第18話 消えた学園マドンナ!? 探偵部、失踪事件を追え!
朝の聖ルミナス女学院は、いつもよりざわついていた。
廊下を行き交う生徒たちがひそひそと声を潜める。
「ねえ聞いた? 美羽さまが……」
「今朝から姿が見えないんだって」
「コンサート、どうなるのかしら……」
——美羽さま。
それは学院音楽科2年、**篠原美羽**のこと。
端正な顔立ちと透明感ある歌声で、全学年の憧れを集める存在だ。
その美羽が、朝のホームルームに現れず、連絡も取れないというのだ。
「これはただ事じゃありませんの!」
探偵部部室で、真白が机を叩いた。
「来週の学院記念コンサート、ソロの大トリを務めるのは美羽さまですの! 消えたままじゃ大騒ぎになりますの!」
雪は紅茶を一口すすり、落ち着いた声で言う。
「だからって私たちが捜すの? これは警察とかの仕事じゃ……」
「ですが、警察を呼ぶほどの時間は経ってませんし、学院側は事を荒立てたくないでしょう」
しおりが冷静に補足する。
茜は腕を組みながら窓の外を見た。
「それに……こういうの、放っておけないでしょ?」
こうして——探偵部による学園マドンナ失踪事件の捜査が始まった。
最初に訪れたのは音楽棟。
ここは美羽が日々レッスンしている場所であり、最後の目撃情報もこの近くからだった。
音楽科の生徒、リリア先輩が証言してくれる。
「昨日の夕方、旧音楽室の前で美羽と誰かが話していたのを見たの。
相手は……顔までは分からないけど、たぶんこの学園の生徒じゃないと思う」
「どうしてそう思ったんですの?」
真白が身を乗り出す。
「制服が違ったの。うちのじゃないし、見慣れないデザインだったから」
旧音楽室は今は使われておらず、鍵がかかっている。
雪たちは管理人の許可を得て中を調べた。
——ほこりっぽい空気。
だが、床には最近ついた足跡が二人分。
しかも、その片方は途中で途切れていた。
「ここから先、足跡がない……どういうこと?」
「窓から出た可能性がありますの」
真白が窓を開けると、外は中庭に面した芝生。
そこには確かに片方の足跡だけが、芝の上に続いていた。
「もう片方は?」
茜が首を傾げる。
「——消えてますね。これは意図的に足跡を消したか、あるいは……」
しおりの言葉に、全員の背筋が少しだけ冷えた。
学院の許可を得て、美羽の住む寮の部屋へ向かった。
音楽科専用の寮は、白壁とアーチ窓が美しい洋館風の建物だ。
部屋の鍵は寮母さんが開けてくれる。
中は整然としていた——が、妙な違和感があった。
「……生活感が、薄いですわね」
真白が言う通り、机の上には譜面とメトロノーム、棚には整然と並んだ楽譜。
衣類もクローゼットにきっちりと掛けられ、散らかっている様子は一切ない。
「失踪っていうより……計画的に出て行った感じがする」
雪は部屋を見回しながら呟く。
机の引き出しを調べると、革の表紙の日記帳が見つかった。
ページを開くと、美しい丸文字で日々の練習や出来事が綴られている。
だが、一週間ほど前から、文章の端々に奇妙な言葉が混じり始めていた。
“歌えば歌うほど、檻が狭まっていく”
“逃げたい場所がある”
“あの窓の向こうに、私を迎えに来てくれる人がいる”
「檻……って比喩ですかね?」
茜がページをめくる手を止める。
最後のページには、地図のような落書きが描かれていた。
旧音楽室の周辺と、その奥にある森の入り口らしき場所。
そこに小さく“鍵”と書かれている。
「鍵……? これが“逃げたい場所”のヒントですの!」
真白の目が輝く。
雪は日記帳を閉じ、全員を見渡した。
「次は森を調べよう。そこに——美羽の行き先があるはずだ」
学院の裏手に広がる小さな森は、生徒たちの間で「迷いの林」と呼ばれている。
立ち入りは禁じられているが、休日には抜け道として使う生徒も少なくない。
「地図によると、この辺りが“鍵”の場所のはず……」
雪は日記の落書きと照らし合わせながら、足元の落ち葉を踏みしめた。
森の奥、ひっそりと佇む石造りの小屋を発見する。
入口の扉には古びた南京錠——その鍵穴は、旧音楽室で見つけた足跡が途切れたあたりの窓枠と同じ形状だった。
「つまり、旧音楽室からここまで来たってこと?」
茜が扉を軽く叩く。
中から反応はない。
しおりが南京錠を観察する。
「美羽さんが“鍵”と書いたのは、この場所のことではなく、ここを開ける方法を指していたのかもしれません」
「じゃあ開け方は……?」
真白が周囲を見回すと、小屋の横にある石像の台座に、小さな引き出しがあった。
開けると、中には古びた銀の鍵が一つ。
「これですの!」
鍵を差し込むと、カチリと軽い音がして南京錠が外れた。
扉を押し開けると、埃っぽい匂いと共に、譜面台と折りたたみ椅子が見えた。
小屋の隅には、ペットボトルの水と保存食、毛布まで置かれている。
「これ……完全に隠れ家じゃない」
雪が低い声で呟く。
だが、美羽の姿はなかった。
代わりに、譜面台の上に置かれた封筒を見つける。
雪が封を切ると、中には短い手紙。
“私を探さないで。あのステージには立てない”
全員の表情が、同時に引き締まった。
手紙を握りしめたまま、雪は深く息をつく。
「……立てない、ってどういう意味なんだろう」
「ステージに立てない理由は、怪我とかじゃないですの?」
真白が小屋の中をさらに探ると、毛布の下から分厚いファイルが出てきた。
中には、コンサートの楽曲スケジュールや、音楽科の内部資料——
そして、一枚の診断書が挟まっていた。
“声帯炎症による発声制限 安静期間:2週間以上”
「……これか」
茜が低く呟く。
「歌えない状態で、しかもコンサート本番が迫ってる。逃げたくもなるよね」
しおりは診断書をそっと閉じ、譜面台の上の譜面を手に取った。
「この曲……来週のソロ曲ですね。何度も練習した跡があります」
その時、外から微かな足音がした。
雪たちは目を見合わせ、小屋の扉を開ける。
そこに立っていたのは——美羽本人だった。
少しやつれた表情に、驚きの色が浮かんでいる。
「……どうしてここが分かったの?」
雪は日記と地図、手紙のことを説明した。
美羽は一瞬、視線を落とす。
「……歌えないの。声帯を痛めて、このままじゃ本番で失敗する。
みんなの期待に応える自信がなくて……消えちゃいたかった」
真白は両手を腰に当てて、まっすぐに言った。
「それなら、みんなに事情を話せばいいですの!
あなたがいなくなったら、もっと大騒ぎになりますの!」
茜も頷く。
「逃げても解決しないし、きっと周りも支えてくれるよ」
しおりは柔らかく笑った。
「ステージに立つ形は変えられます。歌わなくても、存在で会場を支えることはできますよ」
美羽はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をつき、笑った。
「……ありがとう。戻る勇気、少しだけ出たかも」
エピローグ
コンサート当日。
大ホールの舞台袖で、美羽は深呼吸をしていた。
歌うのではなく、司会進行役としてステージに立つ——それが彼女が選んだ形だった。
「緊張してます?」
雪が声をかけると、美羽は微笑んだ。
「少し。でも……逃げなくてよかった。ありがとう、探偵部のみんな」
幕が上がり、美羽は堂々とステージ中央へ進み出る。
その姿に、客席から温かい拍手が湧き上がった。
舞台袖で見守る4人は、目を合わせて小さくガッツポーズ。
真白がひそひそ声で言う。
「やっぱり人を見つけ出すのは得意ですの!」
「……でも次は、もうちょっと平和な依頼がいいな」
茜が苦笑すると、雪としおりもつられて笑った。
こうして——学園マドンナ失踪事件は、無事に幕を閉じた。
だが、探偵部の日常が静まる暇はない。
次なる“面白そうな依頼”は、もうすぐそこまで来ている——。




