父の悩み
ちょい短
クレイグと名乗る領主は「後日迎えに来るから準備しておけ!」と言い残しその場を後にした。
「準備をしておけと言っただろう……そんな少ない荷物でいいのか?」
後日、言葉通り護衛と共に迎えに来たクレイグさんは先日とは違いいかにも領主らしい格好でスラムに迎えに来た。
「申し訳ありません、私どもはスラムで生まれスラムで育った身ゆえ手荷物が少ないのです。」
「そうか……そうだったな、すまなかった。」
「いえ、謝らないでください。それよりも本当によろしいのですか?父の借金だけではなく、弟たちまで……。」
「それは先日も言っただろう!私はお前を気に入ってしまったんだ。これ以上の理由は必要か?」
「いえ、充分です。ありがとうございます。」
俺はせめて敬意だけでも払おうと、深々と頭を下げた。
「準備はできたようだな。ではケニーお前は私と共に馬車に乗れ。もう一つの馬車には私の部下のシリルが子供たちと乗っていく。」
「クレイグ様お待ちください!私は子供が苦手なのです。どうか別の者に!」
「そうか!そうか!五千の大軍を前に怯まないお前にもそのような弱点がな!だが、ダメだ!ケニー、馬車ね乗れ出発だ。」
クレイグはさんはシリルさんの申し出をキッパリ断り、俺を乗せて馬車を走らせるよう命令した。
「あの、クレイグ様。弟たちが不安がるといけないので、できれば私もあちらの馬車に乗りたいのですが……。」
「向こうにはシリルが乗っているから心配する必要はないぞ。それに、館に着く前に尋ねたいことがあってな。」
「なんでしょう?」
「ケニー、お前には前世の記憶があるのではないか?」
「え?」
「変な話に聞こえるかもしれんが、この世界では稀にあることなんだ。ある日を境に別人のように振る舞う子供が現れることは。」
俺はこの世界に来てから、誰にも転生したことを話していなかった。隠していたわけではない、話す相手がいなかった。だが、この人になら話してもいいのかもしれない、否、話さくてはいけない。
「実は……」
俺は別の世界の記憶を持つことと、この世界に来てからのことを余すことなく説明した。
「そ、そうか……前世の記憶という意味だったんだが。まさか、別の世界とは……お前はどう思うアーノルド。」
クレイグさんは馬の手網を握っている五十代くらいの細身の男に話しかけた。
「スラムで生まれたとは思えない言葉遣いですし、嘘にしては詳細がハッキリしているように感じます。」
「私もそう思う。兎にも角にも前世の記憶を持っているお前を私は子供扱いするつもりはない。もちろん肉体的に無理なことはさせるつもりはないが、同年代の子供と同じ様に扱うことはないことを承知してくれ。」
「私もその方が気持ちが楽です。」
「よろしい。帰り次第、そこにいる執事長のアーノルドがケニーに執事の仕事を教えることになっている。」
「よろしくお願いいたします。」
ただの御者だとは思っていなかったが、まさか執事長とは……。
「ケニー。娘はここ最近、口数が極端に減ってしまった。原因は分かっているが、私が口を出して解決する問題ではないのだ。昔の娘に戻してくれなどと無茶な要求をするつもりはない、ただ娘のそばで支えてやって欲しい。」
きっとこれが親心というものなのだろう。善司として生きていた時もケニーとしてこの体に宿った後も父親に向けられることのなかった感情だ。
「できる限り頑張ります。」
クレイグさんは深く頷いみせた。
「ケニー、あれを見てみろ。あれが今向かっている、我がベンバートン家の領地だ」




