おしゃれをすると変なものを引き寄せる
クリスチャンはイースターと聞くと春と思う。
イースターはイエス・キリストが十字架にかけられ処刑された3日後に復活したことを祝う復活祭だ。
卵に色をぬり、家の庭や公園などで大人が隠した卵を探すエッグハントや、卵を棒でころがし競走するエッグローリングを楽しみ、卵形をした容器の中につめられたキャンディーを食べてと子供達が楽しみにしている行事のひとつだ。
「5番街に行くべきか、行かざるべきか」
エレンが独り言をいうと「何を一人でぶつぶつ言ってるの?」と叔母が笑った。
教会で毎週おこなわれる日曜礼拝の後は社交の時間でにぎやかだ。とくに5番街は由緒と格式の高い教会が集まっている。上流階級の教徒が日曜礼拝に参加した後、5番街を散歩しながらお気に入りのレストランへ移動するのが社交の一環になっていた。
上流階級の人達はイースターを祝うイースター・サンデーの礼拝で最新のファッションを身にまとうのが恒例となっている。そのような上流階級の人達を見ようと人が集まるだけでなく5番街でパレードもあるので大混雑する。
エレンも上流階級の人達のファッションを見たいという気持ちはある。それに春は歩くのに良い季節だ。
イースターの日は毎年ちがう。春分の日以降、最初の満月を迎えたあとの日曜日がイースターと決められていて4月初めになることが多かった。今年のイースターは4月25日と例年に比べ遅い。それだけに天気がよければ春を存分にたのしめる。
しかし人混みを考えると行くのをためらう。必ず酔っ払いにあうのと、いさかいがあったりと楽しいことばかりではない。
「着飾って街を歩くと気分が上がるしエレンもちょっとがんばってみたら?」
「がんばるって何を?」
「おしゃれよ。日頃着ないようなきれいなドレスを着るとうれしくなるでしょう? もっとおしゃれを楽しめばいいのに」
叔母からみてエレンは地味らしい。自分なりのこだわりがあり着飾るべき場所では着飾っているつもりなのでショックだ。
「私って着飾ってないように見えるほど地味?」
叔母があわてた顔をしている。
「ごめん、言い方が悪かったわ。若い女性だからこそ似合う淡い色や鮮やかな色をもっと取り入れたらどうかなと思うの」
「明るい色ってあんまり好きじゃないなあ。好きじゃないもの着たくないし」
叔母が顔をしかめた。
「昔イースターであなたの瞳の色にあわせて作った濃い水色のドレスがものすごく印象に残ってる。とっても似合ってた。
イースターは春らしい色をまとって華やかに着飾るものだし美しい色のドレスを着ているところをまた見たいわ」
「もう若いという歳でもないと思うけ――」
「そういう言い方好きじゃないなあ。男は歳をとると頼もしいとか貫禄がついたとか良い風に言われるけど、女が歳をとると近所のおばさん扱いでどうでもいいとなるのが不公平よね。
歳をとっても着飾るのを楽しむべきだと思うし、それこそきれいな色が好きならその色を身につければよいと思う。とくにイースターみたいな日にはね」
そのように言う叔母はイースターに叔母が好むエメラルドグリーン色のドレスを着る予定だ。
「でも叔母さん、着飾ると男性の目をひいて面倒だったりするじゃない」
叔母が「それは言える」と切実に同意してくれた。
叔母は現在進行形で思わぬ相手から好意を寄せられ困っていた。異性との付き合いがむずかしいのはどの年齢になっても変わらないようだ。
「はあ…… 目につきやすい部分に『声をかけるな。興味なし』とか意志表示できるアクセサリーとかあったら便利よね」叔母がいらだたしげな声でいう。
叔母はニューヨークの中心地マンハッタンと川をはさんだ向かい側にあるブルックリン地区の学校を存続させるための活動をしていた。予算と生徒数の問題だけでなく、黒人のための学校なので廃校にしてもよいだろうとなっているのを阻止しようとしていた。
学校存続の集まりや資金を確保するための会合に参加していた叔母は、同じく集会に参加していた男性に好かれアプローチされていた。
「基本的に良い人だから面倒なのよ。これまで篤志家として才能ある人の後援をしてきてるし。
それに学校存続を決める市議会議員に顔がきくから彼の機嫌をそこなうわけにはいかないのよね。市議会で廃校撤回をもぎとるまで耐えないといけないかと思うと……」
金ぴか時代のアメリカはワイロや恐喝は当たり前。法や規則は権力や財力でねじ曲げる。司法と警察も腐敗がひどいので力がある人の機嫌をそこねないよう最大限の配慮をするのは鉄則だ。
「年齢が上がると男性は女性に対して遠慮をしなくなるから厄介だわ。若い頃はシャイだった人も結婚して女性慣れしたりで遠慮がなくなるのよね。本当にやめてほしい」
エレンも男性からよく腹立たしい扱いをされるので叔母の気持ちはよく分かる。
行き遅れと分かると態度を露骨に変える男性は多い。結婚をちらつかせれば簡単に落ちると思われ、なめた態度をとられる。
「本当にいい加減にして欲しいわ。私の場合、戦争があって女余りの時代だったから結婚していない女が多いでしょう。なんか変に優越感をもってる男が、俺が相手をしてやってるだけでもありがたいだろうみたいな態度をとるのよ。
さすがに変な誘いをされることもなくなってきて安心してたのに、なぜかつきまとわれる状況になって……。
独身だから寂しいだろうと勝手に決めつけてきて。不幸な結婚を我慢するより独身でいる方がよっぽど幸せなのを知らないのかと言ってやりたい。
ああ、もう! 考えるだけで気分悪い」
よほど不満がたまっていたのだろう。叔母の愚痴が止まらない。
「結婚って男にとって都合がよくても、女にとって夫だけでなく婚家にしばられて、世間の常識がどうのとうるさくいわれて不自由でしかないって分かってないわよね。
とくにお金のある男は浮気し放題でスキャンダルになるような下手なことをしない限り黙認される。
でも同じ事を女がやったら娼婦や毒婦扱いよ。
それに夫に尽くすことが女にとっての幸せとか、子供を育てることは女の喜びのようなことを言いつづけて、女をしばりつけようとしているとしか思えない。
女だって自由に自分がやりたいことをやりたいのよ! 家庭だ、子供がと勝手に女がやりたいことを決めるな!」
叔母の言葉にエレンも大いにうなずく。結婚しない人間は生きている価値なし扱いで、まるで何かしら欠陥があるようにいわれる。
でもそのようにして女性に妻や母の役割が幸せなものとしなければ結婚しようと思う女性がいないからだとしか思えない。
叔母とエレンは知り合いの不幸な結婚についての話で盛りあがり「独身最高!」と言い合った。




