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098 「敗報巡る」

 ・竜歴二九〇四年六月二〇日


『タルタリア帝国陸軍30万の総攻撃は失敗。秋津竜皇国陸軍が建設した巨大要塞はこ揺るぎもせず!』


 この報道は、6月16日にタルタリア軍が大攻勢を中止したと確信できたその日のうちに、アキツ本国に伝えられた。

 翌日になると、世界中にその報道が駆け巡った。

 既にアルビオンとアキツ共同による世界規模の電信網が整備されているので、世界の主要都市にはすぐに情報が伝わる。

 加えて西方やアキツ本国とその主要な勢力圏(植民地含む)には鉄道網が整備されているので、新聞という紙の情報媒体によっても素早く、詳細に伝わっていった。


 さらにアキツでは、現地の黒竜派遣軍の総軍司令官の大隅大将自らが、既に現地に派遣されたり招待された各国の観戦武官、従軍記者に概要を説明し、世界中に伝えられていった。


「以上になります」


 観戦武官、従軍記者が集まった部屋の前で、黒板や地図で解説を行った総軍参謀長の北上中将が小さく一礼すると、感嘆の声なき声が部屋に響く。

 それを傍で見ていた総軍司令官の大隅大将が、ゆっくりと中央まで歩みを進める。


「如何でしたかな。私のような強面が話すより、随分と分かりやすかったでしょう。北上君は術医もしていたので、私などより人に話すが得意なのです」


 その茶目っ気を込めた態度に、部屋の男達は「確かに」などの言葉や愛想笑いを返す。


 そして二人というより現地アキツ軍は、このときに限らず二人の種族と何よりそして北上中将の性別を「武器」として、各国から集まった男達に衝撃を与えた。

 

 大隅大将は、西方世界では悪魔デーモンの代名詞とされる大鬼デーモンの将軍と今までの報道では伝えられていた。

 だが、愛嬌のある表情や態度、博識なのを伺わせる語り口で接する人々の警戒心を解いた。


 北上中将は天狗エルフという点では西方世界にも同じ種族がいるが、天狗が軍人という点が珍しかった。だが種族以上に、女性という点で大いに注目を集めた。


 医者や看護兵なら西方諸国でも女性は既にいたが、正規の軍人はあり得なかった。魔術師も、魔法の盛んな国でも女性は軍属扱いまでだった。

 それが正規の将校として、巨大な軍団を切り盛りする軍の幹部にまで上り詰め、周りからも認められているという点は、西方世界ではもはや異常ですらあった。


 あまりの衝撃の大隅大将が霞んでしまうほどで、事実、各国の報道では北上中将が写真付きで大きく取り上げられたほどだった。

 そして男性と同じ軍服の長袴パンツ姿に、女性は熱狂し男性は背徳感を感じたという。


 勿論、アキツ軍でも前線勤務、第一線勤務の女性兵、特に女性将校は非常に少ない。いても、魔術医の軍医か高位の魔術兵が大半。北上中将は魔術師という点を差し引いても、将軍(将官)は珍しいと紹介された。

 だが存在しているというその一点だけで、十分に大きな心理的衝撃であり驚きだった。




「アキツ買いだな、バーラム卿」


「はい、ネルソン首相。ですが、どちらを持ち上げますか?」


 アルビオンの首都ロンディの一角の豪華だが落ち着いた一室で、今日も世界の舵取りが行われつつあった。

 その部屋で、首相と呼ばれた長い耳を持つ天狗エルフが、新聞を机に置きつつ若い顔に似合わない老獪な笑みを見せる。


「まだ戦争は始まったばかり。豊かなアキツは国内で戦争債を消化できるとはいえ、買って欲しいだろう」


「はい。かなり高い利率で戦争債を出しています。ただ」


「ただ?」


「北方妖精連合など亜人デミ国家もしくは亜人が社会的地位の高い国々では、開戦前からアキツの戦争債を積極的に買う動きがあります」


半獣セリアンとはいえ、タルタリアは亜人を虐げているからなあ。ヘルウェティアの金融業界を牛耳る大天狗ハイエルフ達も、アキツの友人の頼みを聞くらしい。それに、極西の南に住む亜人たちも」


 ネルソン首相は、同じ亜人であるから強く懸念していると言わんばかりの口調ながら、それでいて表情は変えない。

 対する外務大臣のバーラム卿は、僅かに目を細める。しかし何も発しないので、ネルソンは続けた。


「いっそ、タルタリアをこき下ろして、我が精霊連合王国もアキツに全賭けするか?」


「私の管轄ではありませんが、雑誌や低俗とされる新聞社あたりにさせるのですか?」


「うん。内容は、そうだな、まだ序盤だし多少は上品に『自称西方諸国のタルタリア、自慢の200万の陸軍は虚仮威し?』くらいか?」


 皮肉げな笑みを添えての首相の言葉に、バーラム外務大臣は軽くため息で返す。


「私は誠意を以って行うのが外交と自負しております。雑誌の編集者にでもお聞き下さい。ただ私はアキツ推しでも構わないかと」


「攻められている側だからか」


「左様です。タルタリアにも配慮して、アキツ軍は堅固な要塞で果敢に迎撃、といったあたりで」


「ふむ、戦争はこれからだから、その辺りでも構わないかもな。ところで、アキツの要塞は実際どうなのかな、ラミリーズ卿。現地の観戦武官は何か伝えてきたかね?」


 「ハッ」。それまで沈黙していた陸軍大臣のラミリーズ卿がようやく口を開いた。

 話さなかったのは専門外の戦争債の話であり、加えてネルソン首相が他者を貶めるような言葉を口にしていたからだ。二人が話している時も、本来は無表情を装うところを快い表情は浮かべていなかった。


「詳細な最新報告は郵送の書面待ちですが、暗号電報である程度は届いております。内容自体も外務省もほぼ同じかと」


「では、ラミリーズ卿個人の見解は?」


「タルタリアは、傷を広げる前に鉾を収めるべきです」


 断言する口調に、「何故かな?」と促しつつネルソン大臣は面白そうな表情になり、バーラム卿はやや意外だと内心で感じるも、次の言葉を待った。


「タルタリアは、アキツが準備を整える前に戦争を仕掛けたと考えているようでした。ですが、要塞の規模、配置兵力、用意された物資を含む兵站の体制。これらから考え、アキツが戦争準備を整えていたのは間違いありません」


「だから短期間で要塞は落とせない?」


「左様です、首相閣下。大要塞でも、孤立していれば落とす事は可能でしょう。ですがあの要塞は、後方から幾らでも兵と物資を注ぎ込めます。また、開戦からまだ2ヶ月だとタルタリアは楽観しているようですが、アキツが事前に戦争準備を進めていたならば、前提条件が成り立ちません」


 軍人らしいキッパリした口調に、首相は笑みを添えて返す。


「なるほど。では、このまま戦いが続いたとしたら、タルタリアは要塞を落とせずという結果か? では、要塞に見切りをつけて迂回するというのは? 彼らの目的は肥沃な大地と、亜人が住む人口地帯だ。要塞に拘る必要はないのではないかね?」


「以前もお話ししたかと存じますが、要塞は周辺で唯一鉄道が通る大山脈の出口にあります。他に鉄道はなく、迂回するには数百キロメートルの荒野や山間の道を進むより他なし。しかも迂回路には、鉄道どころか都市の一つもありません。迂回は物理的に不可能です。

 そのような地理条件で、初手が戦略的奇襲ではなく強襲となった以上、非常に厳しい戦闘は確実。膨大な犠牲が出ると分析結果が出ました」


「なるほど、我が国、我が陸軍なら鉾を収めるというのは分かった。だが、タルタリアだぞ。あの国の貴族どもは、兵隊は畑から取れるとうそぶく。初戦で5万以上の死傷者を出したというが、気にもしていない。なあ、ラミリーズ卿」


「はい。既に大規模な増援部隊を送り出しており、次で決着がつくだろうとタルタリアの大使は随分と楽観しておられました。タルタリアにいる我が国の大使館からも、同じような言葉を伝えています」


「そうか。で、その次の戦いはいつ行われるのかな?」


「アキツの現地司令部の予測では1ヶ月以内。陸軍の分析も同様です」


「現地司令部というと、この天狗の女参謀長の言葉か?」


 またも面白そうな表情のネルソン首相に、ラミリーズ卿が露骨に顔をしかめた。


「左様です、首相閣下。現場にあって、実に冷静な分析と言えるでしょう。非常に凄惨な戦場だったことも伝えており、前線の見聞を許された武官達も血の気が引いたと伝えています」


「アキツでは女性も武人なのだな。実によろしい。ではバーラム卿、アキツを持ち上げる宣伝を流し、当面はアキツの債権を少し買い増すよう、今度財務大臣や財界の連中と話そう」


「当面ですか?」


「そうだ、当面だ。次の大攻勢が1ヶ月先というなら、それを待とうじゃないか。アキツがどれほど戦争準備をしていたのか、それで見極めもつく」


「畏まりました」


 断定的なアルビオンの首相の言葉に、外務大臣は慇懃な礼を、陸軍大臣は敬礼を言葉とともに行った。

 

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― 新着の感想 ―
やっぱり、舌の数を数えるのも馬鹿らしくなる国だなあ……
女性は熱狂し…うんまぁ分かる。 男性は背徳感を感じた…オイコラw でもその気持ち、分からなくも無い。 エゲレスっぽい国の首相さんが実にジョンブルらしくて良い描写だたっと思いました。好きなキャラかと問…
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