ブルーブラッドは面倒くさい
6月2日 クリーブランド大統領がホワイトハウスで結婚式をあげた。
新郎の大統領が49歳、新婦が21歳と年の差が大きい。大統領選で隠し子の存在が大きなスキャンダルになった大統領は、今度は年の差婚で話題をふりまいていた。
「ジューンブライドね。6月に結婚するだけで幸せになれるんだったら誰も悩まないわよ」
エレンは高等学校時代の友人、フローレンスに誘われ彼女が活動している慈善団体の資金集めのバザーに来ていた。
バザーで買い物を楽しむ側として呼ばれたが、フローレンスが担当していたレモネードを無料で提供するブースが人気で忙しそうだったので手伝うことにした。
バザーが終了し片付けをしているとクリーブランド大統領の結婚の話になり、エレンがもらした言葉にそばにいた中年女性は笑い、10代後半と思われる彼女の娘は顔をしかめていた。
「相変わらず夢のないこと言ってるわね、エレン。幸せになれるという言い伝え通りにしたいと思うのは普通じゃない。それに6月は本格的に暑くなる前で日も長くて美しい季節だし結婚するのに良い時期だと思うわ」
フローレンスがあきれたようにいうと中年女性もうなずきながら、
「私も6月に白いウエディングドレスを着て結婚したけど良い思い出になってるわ。
ビクトリア女王のおかげで白いウエディングドレスが流行して、白いドレスを着て結婚式をあげるのはプリンセス気分をあじわえる特別感があってうれしかった。
結婚式の後のレセプションもお互いの両親と兄弟だけでなく親戚一同を集めて祝ってもらって楽しかったし」といった。
イギリスのビクトリア女王が1840年の結婚式でこれまでの慣習とはちがい白いウエディングドレスを着用したことから、ヨーロッパで結婚式に白いウエディングドレスを着ることが流行した。その流行はアメリカも席巻した。
それだけでなくこれまで身内だけで結婚を祝っていたのが親戚一同、友人も招待してのレセプションとなり年々規模が大きくなり金ぴか時代らしく派手さも増していた。
他のメンバーも自分の結婚式について話しだし、6月に結婚できずジューンブライドになれなかった夫人が「もし再婚することがあったら今度こそジューンブライドよ!」といって笑わせた。
「エレンにバザーを楽しんでもらうはずが手伝いをさせることになってごめんね。でもすごく助かった」
片付けをすべて終えたあとフローレンスが自宅で夕食を一緒にとさそってくれたので、エレンはフローレンスの家でくつろいでいた。
夕食を食べ終えたフローレンスの息子と娘が、世話係のナニーから走らないよう注意をうけながらエレンのもとに来ると、息子がエレンに抱きついた。
恥ずかしがり屋の娘はフローレンスの後ろから顔をのぞかせているのでエレンが手招きするとおずおずとエレンに近付いた。
「つかまえた!」
2人まとめて抱きしめると笑い声と放してという声でさわがしい。
「ただいま」
子供達が父親の声を聞くとはじけるように父親へ飛びつき着替えをする父親についていく。
その後ろ姿を見ながら自分の家ではなかったことだなとエレンは自分と父の関係の薄さを実感する。
父は結婚も子供も自分が成功するための手段にしか考えていない。子育ては女の仕事なのでエレンは父と一緒に何かをした覚えがほとんどない。食事や感謝祭など家族で祝う行事で顔を合わせるぐらいだった。
子供は親の言うことを文句をいわずに聞くものと思っているので、まともな会話をした記憶もない。あれをしろ、これをしろ、自分の言う通りにしろと言われるだけなので話をして楽しい存在でもない。
フローレンス夫婦は政略結婚だが顔見知りであったのと、お互いの相性がよかったようでおだやかな夫婦関係を作り上げていた。
とはいえフローレンスの夫はボストンで名家といわれた家柄なこともありマナーやしきたりに厳しく、そのことでフローレンスが愚痴をこぼすことはあるが大きな問題はないようだ。
イギリスの貴族は子供がテーブルマナーを身につけるまで大人と一緒に食事をとらないらしく、フローレンスの婚家はその伝統を守っている。エレンはフローレンス夫婦と3人で大人だけの食事をたのしむ。
フローレンスが夫にバザーについて聞かれルイーズが来ていたことを話した。エレンがセントラルパークで出会ったルイーズはフローレンス夫婦の知り合いで、3人がまさかの形でつながっていることにおどろいた。世間は広いようで狭い。
バザーの話から大統領の話になった時にフローレンスの夫が「そういえば」とエレンの次兄、アーネストについて質問した。
「エレンのお兄さんは労働問題に熱心に関わっていると聞きました。逮捕されたりはしていないですよね?」
エレンは逮捕という言葉と兄が結びつかず何を聞かれているのか分からなかった。
フローレンスも「逮捕って何の話をしてるの? エレンのお兄さんの話よね?」混乱しながら夫に聞き返した。
「労働問題で多くの人が逮捕されているので聞いたのですよ」
フローレンスの夫は愛想がよいとはいえないが、これまでおだやかに話す姿しか見せたことがない。それだけに突き放すような冷ややかな言い方をされたことにエレンはおどろいた。
「エレンのお兄さんは法学者で法をつくろうとしているだけでストライキで暴力を振るうようなことは――」
「そういう暴力をふるような集団と関わりがあるのはいかがなものかと思うのですよ。
フローレンスの友人でご実家が銀行経営をされていて身元がたしかなので安心してお付き合いしてきましたが、今後は考える必要があると思っています」
フローレンスが夫に反論しようとする前にエレンが口を開いた。
「ご迷惑をおかけするわけにはいかないので食事の途中ですが失礼しますね。
私は兄のことを尊敬しています。労働問題を解決するのは人として正しいことだと兄の行動を誇りに思っています」
おだやかに、そしてにこやかに言い切るとエレンは立ち上がり部屋をでた。
「エレン! ごめんなさいね。まさか夫が――」
エレンはフローレンスを抱きしめた。
「フローレンスがあやまる必要なんてないから。家名を背負ってる人からすれば危険回避は当然よ。守らなくてはいけないものが多いのだから。
それより付き合いを断たれるなんて恋愛小説で会うのを禁止された恋人みたいじゃない? そういう場合ひそかに別名を使って手紙のやりとりしたり、カモフラージュになる逢い引き場所をつくるのが定番だからそれやっちゃう? ちょっと楽しそうじゃない?」
フローレンスが「格好良い別名を考えないとね」と応じながらエレンを抱きしめ返した。
エレンは辻馬車をひろい一息つくとフローレンスの夫へのむかつきがふくらみ、
「イギリス貴族のまねをするアメリカのブルーブラッド面倒くさすぎ! 自分のことをどれだけすごいと思っているやらよ。
家柄を誇るなら日本の天皇家みたいに千年単位でつづいてから偉そうにしてよね」と怒りを吐き出した。




