第8話 テスト地獄突入!? 探偵部、脱・赤点大作戦ですの!
五月も終わりに差し掛かったある日。
天気はぽかぽか。風はさらさら。空はどこまでも青くて、眠気がスーッと忍び寄ってくる午後。
「…………」
部室には、妙な沈黙が漂っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
全員、机に肘をついたまま、天井を見上げている。
誰も言葉を発さない。
ただ、ひとつだけ、共通していることがある。
そう、みんな……**“気づいてしまった”**のだ。
「……あと、5日……?」
真白が口を開いた。声はか細く、魂がどこかへ抜けそうなテンション。
「なにが、5日……?」
しおりがぼんやりと返す。
「中間テスト……あと5日ですの……」
部室に、凍りつくような沈黙が走った。
「……」
「……」
「……」
「うわああああああああああああああ!!!!」
茜の叫びで、全員が現実に引き戻された。
「ちょっ……なんで誰も言ってくれなかったの!?」
「いや言ったじゃん、先週。『そろそろ範囲出たよ〜』って私言ったよね!?」
「でも私、聞いたけど耳が拒否してた!!」
「それもう心の問題!!」
「おちつけ、皆の者……!」
真白が立ち上がる。珍しくカリスマ感がある。
「テストなど、知性を持って立ち向かえば、恐るるに足りませんわ!」
「……成績、何点だったの?」
「前回の数学、赤点スレスレでしたの……」
「おまえが一番恐れよ!!」
探偵部は、緊急作戦会議——改め、**“勉強会”**を開催することになった。
「いい? 目標は“平均点以上”。
赤点は“探偵としての名誉”に関わるわよ!」
雪(私)は、ホワイトボードにでかでかと書いた。
《目標:全員生きて帰る》
「なんかサバイバル感あるけど……いいわ。賛成ですの!」
「え、これ何教科からやる? 私、理科から潰したい」
「私は数学やばい……前回“Xが泣いてた”ってコメント書かれた」
「数学で感情移入されたの!?」
まずは、過去のプリントと教科書を並べて、手分けして問題を解いてみることにした。
——が。
「あれ? 私のノート……ない?」
ふと真白が周囲を見渡す。
「確かに持ってきたんですの。ちゃんとカバンに入れて……」
「どのノート?」
「社会ですの。先生が“出す”って言ってたプリントも全部まとめて——」
「え、それって——」
「わたし、それ今朝見たかも」
しおりがゆる〜く手を上げた。
「机の上にポツンと置いてあったから、“忘れ物かな〜”って思って、職員室前の棚に置いてきた」
「な、なぜ勝手に保管場所を変えますのーーーーーー!!!?」
「だって……風がそうしろと……」
「風のせいにするなーーー!!!」
そんな騒動が落ち着いたかと思いきや——
「……ねぇこれ、数学の答え……1問目から間違ってるんだけど」
雪が静かに言う。
「え? それ私が作った問題集だよ? なんか変?」
「1+1が3になってる」
「うん。気持ち的には3だなって思って」
「気持ちで数式を捻じ曲げるな!!」
結果、勉強会はツッコミ大会と化し、肝心の勉強はほとんど進まなかった。
「もうダメだ……私たち、探偵部だけど、学力は迷宮入りですの……」
「誰がうまいこと言えと」
しかしこのとき、さらなる異変が起こる。
「……あれ? この問題集、誰かが書き込んでる?」
雪が手に取った1冊のワークには、他人の字で書かれた解答とメモがびっしりと残されていた——
「これ、私の字じゃない。絶対に書いた覚えない」
雪が問題集を指差しながら眉をひそめる。
「えぇー、でもめっちゃ丁寧だよ? “解法のコツ”って赤字で書いてある」
茜が興味津々でのぞきこむ。
「“この問題はトラップです。出題者の罠に注意”って……え、何この熱血指導感」
「ちょっと待ってください、それ……私の問題集ですわ!!!」
「え? じゃあ私が間違えて持ってきたの?」
「いや、私の机の上に置いたはずなのに……」
全員が沈黙する。
「……まさか、部室に忍び込んだ誰かが……」
「いないよ!? 鍵閉めてるし、そんなホラー展開いらないから!!」
「っていうか、“誰かが書いた”って話だけど……」
しおりがぼそっと言った。
「私、書いたかも」
「えぇええええええ!?!?」
「真白が前に“これわからない”って言ってたの、覚えてたから……
昨日、自分の勉強ついでにメモ書いておいたの。置きっぱなしだったから」
「いや、優しさの押し売りーーーー!!」
「ご、ごめん……勝手に見たのは悪かったけど、でも一応“対策の一環”だったの」
真白は一瞬きょとんとしたあと、何かに感動したように目を潤ませた。
「しおりさん……それって……友情ですのね!?」
「……風が、そう言ってる」
「もうそれ言いたいだけだよね!?」
「いやでも、ちょっと嬉しい……」
真白がぽそりと呟いた。
「私、いつも“自分は完璧”って思ってたけど……
実はけっこう“みんなに助けられてる”のかもしれませんわ……」
「その気づき、遅いけど尊いね」
茜がぽんと肩を叩く。
翌日からの放課後。
探偵部はなんだかんだで真面目に勉強モードに突入した。
「この地理問題、“アマゾン川の支流を3つ答えよ”って……こんなの出る!?」
「私、“アマゾンの気持ちになって書け”って言われた気がしてきた……」
「お前らの脳内どうなってるの!?」
最初は騒がしかったものの、徐々にノートを見せ合い、問題を出し合い、
誰かの間違いに全員でツッコミながら、笑って学ぶ空間ができていた。
「数学って……怖くないかも……」
真白が小声で言う。
「そりゃあ、自分の字で“解法のコツ♡”とか書いてあったらな」
「それは、しおりさんが書いたのですの!!!」
「もはや人格が混ざってるよ!!」
そして——テスト当日。
私たちは無言で答案と向き合った。
(きっと大丈夫。昨日、めちゃくちゃ笑って、めちゃくちゃ学んだから)
そう信じて、問題に向かう。
◆
テスト終了後。
部室にて、茜が机に突っ伏していた。
「おつかれ……どうだった?」
「国語が死んだ……“作者の気持ち”が分からなかった……」
「いつも“風の気持ち”は感じ取るくせに、そこはダメだったんだ……」
一方、真白は腕を組んで満足げな顔。
「フフフ……私、今回こそは赤点を回避してみせましたの……!!」
「その“回避”が目標になってるの、もうちょっとどうにかして」
「しおりは?」
「私は……風に導かれて、なんとか全教科終わらせた」
「っていうか全部“風のせい”にすんのやめて!? 合格ライン、風、吹いてくれないからね!?」
◆
その日、ホワイトボードには、雪がこう書いた。
《目標:全員生きて帰った(たぶん)》
テストという名の戦場を、
探偵部は友情とツッコミと、ほんの少しの知性で乗り切った。
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