たかが肌の色、されど肌の色
「現代日本のkawaiiが足りない」
エレンの頭の中で現代アメリカ黒人女性Tがなげく。
兄とバレンタインデーのカードを選びにいきキューピーを思い出したことから、キューピーに似たソニーエンジェルにはまったTの記憶がよみがえった。
祖母のキューピーコレクションが好きだったTがソニーエンジェルにおちるのは必然だった。継娘が日本人の同級生が持っていたソニーエンジェルのかわいさにおちTに写真を見せたのがきっかけだ。
その当時はアメリカで手に入れられなかったので、日本のオンラインショッピング・ストアで買った物や個人売買サイトで手に入れた物をアメリカに転送してくれる代行業者を使い手に入れていた。アメリカでも売られるようになった時は継娘と2人で大喜びした。
「この時代の日本にも現代日本のkawaiiはないからkawaii不足はどうしようもないんだよね……」
突然胸がしめつけられた。苦い記憶がこみあげる。
「夫は無事に手術から回復してるよね?」
Tの記憶をどれほどさぐっても知りたいことが分からない。夫のガンがみつかり手術をしたところまでしか記憶がない。
ニューヨーク生まれニューヨーク育ちの夫はニューヨークという街を愛していた。歩くのが好きな夫は地下鉄を使わず街を歩いて移動する人だった。
ニューヨークの中心地マンハッタンは小さな島だが地域によって雰囲気も違えば集まる人も違う。世界中から人が集まるので民族衣装を着た人を見かけることもめずらしくなく街を歩くのは楽しかった。それだけでなく街は変化しつづけているので新しい発見が毎日のようにあった。
夫は子供の時から街をよく歩いていたという。そのおかげか夫はたまに風邪をひくぐらいで病気らしい病気をしたことがない。
夫の前立腺ガンは定期検診で血液検査をしたことから分かった。治療方法を決めるため数人の医師に会い夫はガン細胞の切除を決めた。
早期発見された前立腺ガンの完治率はほぼ100%で、進行も遅いので患者が高齢の場合はガンの進行と寿命のどちらが先にくるかという感じだと医師が笑いながら説明した。
しかし日頃は楽観的な夫だが「ガン」という病名が夫を弱気にさせた。「死ぬかもしれないのに仕事なんてやってられるか! 世界一周でもするか?」と投げやりなことを言ったりした。
そのような父親の姿に継娘が不安定になっていたことにTは気付かなかった。
Tもガンという病名にショックが大きかったが自分なりに調べ、経験者の話を聞くうちに大丈夫と落ち着いた。継娘に早期発見をしていること、完治率の高さを強調し説明したので大丈夫だろうと思い込んでいた。
夫が切除手術をする日が近くなった頃に学校から継娘の遅刻の多さと提出すべき課題が出ていないことについて連絡がはいった。
Tが継娘に学校からの連絡について話をし、夫のことで不安になっているかもしれないが手術をすれば大丈夫だというと継娘が叫んだ。
「あんたに私の気持ちなんて分からない! ママは小さい頃に死んで、パパまで死んでしまったらと考えたら。パパが死んだら…… パパまで死んでしまったら……」
継娘の言葉にTはハッとした。継娘は父親を失うかもしれないという恐怖におびえていたことにTは思い至れなかった。
世間の荒波にもまれ、さまざまな経験をしてきた40代のTでも夫が死ぬかもしれないという不安で眠れない日があった。まだ10代の継娘に抱えきれるものではなかった。
「気付けなくて――」
「お父さんが死んだら私は黒人の継母に頼るしかなくなるのよ! 私の本当のママは白人なのに、パパが黒人なんかと再婚したから私まで変な目で見られて。黒人の継母と残されると考えたら!」
Tに向かって叫んでいたことに気付いた継娘は、自分が口にした言葉にも動揺しTと目が合うと逃げるように自分の部屋へいった。
初めて会った時にTの手が内側と外側で色が異なることを格好良いといってくれた継娘だったが、いつの間にか黒人の継母のことを人に知られると恥ずかしい存在と思うようになっていた。
家族だけでいる時は肌の色はまったく気にならなくても、一歩外にでればTの肌の色のせいで不躾な視線を向けられ、Tが身内であることをからかわれてと継娘がいらだつことが起こる。
Tにとって継娘は家族だ。縁があり家族になり継母として母親の役割を果たしてきた。
夫と出会った頃のTは自分のキャリアを築くことに必死で自身の子を持つことを考えていなかった。夫は子を生むなら年齢は早い方がよいと気にしてくれたが自然な形で出来たらと思うだけだった。
それだけでなく子を持つことを積極的に考えなかったのは子供の肌の色について考えさせられることがあったからだ。
ニュースサイトで黒人と白人のカップルの間に生まれた双子が、一人は見た目が完全に白人で、もう一人は完全に黒人だったことが取り上げられていた。
双子で肌の色が片方の親からのみ引き継ぐようなことが起こることにおどろきTは調べた。白人と黒人にはっきり肌の色がわかれるのはめずらしいがあることだと分かった。
そしてイギリスで見た目が白人と黒人にはっきりわかれた双子の、とくに白人にしか見えない子が陰湿ないじめにあったと知った。「白人でないのに白人のふりをしている。混血のくせに」という理由だ。
人種の違う両親から白人にしか見えない子供が受ける危険についてTは考えたこともなかった。もし自分と夫の間に生まれる子供が白人にしか見えない肌色だったらと考えると、どうすべきか迷った。
継娘がT という人種のちがう継母のせいで人種に対し複雑な思いを持つようになるのを目の当たりにしていただけに決心がつかなかった。
Tは継娘が叫んだ言葉には傷つかなかった。継娘が自分ではどうすることもできない感情を持て余し不満が爆発しただけと分かる。でも家族として過ごしてきた年月は何だったのだろうという空しさをおぼえた。
その後Tと継娘が仲直りをしたという記憶がない。Tという存在が現代でどのようになっているのか想像もつかないので、継娘と仲直りし夫と3人で以前のように暮らしていることを祈るのみだ。
「もし私が死んでたら継母とはいえ、継娘は母親という存在をまた失ったことになるよね……。でも死んだ覚えがないしAIを使った私が想像できないような新しいテクノロジーでこのような状況になってると思いたい」
Tは現代の自分について考えながら、
「うわっ! もしかして私ってエレンの生まれ変わり?」突然わいたその考えにTはうなずきたくなった。
エレンとTは人種こそ違うが楽天的なところが似ていて日本という共通するものもある。
「でもちょっと待って! エレンもTもクリスチャンなんだけど。クリスチャンが輪廻転生するってありえないでしょう。もしかしてこれからエレンが日本人男性と結婚して仏教に改宗するとか?
それかエレンの中にTの記憶が存在する怪奇現象ってワンダーランド日本に行ってからだし、日本で信じられてる輪廻転生がねじれた形でおこったとか?」
考えすぎたのかエレンは疲れを感じた。
「考えても分からないことは分からない。寝よう」
エレンは頭の中のものを振り落とすように頭をふった。




