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なぜ明治時代の日本!?

 エレンは甲板から部屋へもどるとベッドへいきおいよく倒れこみ目を閉じた。


 頭の中に自分のものではない記憶が次々にわきあがる気持ち悪さで吐きそうだ。


 勝手に頭の中で繰り広げられる映像や、こみあげる感情があまりにも生々しい。


「これってタイムトラベル? ちょっとまって。でも白人アメリカ人の私になぜ黒人の記憶が。この黒人女性ってアメリカ人? それよりこの人いったい誰?」


 自分の頭の中がとんでもない状況におちいっていることを自覚する。


「なんかテレビや映画みたいなことになってない?


 それに日本といえばクールジャパン、kawaiiでしょう。もしかして歴史映画かなんかのセット?


 ちょっとまって。いまこの瞬間にこうして考えてる私って誰なの? 私が考えてるの? それとも映画の登場人物?」


 大混乱だ。


 目を開けると先ほどと何ひとつ変わらない船室にいてベッドの上に横たわっている。


 白い手が目に入り、黒人ではないことは確かなようだ。


「船にのってる。そうよ、日本行きの船の中よ。兄さんに日本によばれた。いまの日本って明治時代よね」


 そのように考えた瞬間、


「何で明治時代? 明治時代の日本に萌えたことないけど」


 急に激しい感情がわきおこった。


「何がなんだかまったく分からないけど、日本大好きで大学の専攻が日本学だった私がタイムトラベルするなら、というよりまったく違う人種になるなら、白人アメリカ人じゃなくて現代日本人になって思う存分kawaii日本を堪能したいわよ。


 ええー! ちょっとこれはないんじゃない? 日本に住んでみたいと思いながら結局旅行でしかいけなかったけど、現代アメリカ人の私はいったいどうなってるの?


 というかこれってもしかして私の頭が完全にいかれちゃった? 脳内妄想? 現実逃避?」


 エレンの頭の中はますます大混乱だ。数分前まではたしかにエレン・マルタンという白人アメリカ女性として生きてきた記憶しかなく、エレン以外の記憶などなかった。


 エレンは自分の手の甲の白さを目にし、自分はエレン・マルタンだとほっとする。自分の名前、家族、これまでの人生について迷いなく語れる。


 なぜ日本へ行くことになったのかもしっかり把握している。


 頭がおかしくなったとしか思えない状況にあせっていると、ふと学校に行く前にテレビで見ていた日本のアニメ映像がうかんだ。現代アメリカ人の記憶だ。


 まだ外は暗い冬の朝、宇宙が舞台で宇宙船ヤマトがバトる日本のアニメをテレビでやっていた。


 外はまだ暗く、そのアニメの色調も暗く、テーマソングも暗く、話の内容も暗かったが、なぜかとてもひかれ毎朝かかさず見ていた。


 そのアニメと友達から誕生日にもらったハローキティのバッグが、日本という国に興味をもつきっかけになった。


「夢かな…… 夢だよね? 目が覚めたらこの変な記憶はどこかへいってるはず?」


 エレンは目を閉じたところで自分が寝ていなかったことに気付いたが、あえてそのことは無視する。


 夢なのだ。夢だから何でもありだ。


「エレンさん、いらっしゃいますか?」


 留学生の男性が船室のドアをノックした。彼に何もいわず甲板をはなれたので心配して来てくれたようだ。


「ごめんなさい、何もいわずに部屋にもどって。ちょっと気分が悪くなって。いま人に見せられるような格好じゃないからドアは開けないけど大丈夫だから」


 顔も見せずに追い返してしまい申し訳ないが、非常事態発生中で他人のことなどかまっていられない。


 エレンは再び体をベッドに横たえ両手を顔の上にかざした。


「私、エレンよね? 肌が白いし」


 先ほどまで頭の中に流れていた黒人女性の記憶と思われる映像は、まるで何も起こらなかったかのように消えている。


 しかしこれまで頭の中に存在していなかった現代アメリカ黒人女性の記憶や知識がすっぽりおさまっているようだ。


「タイムマシンで時間をさかのぼるといえば……」


 アメリカ人であれば誰でも知っている車がタイムマシンになる映画、バック・トゥ・ザ・フューチャーを思い出した。


 あの映画で主人公はタイムトラベルはするが、本人のまま時代を行ったり来たりするだけだ。


「どう考えても変だわ。なんなのこの状況。もしかして現代から100年ぐらい時がたっていて、テクノロジーがものすごく発達して死んだ人の記憶を移植できるとか、タイムトラベルが普通になってる?


 そうよ、メタバース! 仮想空間? これが仮想空間ならまったく別人なのも納得がいく。


 でも私らしくない設定なんだけど。ぜんぜんかわいくない。やたらリアルだけど仮想空間にそんなもの求めてないし。


 私が作った仮想空間ならかわいいものであふれてるはず。こんな変な設定なんて絶対しない。


 アバターは猫耳つけたかわいい日本人の女の子一択よ。


 ……なんか現実逃避で頭がおかしくなったと考えるのが一番しっくりくるかも。現実がとってもまずいことになってるとか」


 自分が何を考えているのかよく分からなくなってきた。


 1857年にアメリカで生まれ、白人アメリカ人として生きてきたエレン・マルタンに突然わいた現代アメリカ黒人女性の記憶。


 もしかしたら現代アメリカ人として日本語や日本について勉強したことが役に立つようにということかもと思ったが、いまのところ明治時代の日本について思い出せることはない。


 日本語も大学の頃はそれなりにできていたが、それ以降は日本人の友達と話す時にたまに使う程度でさびついている。


 日本に来る前に明治時代初期に日本で教師として働いていたアメリカ人が書いた日本についての本を読んだが、現代人の知識よりもその本の内容の方がよほど役に立ちそうだ。


「現代日本のkawaiiは明治時代の日本にないわよね? 兄さんが日本はすごい勢いで西洋化してるけど、まだまだ日本の伝統的なものがしっかり残ってるといってたからshibui日本のままなんだよね?


 shibui日本は格好いいし美しいけど私が好きなのはkawaiiなのよ。私にとって日本といえばkawaiiなの」


 これまで日本での生活をたのしみにしていたが、現代アメリカ人の記憶のせいでこれからの自分がどのような状況になるのか想像もつかない。


「たぶん何とかなる?」


 自分の楽天さにエレンは思わず笑った。

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