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思わぬ人と思わぬ場所での遭遇で尊いが終了

 エレンは英語塾で教えているリオと待ち合わせ上野の寛永寺に花見にきた。


「桜といえば上野公園。お花見といえば桜もち。桜もちといえば向島の長命寺桜もちよ!」リオが張り切った。


 兄も誘ったが「花見は酒がはいるからなかなかワイルドだ。遠慮しとく」と断られた。


 上野公園は徳川将軍家の菩提寺だった寛永寺が幕末の上野戦争で戦いの場になり焼け落ちたあと新政府が寛永寺の土地の大部分を没収し作られたという。


 寛永寺は江戸時代から桜の名所であったことから焼け跡が上野公園として生まれ変わる際に多くの桜が植えられたと聞いた。


 寛永寺の寺内は花見は許されているが酒盛りは許されていないようで酔っ払いにからまれることなく桜をたのしむことができた。


 桜色はかわいいだけでなく気持ちを浮き立たせてくれる。


 4月といえばキリスト教ではキリストが死から復活した奇跡を祝うイースターがある。冬枯れていた木にピンク色の花が咲きほこるさまはイースターの復活を思い起こさせた。


「私が子供の頃は時代が変わろうとしてた時だから何かと騒がしくて大小さまざまないさかいがあった。うちは元武家だったから警備やいさかいで知り合いが亡くなったという話を聞くのがめずらしくなかった。


 亡くなった夫の家も元武家なんだけど夫が亡くなるすこし前に夫の一家が集まってここにお花見に来たの。その時に義父が『新しい時代になったんだよな』と涙をこらえながらいったのが忘れられない。


 義父はずっと上野公園にくるのを避けてた。つらい思い出があるからと。義父は新しい時代の変化を受け入れられなくてお酒に逃げて家で暴れてと大変だったんだけど、ここでお花見をして寛永寺をお参りしてから落ち着きはじめた」


 リオが桜を見ながら悲しげな表情になった。リオは亡夫の話をほとんどしないので夫との関係が良かったのかは分からない。


 日本人はアメリカ人よりも結婚する年齢が早く親や祖父母など数世代の家族や親戚と同居するのが普通だという。自分の親でも一緒に住みたくないと思うエレンには想像を絶する苦行としか思えない。


 夫との関係がよかったとしても同居している家族の多さだけでなく酒におぼれた義父がいたなら大変な苦労をしただろう。


「ここで戦いがあった時は私は小さくはなかったけどまだ子供だった。だから義父やうちの父の世代のように古い時代やこの地に複雑な感情はないの。


 新しい時代がきていろいろ変わるのがおもしろかった。はじめて異人さんを見た時は本当にびっくりした。見たことないめずらしい服を着てるだけじゃなくて髪の毛が黄色だったり赤かったり。それに巨人のように大きいし。


 話してる声は大きいけど言葉がちがうから何いってるのかぜんぜん分からない。日本人とはまったく違う。日本の外にはこういう人達がたくさんいるんだってすごく不思議な気がした。


 義父や父たちは日本が今のようになるのを望んでなかったかもしれないけど父達が命を張って戦ってくれたおかげで新しい時代をむかえられた。そのことに感謝してる。


 おかげで英語を学べてこうしてエレンとお花見することができてるしね」


 リオが明るい笑顔をエレンにむけた。


 日本だけでなく世界中がこれからめまぐるしく変わっていく。リオならその変化をしなやかに受けとめ自分の道をあゆんでいくだろうと思えた。


 寛永寺から人力車で向島の長命寺桜もちの店へ向かった。


「エレンもあんこを食べられるようになって本当にうれしい!」


 リオが花見をして桜もちを食べようといった時に桜もちにあんが入っていることをリオが思い出し「そういえばエレンってあんこだめだったよね?」とがっかりした。


 エレンはリオと出会った時はあんが苦手だったが木村屋のあんパンなどあんが使われたものを試しているうちに食べられるようになっていた。


 無事に桜もちを手に入れ甘みをたのしむ。向島のある墨田堤も川沿いに植えられた桜が有名でリオと一緒に散歩する。


 そろそろ帰ろうと人力車をさがしていると小さな路地に高に似た男性がいるのが目に入った。ちょうどリオと高が勤めている学校の話をしていたので噂をすればだった。


「エレン?」


 男性が高かどうかたしかめるため立ち止まっていたようで気がつくとリオが先に進んでいた。


「あれ高だよね? 一緒にいるの奥さんかな」


「エレン、邪魔しない方がいい」リオが止めようとする前にエレンは「高!」と名を呼び手をふっていた。


 目が合うと高がぎょっとした顔をし、リオはエレンの手をつかみ止めようとしていた。


 どうやら声をかけるべきではなかったようだがすでに高の名を大声でよび目も合ってしまっている。


「こんな所で会うなんて奇遇だね」


「……本当に」高こと藤田高太郎がばつが悪そうにこたえた。


 さっさと高のとなりにいる奥さんに挨拶をして去ることにする。


「おじゃましてごめんなさい。高のともだちエレンです。おくさんはじめまして。会いたかった。おせわになってます」


 日本語で挨拶をしたが間違った言い方をしたのか発音が悪かったのか反応がない。


「おじゃましてすみません。急いでいるのでまた今度」リオがエレンの腕をとり元の道へと引っぱっていく。


「なんか変なことしたか言ったの、私?」エレンがリオに聞くと首を横にふった。


「でもさっきから変だよ、リオ。高に挨拶させないようにしてたよね。もしかして夫婦で歩いている時にじゃまするのは日本では失礼とか」


 リオがそういうわけではないと言ったあと沈黙した。


 エレンは何かをやらかしたようだが何が悪かったのかが分からない。


「……言うべきではないんだろうけど……」リオが気まずそうに言いよどむ。


「リオ、言いたくないなら言わなくてもいいよ。啓に状況説明して何が悪かったのか聞くから」


 リオがあわてている。どうやらよほどのことをしでかしてしまったらしい。


「その…… 藤田さんは奥さんではない女性と逢い引きしてたと思う……」


 妻でない女性。逢い引き。ふたつの言葉が意味することを理解したくないと頭が拒否する。


「さっき一緒にいた女性は奥さんじゃないんだ……」


 二人のあいだに沈黙がおちた。


「その、あの……。藤田さんがいたあの路地には逢い引きできる所があるの」


 エレンはリオと道の真ん中で立ち止まり周りから注目をあびていることに気付きあわてて歩きはじめた。


 日本はつい最近まで一夫多妻で男性が愛人をもつことや遊郭にいくことが普通だという。日本人的には高が妻以外の女性と男女の関係であっても問題はないのだろう。


 しかしエレンはアメリカ人でクリスチャンだ。クリスチャンにとって不貞は罪で配偶者への裏切りだ。


 ふつふつと怒りがわく。自分が裏切られたわけではないが体が怒りでいっぱいだ。


 これまで高のことをアイドルのようにあがめていた。エレンの好みなだけでなく人買いにだまされそうになった文を格好良く救った。これまで高に向けていた気持ちを踏みにじられたようで怒りが煮えたつ。


「最低!」


 エレンの叫びにリオが困った顔をした。

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