「どうして使用人のあなたがここにいるの?」
「本日は私がマーガレット様のために作らせていただいた料理があるので、特別に傍にいることをクレイグ様に許可をいただきました。」
俺がマーガレット様の少し後ろに立ってから数分が経つと次々と料理が運ばれ、最後に俺の作った料理が運ばれてきた。
「ケニー、これがお前の作ったという料理か?料理と言うには……その……なんだ、野菜をちぎって盛り付けただけに見えるんだが。」
「野菜をちぎって盛り付け、特製のドレッシングをかけたサラダという料理です。」
「私は平民の出だから野菜を食べるのに抵抗はないが……生まれた時から貴族のレジーナやマーガレットの口に合うかどうか……」
「大丈夫よあなた、ケニーが頑張って作ってくれたのでしょう、そのドレッシング?というものが何かは知らないけど勇気をだして食べてみるわ。」
ベンバートン一家はいつものように祈りを始め、祈りが終わるとナイフとフォークを手に持った。
「じゃあ早速、このサラダからいただくわね。」
そう言うとレジーナ様はサラダをフォークで刺して口に運んだ。
「………………」
「レジーナ?」
クレイグ様は黙って食べるレジーナ様の顔色を気にしている様子だ。
「驚いた……野菜ってこんなに美味しいのね!」
クレイグ様はレジーナ様の口に合ったのを見て、ほっと一息ついてからサラダを一口食べた。
「……うん!これは美味い!」
クレイグ様とレジーナ様、二人の口に合ったことで同席していた料理長は小さくガッツポーズをしていた。後はマーガレット様だが……。
「マーガレット様。余計なお世話かとも思いましたが、料理長に頼みマーガレット様の料理だけ量を減らしていただきました。」
「……どうしてそんなことを?」
料理長はクレイグ様に出すのと同じ量をレジーナ様とマーガレット様に出していた。子供……それも女の子が食べるにはあまりに多い、それに……。
「マーガレット様はダイエットをしているのではないですか?」
「……お茶会に来る子たちはみんなやってて、それで……」
年頃の女の子だ、当然のことだろう。だがしかし。
「……やはりそうですか。ですがマーガレット様!食事制限は逆効果ということをご存知ですか?」
「嘘ね。友達はみんな細いもの。」
「嘘ではありません。確かに一時的に理想の体型に近づくことができるかもしれませんが、長くは続かないのです。」
「……どうして、あなたにそんなことがわかるの?」
「私の世界では女性だけではなく、男性も体型を気にしていたので私も例外ではなく……って私の話はどうでもいいのです!食事を制限すると筋肉が減り汗をかきずらくなり、そして肌も荒れてしまいます。」
最後のダメ押しだ!
「レジーナ様をご覧ください、程よく筋肉があるおかげでスタイルはよく、肌もとても綺麗です。マーガレット様はレジーナ様が綺麗だとは思いませんか?」
「あら!」
照れるレジーナ様を見てクレイグ様が恐ろしい眼光でこちらを睨みつけてきた。
「もう、わかったわよ食べればいいんでしょ。」
マーガレット様がついにサラダに口をつけた。
「美味しい……」
「それはよかった。食事はバランスよく食べることで効果を発揮するので、無理をする必要はありませんが他の料理もしっかり食べることをオススメします。」
それから食事は数十分間続き、全員が完食したのを見た料理長に感謝の言葉を述べられた後にドレッシングのレシピを教えた。その後はマーガレット様も食事をしっかりとるようになり、俺はたまに料理長に呼ばれキッチンで前世の料理をペンバートン家の人達に振る舞うこととなった。




