第9話 平和すぎて事件がない!? 探偵部、ヒマつぶし大作戦ですの!
その日、聖ルミナス女学院の空は、びっくりするほど青かった。
風もそよそよ。鳥もぴぴぴ。購買の焼きそばパンは今日も瞬殺。
そして——
「……ヒマですのねぇ」
探偵部部長・真白が、ソファに埋もれながら天井を見つめていた。
「……ヒマだねぇ」
副部長・しおりも、窓辺で風と語らいながら同じことを呟いていた。
「……暇すぎて、1限の家庭科で計量スプーンの音に感動してたもん……」
茜がクッキーをかじりながらぼそり。
「私は、ホームルームの黒板に“×=バツ”って書いてあったのに3分くらい笑ってた」
私、片瀬雪は自分でも病んでるのでは?と思った。
そう、テストが終わって数日後。
突発的な事件もなく、怪しい依頼もなく、先生たちも警戒ゼロ。
——つまり、完全なる平和。
「なんでこんなときに事件が起きないのよ!」
真白が突如ソファから跳ね起きた。
「むしろ、こういうときこそ何か起きてくれませんと、私たち“活動してる意味”がありませんの!」
「いや、そんなに張り切られても……」
「そもそも探偵部って、事件がなかったらただの女子会じゃない?」
茜が無駄に深いことを言い出す。
「それでいいじゃん。お茶とお菓子と風があれば十分」
「お前だけ“風属性”の部活になってるよね」
結局、会話だけがぽんぽん弾むものの、特にこれといった“事件”はない。
「ということで、我々は探すことにいたしますの!」
「は?」
「事件がないなら、探せばいいのですわ! 日常に潜む小さな“謎”を、我ら探偵部が暴いてさしあげましょう!」
「いや、無理に事件起こさなくていいから!!」
けれど——
私たちはこのとき、すでに“ヒマの渦”に巻き込まれていたのだった。
「では、まず“何が不自然か”を洗い出していきますわ!」
真白は部室のホワイトボードに「日常の謎リスト♡」と書き出す。
1.焼きそばパンが毎日5分で売り切れる
2.音楽室の椅子が微妙に1脚だけ位置ズレてる
3.花壇の右側のチューリップだけいつも元気がない
4.しおりが今朝から“水の音が変”と言い出してる
5.昼休みの鐘が1秒だけ長かった(気がする)
「…………」
「…………」
「…………なんでこんなにどうでもいいんだろうね」
「いや! この“どうでもよさ”が大事なんですのよ!」
真白はキリッとした顔で言い切った。
「我々が目指すのは、日常に潜む違和感を嗅ぎ分ける“敏腕探偵”! つまり、今こそ訓練の時!」
「部室で訓練始めんな」
「というわけで、“購買班”、“校庭花壇班”、“音楽室調査班”に分かれて動きますの!」
「いよいよ謎の役割分担が始まった……!」
探偵部は三つの班に分かれて、“ミニ事件”調査に乗り出していた。
◆購買班(雪・茜)
「ねぇ雪、焼きそばパンって何分で消えると思う?」
「んー、三分くらい? 私は買えたことないけど」
購買の前にはすでに行列。並んでいるのは、運動部・帰宅部・謎の美術部員など多種多様。
「……やば。焼きそばパン、並んでる時点でラス1だったんだけど」
「観察しようって言ってたのに、ふつーに買おうとしてたでしょ」
観察の結果:
「焼きそばパンは購買のお姉さんがイチオシしてる(売り方がうまい)」
「あと単純においしい」
「それよりメロンパンが地味に人気」などが判明しただけだった。
「……え、焼きそばパンの謎、解けちゃったじゃん?」
「ただの人気商品だったね」
「事件でも何でもないよね?」
「……買えなかった私の心が一番の事件だよ」
◆花壇班(真白)
花壇の前で、真白はしゃがみこんでいた。チューリップの右側だけ、なぜか萎れている。
「土が……やや乾燥気味……日照も左と比べて……」
花壇には“園芸部”の札が立っており、近くで花に水やりをしていた園芸部の生徒が声をかけてきた。
「それ、単純にホースの届きにくい場所なんですよね〜。水やり、届かなくて」
「……え、物理的な問題?」
「そうです〜。一応気をつけてるんですけど、たまに忘れてて……」
(…………平和かッ!!!)
真白が静かに叫んだ。心の中で。
◆音楽室班
しおりは音楽室で、一人で風の音を聴いていた。
「……やっぱり水の音がいつもと違う」
蛇口をひねっては止め、ピアノの上に座っては窓を開け、風の流れを読む。
が、そこに現れたのは水道修理の業者さんだった。
「先週からパイプが詰まり気味でね。音変わるの当たり前だよー」
「……風じゃなかったのね……」
帰り道、しおりはそっと言った。
「事件じゃなかったけど、ちょっとだけ賢くなった気がする」
「しおりさん、そもそも最初から賢い部類だったと思うよ……」
探偵部の4人が部室に集合。
ホワイトボードに残された「日常の謎リスト♡」を眺めながら、全員が沈黙した。
「……全部、事件じゃなかったわね」
雪が静かに言う。
「焼きそばパンは売れただけ」
「花壇はホースが届かない」
「水道の音はパイプ詰まり」
「……すべて、日常」
「でもなんか……面白かったですの!」
真白がパッと笑う。
「事件がなくても、私たちこうやって動いて、調べて、ちょっとだけ“世界”のこと知れたじゃありませんの!」
「うん。風もそう言ってる」
「風が今回、特に何もしてないことに気づいて」
「結局、“何も起きない日常”って、一番すごいことなのかもね」
茜がクッキーを食べながら言った。
「……確かに。ずっと事件ばっかじゃ疲れちゃうし、平和も必要だよね」
「うん。私、明日も事件がなくてもいいやって思えるよ」
その日、ホワイトボードには、こう書かれていた。
《本日の活動:事件なし。でも、ちょっとだけ満たされた日》
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