第1話 探偵部へようこそ!……って私、まだ入るとは言ってませんけど!?
春。桜。入学式。
新しい制服の襟が少し硬くて、なんだかソワソワする。
私、片瀬 雪は、今日からこの――
聖ルミナス女学院という、由緒正しきお嬢様校に通うことになった。
ピカピカの正門。薔薇が咲き誇る中庭。すれ違う生徒たちは、皆「ごきげんよう」と挨拶を交わしている。
まるで漫画の世界だ。
いや、もはや現実離れしてるレベルで、何もかもが整いすぎている。
「よーし、目立たず、静かに、平和に過ごすんだ。トラブルとは一生関わらない……!」
私は誰にともなく小さく誓った。
その1週間後。
「ごきげんよう、あなた。今日から探偵部に入部なさいませ♡」
予想の2000倍くらいでトラブルが発生した。
* * *
銀色の髪をふわりと揺らし、完璧な笑みを浮かべて立っていたのは、クラスメイトの一人の少女だった。
その制服の着こなし、立ち振る舞い、声のトーン……すべてが“正真正銘のお嬢様”って感じで、思わず見とれてしまいそうになる。
が。
言ってる内容は完全に意味不明だった。
「……え?」
「ふふっ。驚かれましたか? 無理もありませんわ。ですが、あなたの目――素晴らしい探偵の資質を感じましたの。そう、閃きと冷静さと、何よりツッコミ力が高そうなところが!」
「最後のが全然関係なさそうなんですけど!?」
「ごきげんよう。私、鷺ノ宮 真白。この学園で唯一の“探偵部”部長を務めておりますの」
「初対面の相手にサラッと部活を押し付けないで!?」
「もう入部届は出しておきましたから、安心なさいませ♡」
「え、勝手に!? え、私の名前使って!? それ犯罪じゃない!?」
……なんでだろう。
まだ入学初日なのに、既にすごく疲れてる気がする。
【第1章】探偵部、カオスの幕開け
逃げよう。さっさと距離を取ろう。
そう思って一歩後ろに下がったら――
「ほら、こっちですわ! ティータイムを楽しみながら、部活動の説明をいたしますわね♪」
「勝手にリードしないで!? 腕引っ張らないで! ちょ、わ、わああああああ!?」
気づいたら、私は謎の部長に手を引かれながら学園の奥地へ連れていかれていた。
そしてたどり着いたのが――
「こちらが探偵部の部室ですわ♡」
……なんか、すごく、ボロい。
綺麗に整備された校舎の端っこ。苔むした旧館の一角。
木造のドアを開けた瞬間、きしむ音と同時に謎のホコリが舞った。
……ここ、本当に公式の部活?
っていうか、もしかして非公認?
「ふんふんふーん♪ 真白部長、新人っすか?」
突然、部室の奥から元気な声が響いた。
現れたのは、肩までのポニーテールを揺らしながら走ってきた快活そうな子。
「自己紹介! 犬飼 茜、同じく一年! 好きなものは体育と唐揚げとパンチ! 特技は現場に突撃すること!」
「最後のちょっと待って、怖い怖い!?」
「ねえ先輩、今度の事件はなに!? 爆発系!? 失踪系!? それとも……呪い!?」
「え、なんで最初から事件がある前提なの!?」
戸惑う私にさらに追い打ちがかかる。
今度は奥の机でじっと何かを見つめていた子が、ひょこっと顔を上げて――
「……あ、新しい電波、来てるね」
「電波!? え、何? Wi-Fi的な意味? それとも比喩? ていうか誰!?」
「天城 しおり。1年。よろしく。宇宙の流れ、読めるタイプ」
「絶対読めないやつだーーー!!」
私は叫んだ。自然と叫んでいた。
というか、叫ばずにはいられなかった。
なんなのこの部活!?
この人たち、本当に全員1年生!?
入学早々、なんでこんなハイレベルなカオス空間に迷い込まなきゃいけないの!?
「雪さん、どうぞこちらにお座りなさい。紅茶をお淹れいたしますわ。さあ、今日の事件について考察いたしましょう♡」
「って、何その当然みたいな流れ!? まだ入ってないってば!!」
そして、私は気づいた。
この部活、
まともな人間がいない。
いや、いた。
——私だけが、まともだった。
部室の空気は、ほんのりと紅茶の香りに包まれていた。
優雅なカップを掲げる鷺ノ宮真白。
筋トレ中なのか腕立てを始める犬飼茜。
謎のパズルのピースをじっと睨んでいる天城しおり。
そして私は——ソファの隅で膝を抱えていた。
「……帰っていいかな」
「ダメですわよ♡」
即答だった。
「いいですか、雪さん。探偵部とはすなわち、真実を追い求める者の集まり。これは人類の叡智の結晶、情熱とロマンの具現化ですわ!」
「いや、まだ私、入ってないって……」
「今日から貴女は、名探偵候補生その1として正式に活動を開始するのですわ!」
「その1って何!? 他にもいるの!? 私、そんな枠に応募してたっけ!?」
すると、腕立て伏せを終えた茜がキラキラした目で振り返ってきた。
「ようこそ雪ちゃん! 仲間が増えてうれしいよー! これで調査も張り込みも3人でできる!」
「3人目にされた……!」
「……あ、なんか来てる」
今度はしおりが、天井を見上げてぼそりと呟いた。
「また電波? まさか宇宙からのメッセージとかじゃないよね……?」
「ちがう。カレーが……消えた」
その瞬間、真白の手からティーカップがガチャンと落ちた。
そして、机をバン!と叩く。
「……まさかっ、カレーが!??」
「え、いや何その反応!? そこまで大事件なの!? カレーだよ!?」
「お昼の学食の名物、**特製ごきげんビーフカレー(トリュフ風味)**が……! それが消えるなんて、これは由々しき大問題ですわ!」
「名前がもう面白いんだけど!?」
「聖ルミナスの誇る伝統の味! 百年の歴史があるのですわよ!?」
「ほんとに!?」
すると、茜が腕を組んで唸った。
「……これは……事件の香りがするね」
「うわ、真面目な顔してる。絶対ろくなことにならない……!」
「行こう! 現場に急行だ! 名探偵は、鍋を見るべきだと思う!」
「何その独自理論!? “名探偵は鍋を見る”って初耳なんだけど!」
気がつけば全員が立ち上がり、謎の使命感で動き始めていた。
私も……巻き込まれるんだろうな。知ってる。
* * *
——場所は学食の厨房前。
なぜか堂々と侵入している探偵部一同。
(これ、本当に許可取ってる?)
「うーん、なるほど。お鍋が空っぽだね!」
茜が鍋の中を覗き込みながら感想を述べる。
「だからそれ最初から言ってるでしょ!? っていうか、普通の調理室に勝手に入ってるの大問題だよ!?」
「ふむふむ……この鍋、底が光ってますわね。これはもう、宇宙人の仕業に違いありませんわ!」
「唐突な宇宙説やめて!!」
「雪ちゃん、宇宙にロマンを感じないの?」
「感じるけど! だからってカレー消えた原因が宇宙人は飛びすぎでしょ!」
そのとき、学食のおばちゃんが厨房に戻ってきた。
「あれ、あんたたち、なんでここに? 掃除終わったけど……?」
「……え?」
全員が固まる。
「ごきげんよう。探偵部ですわ。カレーの件、調査しておりますの」
真白が即答した。
「ああ、それなら……ごめんねぇ、明日は臨時休業で、お昼に出す予定だったカレー、食材室に移しちゃったのよ」
「…………」
「…………」
「…………え?」
「ええ!? じゃあ消えたんじゃなくて、片づけられただけ!?」
「……あっはっはっはっ! よかったぁ〜! 事件じゃなかった〜!」
茜が笑顔でガッツポーズする。
「いや、良くないでしょ!? 何この全力の空振り捜査!!」
真白が静かに紅茶を一口飲んでから言った。
「……ふふふ、これは“前兆”ですわね」
「やっぱまだ続ける気なんだ!?」
「この世に、偶然など存在しません。全ての出来事は繋がっているのですわ」
「カレーが片づけられただけでも!? それでも!?」
しおりがぼそりとつぶやく。
「……トリュフ風味……どこいったのかな……」
「それはただの未練!!」
* * *
部室に戻ったあと、私は思った。
すごい。こんなに疲れる部活、初めてだ。
でも、なんだろう。
ちょっとだけ、面白かったかもしれない。
「……ねぇ、ほんとにもう、入部届って出しちゃってるの?」
「もちろんですわ♡ 校内システムにちゃんと登録されておりますわ」
「まじでか……」
「ふふふ、もう後戻りはできませんのよ、片瀬雪さん」
はあ、とため息をついて私はソファに倒れ込む。
でも、口元がちょっとだけ笑ってしまったのは……
多分、あの3人がバカすぎて、ちょっと癒されたからだと思う。
「よーし、次いってみよーっ!!」
次の瞬間、探偵部の暴れ馬こと犬飼茜が、校舎の廊下を全力疾走していた。
……何が“次”なのかは誰にも分かっていない。
「待って、茜!? 今度はどこに突撃しようとしてるの!? 何が始まってるの!?」
私は慌てて後を追う。探偵部に“冷静に移動する”という概念は存在しない。
「次は! 購買部のメロンパンが急に売れ残り始めた件を調査するよ!!」
「それ日常現象じゃない!? 普通に“味が落ちた”とかの可能性あるやつじゃない!?」
「甘いね、雪ちゃん! “味が落ちた”と見せかけて、実は……購買のおばちゃんが入れ替わっていたらどうする!? つまりこれは、偽メロンパン事件だよ!」
「さっきから“事件”ってつけとけばなんでも成立すると思ってない!? そのノリ、すごいクセになるけども!!」
追いかけるうちに、なぜか私たちは学園の裏庭までたどり着いていた。
「あれ? 購買部って校舎内じゃ……?」
「裏ルートで入るのがプロっぽくてカッコよくない?」
「プロの探偵はそんな侵入の仕方しないと思うよ!?」
そのとき、後ろから静かな足音が近づいた。
「……空から見ると、ここ、ちょっと不自然な線が走ってるよ」
「しおり!? 今度はどこから湧いたの!? ていうか“空から見ると”ってどういう状況!?」
「さっき屋上にいた。風と会話してたら、見えた」
「説明になってないよ!?」
「……っていうか、いつの間にか真白は!? どこ行ったのあの部長!?」
私が叫ぶと、すぐ隣の木の陰から優雅な声が聞こえた。
「ここですわよ。わたくしは張り込み中ですの」
「なんで影に潜んでるの!? 忍者!? 名探偵ってステルス能力必要だっけ!?」
「重要な捜査ほど、姿を消すべきですの」
「いや今、めっちゃ堂々と話してるじゃん!? 丸見えだよ!?」
――そのとき。
「探偵部、ちょっとお話があるのですが」
後ろから、冷たい声が降ってきた。
振り返ると、そこには完璧に整えられた黒髪を揺らしながら、
腕を組んでこちらを睨む少女が立っていた。
生徒会腕章をつけた、その少女は明らかに“格が違う”オーラを放っている。
「生徒会執行部の者です。これ以上、校内で勝手な行動を取るのはお控えください」
「おっと、キタねー」
「キタって何!? 知ってたの!? 追われてたの私たち!?」
「生徒会っていうのはね、伝説のモンスターみたいなもんだよ。強くてカタイ」
「雑な説明やめて!?」
「あなたたち、今朝から許可なく厨房を覗き、廊下を走り、屋上を徘徊し、購買部に不審接近しようとし……裏庭で張り込み?」
生徒会の子が手帳を見ながら読み上げていく。
「ちょ、なんで行動バレてるの!? 監視社会!? 聖ルミナスってディストピア!?」
「ふふっ、これは……情報統制のにおいがしますわね……!」
真白が謎のポーズを決めながら言う。
「それ陰謀論者の構えだから!! やめて!!」
「……ですが」
生徒会の少女は、ぴたりと足を止めた。
そして、じっと私たちを見て——なぜか少しだけ、口元を緩めた。
「メロンパンの件、気づいたのは意外と鋭いですね」
「え、まさか本当に“偽メロンパン事件”だったの!?」
「……いえ、納品ミスで3日前のパンを出してしまっていたそうです」
「うわああ、そっちはそっちで普通に事件だった!!」
「とにかく、校内での捜査活動は、生徒会への報告と許可を前提としてください。それが“聖ルミナスのルール”です」
「う……ぅ……」
初めて真白が押し黙る。
あのポンコツ名探偵(自称)ですら、相手が“生徒会”となると流石に強く出られないらしい。
「……でも、生徒会のお姉さんも、ちょっとだけ楽しそうに見えたよ?」
しおりがぽつりと呟いた。
「え、そう? どこが?」
「……目が、ね」
……真偽はともかく、たしかにあの生徒会の人。
去り際に、少しだけこちらを振り返って、微笑んだように見えた。
なんなの、この人たち。
なんなの、この部活。
なんなの、この学園。
なのに。
なぜだろう。
私、今ちょっとだけ、ワクワクしてる。
探偵部の活動はめちゃくちゃだけど、
どこか楽しそうで、誰も悪意がなくて、
“バカなことを全力でやってる”空気があって。
——私、案外こういうの、嫌いじゃないかも。
「……ねぇ、雪ちゃん。これから部室戻って歓迎会しようと思うんだけど、いいかな?」
茜がニッコニコで聞いてきた。
私の返事は、ほんの少しの間を置いて。
「……わかったよ。でも、ケーキは甘さ控えめにしてね」
午後五時。部室にて。
私は、ふたたびソファの上で脱力していた。
歓迎会という名目で出されたのは、
茜が購買で買い占めてきた菓子パンと、お嬢様部長が持ち込んだ謎のフルーツティー。
そしてしおりが作ってきた**「水ようかんに漬けたマシュマロ」**なる前衛スイーツ。
カオス。総じてカオス。
「いや、甘さ控えめって言ったのに……何これ……歯が溶けそう……」
「それはね、“脳内回路を活性化させる”レシピなんだよ」
「科学的根拠ゼロッ!!」
茜はコーラを一気飲みしながら満面の笑顔だし、
真白はというと、ティーカップ片手に謎のノートを開いている。
「ふむ……今日の捜査記録は以下の通りですわね。
・カレー消失未遂事件
・メロンパン売れ残り事件
・生徒会からの警告事件
・しおりさんの“電波受信”による混乱事件」
「それ最後、事件じゃなくていつものことじゃない!?」
「……でも、記録しておくことが大事だから」
しおりがぼそっと言いながら、マシュマロようかん(仮)を一口つまむ。
私はもう抵抗をやめて、紅茶をひとくち飲んだ。
意外にも美味しい。くやしい。
「……ねえ、真白さん」
「なんですの?」
「この部って、正式な部活なの?」
「いえ、非公認ですわ♡」
「堂々と言わないで!? つまり勝手に活動してるだけなの!?」
「校内に届けは出しましたのよ? 通ってないだけですわ」
「じゃあやっぱり勝手じゃん!!!」
「でも……ねえ、雪ちゃん」
茜が急に真面目な声で言った。
「この部活、めっちゃ面白いと思うんだよね。変な人ばっかだけどさ」
「自覚あるんだ……」
「私、中学までは“元気だけが取り柄”って言われてたんだけど、
ここに来てから、変な元気でもいいんだなって思えてさ」
しおりも小さく頷く。
「……みんなで一緒に動くの、好き」
そして、真白がそっとティーカップを置いた。
「わたくし、小さいころから“完璧でいなさい”って言われて育ちましたの。
でも、完璧って……とても退屈なんですのよ」
ふと、私の胸の奥に、何かが触れた。
お嬢様学校に入ったのは、“ちゃんとした人間”になりたかったから。
静かに過ごして、目立たず、波風立てず、いい高校生活を送りたかった。
でも、今日一日だけでもう——その予定は完全に崩れ去った。
なのに、私は今、笑っている。
この部室で。
この変人たちに囲まれて。
カオスでめちゃくちゃな日常の中で。
「……ねぇ、雪ちゃん」
真白が、いたずらっぽく笑って聞いてくる。
「正式に入部、してくださる?」
私は一瞬、考えるふりをした後で、
軽く笑って、紅茶をもう一口。
「——ま、いっか。入ってやるよ」
「やったーー!!」
「ふふふっ」
「ごきげんよう。これで探偵部は……ついに四人ですわね♡」
パチパチパチ、と手を叩いて拍手する3人。
そして私も、思わず小さく笑ってしまう。
正式な部活じゃなくても。
事件がなくても。
騒がしくて、意味がなくて、でも楽しい。
ここが、きっと——私の“居場所”になるんだ。
面白いな、気になるな、と思っていただけたら、
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