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096 「第一次総攻撃撃退」

「攻撃中止」


 カーラ元帥からの命令が全軍に発令された。

 6月16日、タルタリア陸軍、極東遠征軍総司令部は、アキツ軍が陣取る大黒竜山脈の山岳要塞への総攻撃中止を命じた。

 要塞の攻略どころか、目的の2割も達成できない状態で攻撃を中止したのは、11日から始まった攻勢で兵士達の体力が限界に達したのが表向きの理由だった。

 だが実際は、攻勢を続けられない理由が幾つもあった。


「総参謀長、結果は出たかね?」


「はい、カーラ元帥閣下。まず6日間の攻勢で用意した弾薬は、特に野砲、重砲の砲弾は完全に枯渇しました」


「従来の想定なら1ヶ月戦闘を行っても保つ分量が6日か」


「しかも攻撃最終日には、到着したばかりの砲弾が陣地へと直接運び込まれる程でした。ですが、突撃した歩兵達の損害の方が、砲弾の枯渇以上に深刻です」


「そうだったな。どれくらいになった。死傷者6万は超えたか?」


 そこからクレスタ上級大将の詳細な説明が始まる。

 当初は4個師団が要塞東側への主攻撃を担い、要塞南側で2個師団が牽制目的の攻撃を行った。その後、予備の2個師団を追加投入。ただし、戦果を拡大するというのは表向きの理由で、実際は戦力不足を補う為だった。

 そうして8個師団が、アキツ軍4個師団が守る重厚かつ入念に構築された山岳要塞に突撃したのだが、数字を疑う損害が計上された。


 勿論、突撃を命じた司令部や将軍たちも損害を覚悟はしていた。だがそれは、今までの経験から予測した損害だった。そして今回受けた損害は、今までの予測をはるかに上回っていた。


 全体で見ると、総攻撃に参加した戦闘部隊の総数は約25万名。

 うち死傷率は26・5パーセント。実に6万6000名もの兵士が死傷した。更に、そのうち約8000名が戦死者になる。

 『素人同士の無様な消耗戦』となった極西大陸の分裂戦争を例外中の例外として、この半世紀ほどで主に西方世界で行われた様々な戦争と比較すると、死傷率の点で未曾有の大損害と言えた。


 損害の大半は歩兵だった。

 主攻撃は96個歩兵大隊、牽制攻撃は32個歩兵大隊が攻撃に参加。1個大隊は約1000名の将兵で編成されるので、合わせて12万2000になる。

 他に鉄条網破壊などの為に工兵も随伴したが数は限られ、損害の大半は歩兵だった。それ以外だと、砲撃戦により砲兵と砲兵陣地近辺での損害もかなりの数に上っている。

 そして単純な数字で見ると、歩兵の半数が死傷したという結果が出ている。そして半数という数字は、軍事的には「全滅」とされる。

 

 ちなみに、軍事上で50パーセント以上の損害を出し組織抵抗力を失うと「全滅」、80パーセント以上の損害を出し組織の維持が不可能になると「壊滅」とされる。

 全滅と壊滅の割合の数字は時代により変化するが、この時期はそう定義されていた。

 そして歩兵の半数が戦闘力を失ったタルタリアのサハ第一軍は、主力となる歩兵が全滅したと判定する事ができる。


 なお、この戦争の数十年前までは、戦闘部隊全体の損害が20パーセントを越えると部隊組織の維持が困難になると定義されていた。

 全体の26・5パーセントの損害だと、サハ第一軍は軍事的に全滅し部隊の維持が不可能になったと判定されただろう。

 だが、軍の編成、組織、情報伝達能力など、様々な要素が関わるのでこの数字は時代により変化する。


 そしてこの時代、組織の強化、野戦電話の登場、士気統制の強化、兵士の士気などもあり、部隊組織は維持されていた。

 ただし「全滅」という物理的な状況は、厳然たる事実として横たわっていた。




「閣下、タルタリア陸軍よりカーラ元帥の名で24時間の休戦提案がありました」


「東側の斜面は死屍累々だからな、むしろ助かる。それと、こっちが確保している陣地にある遺体も渡してやれ。当然だが、向こうにこっちの兵士の遺体がある場合も同様にするのが条件だ」

 

「はい。了解しました」


 総軍参謀長の北上中将が言葉とともに敬礼を返す。だが、すぐには立ち去らない。総軍司令官の大隅大将が、何か言葉を続けると見たからだ。

 この辺りの機微が分かるのが、司令官と参謀の良い状態だとアキツ陸軍では考えられている。

 ただし参謀長の北上中将は、アキツ陸軍の中では珍しい女性の将軍であり参謀長なので、別の見方をする者も少なくないと言われてもいた。


「捕虜があるなら、交換に応じるとも伝えてくれ。何人かいただろ」


「はい。現時点では約30名の捕虜が野戦病院で治療中です。我が軍の行方不明の将兵のうち、捕らえらたか戦死かは不明です」


「まあ、前線は混乱していたからな。それで飛騨と涼月から、あれ以後の報告はないんだな?」


「ありません。タルタリア軍も完全に引き下がりましたし、これ以上は負傷者の戦死報告になるかと」


「そうだな……」


 そこで、大隅は敵味方の現時点での損害報告の集計結果を記した紙面へと目を落とす。

 報告は、要塞守備軍司令の飛騨中将と、開戦前に極秘のうちに配備された第4軍司令の涼月中将が出した報告書をまとめたもの。


 飛騨中将は黄色い肌の大鬼デーモンで、豪胆かつ快活な武人肌。涼月中将は風流人として知られている猫の獣人ビースト。どちらも天下泰平の時代から武士として、変革後は軍人としての経歴を重ねてきた歴戦の人物たち。

 大隅とも古くからの知己があり、大隅にとって頼りになり、また信頼のおける将軍達だった。

 だがその二人が提出した報告書は、俄かに信じ難いものだった。


(タルタリア軍の死傷者数は、我が方の推計で6万名以上。戦死者は7000から8000。恐らく8000の方が近い数字だろうな。対して我が方は、要塞に篭っていたお陰で戦術の原則に沿った相手側の1割程度の死傷者数。しかも只人ヒューマンより頑健な亜人デミで、様々な魔法のおかげで負傷の程度は低く回復も容易。戦死者数の比率は、相手側の半分から3分の1だったか)


「以上でしょうか?」


「ん? ああ、以上だ。いや、負傷した将兵には敵味方問わず、最大限の処置を施すよう改めて通達しておいてくれ」


「はい。諸外国への良い訴え材料になるかと。それに、助かる可能性が高まると分かれば、我が軍の将兵の士気も上がりましょうし、敵の捕虜を返せば色々と話して回る可能性を期待できます」


 そう言ってようやく敬礼をした北上中将は、大隅大将の前を離れた。

 そしてその足で参謀達のいる部屋を目指す。


(死傷者は700。うち戦死者は250。次の敵の大規模攻勢までに、負傷者の8割は前線復帰予定。兵員の損耗は合わせて350。全体の1パーセント以下。補充兵は余るくらいだろうから輜重参謀と相談だけど、何より砲弾の催促ね。消耗が激しすぎる。あとは、参謀達に相談してからだけど、後続師団の機関銃と銃弾を回してもらえるか、もう一度参謀本部に掛け合いたいわね)


 彼女は歩きつつ、参謀達と話すべき事を頭の中でまとめていく。

 アキツ軍において、総軍司令官は全体の方針を決め、決断し、そして責任を取るのがその役目。大抵は、大きく後ろで構えているのが理想とされる。

 一方で、考え段取りを整えるのが参謀の役目。参謀長は優秀かつ働き者で、加えて組織運営に長けていないと務まらない。

 北上中将の場合は、天狗エルフであり魔力も豊富で、それが知性にも強く好影響を与えている。

 もっとも本来なら術師向きで、実際に近代化以前は高名な術師として生業を立てていた。


 だが変革の頃に、長命種らしく新たな人生を歩むべく、魔力の高さと魔術の才を売りに軍へと入隊。魔術医、魔術将校として経歴と功績を積み、その後は軍大学へと入り魔術参謀へと進む。そうして参謀の経歴を重ね、今回の参謀長の地位へと推挙された。

 非常に多才だが、長命で勤勉な天狗エルフだからこそ為し得ることができる知識と経験を有していた。


 一方、総軍司令官の執務室に残された大隅は、一見いつもの豪放な武人といった表情を赤い顔に浮かべていたが、その表情のまま様々な考えを巡らせていた。

 作業の多くは参謀に委ねると言っても、様々な事を知り、そして考えを巡らせておかなければ、正しい判断も決断も出来ない。

 そして彼も若い頃は武人として、変革以後に近代化された軍隊で各種指揮官か参謀を数多く経験し、思考を巡らせる事には慣れていた。


(砲弾と機関銃がもっと欲しいな。あと、手榴弾が攻撃魔術より役に立つと報告もあったから、これも追加発注だが……まあ、北上君が図ってくれるだろ。なければ、こっちからそれとなく伝えればいいか。それより敵さん、次は塹壕と坑道を掘って来るだろうな。補充と補給、それに増援、あとは下準備、全部含めて次のでかいのは1ヶ月、いや3週間先と言ったところか)


「何にせよ、やる事が多すぎだ。参謀と司令部要員を増やしてもらおう」


 そう呟くと引き出しから紙を取り出し、何かを描き始めた。


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